一人で留守番をしていた。暇だな、ジョルノとフーゴはどこに行ったのかなと、手元の雑誌をパラパラと捲りながら考える。そういえば一人になるのって久しぶりだ。1年くらい前までは、私は一人で留守番をすることができなかった。二十歳を過ぎたいい大人が恥ずかしいのだけど、一人になるのがどうしても怖かった。もしかしたらそのまま誰も帰ってこないかもしれないと、あの綺麗な箱の中で一人蹲っていた時のことを思い出してしまうから。でももうそんなこともない。

私は多分、しあわせなんだとおもう。何度つらい思いをしても、こうしてまた好きな人に囲まれて生きているのだから

外の階段を上る足音が数人分聞こえた。がやがやとにぎやかなのでミスタたちだなと思っていたら扉が開いて、お土産だって投げ渡されたのはシュークリームだ。

「俺が選んだんだぜ!一緒に食お!」
「ほんとに?ありがとう!ナランチャの選ぶおやつっていっつも美味しいからだいすき!」

ソファの端に寄って座りなおしたら隣にナランチャが座ってきた。落ち着きがないからドスンと勢いが良くって私の体はそっちに傾いてしまう。手元のシュークリームを覗き込んで1つ手に取って、いただきますと言いながら口に含んだナランチャは私の顔を見てふと動きを止めた。口の中のクリームを全部飲み込んでから口を開く。

、クマできてねえ?」
「え?そう?」
「うん、ここ」

自分よりずっと年下なのに、ナランチャの手は私の手よりずっと大きくてゴツゴツしている。そんな指が目の下をグイとなぞった。

ナランチャの言う通り、私は今も昔も、両親と一緒に事故に合ったあの時から10年以上も悪夢を見続けていた。そんな時に私を寝かしつけてくれたみんなももういなくって、いないどころかみんなが私を忘れた夢まで見てしまうようになったのだから私の安眠は永遠に訪れないのかなと思う。けれど、みんなに心配はかけたくないし、そこまで甘えられるような相手ではなかった。みんなのことは信用しているし好きだけど、そんなトラウマに由来する睡眠不足を解消するために一緒に寝てほしいだなんて年下の彼らには頼めない。

「うーん、なんでだろ。寝てるんだけどなあ」
「無理すんなよな、仕事が忙しいなら俺が手伝うからさ!」

それきり突っ込まずシュークリームに戻っていくナランチャは優しい。一緒に帰ってきたミスタとアバッキオとブチャラティは何か思うところがあるのか微妙な顔をしているけれど、私が言わなければ知らないことにしてくれるんだろう。本当に優しい人たちだから。

フーゴとジョルノの分を冷蔵庫にしまって、あとは各自自由な時間を過ごしていた。ブチャラティだけは報告書を書きに自室に戻っていったけれど、他の3人はリビングにいるままだ。もうほとんど平気とはいえ、やっぱり1人ならなくて済むのならそっちの方がいいと思っている私の気持ちを知っているみたいに。

時間がありあまっていたのでもう3度は繰り返し読んだ雑誌を閉じて、さて、フーゴとジョルノは本当にどこまで行っているんだろう…と思ったら、2人分よりも多い足音が聞こえた。そのうち2つは間違いなくフーゴとジョルノだからお客さんだろうか。お茶とかいるかな、と立ち上がるのと同じくらいのタイミングで扉が開いた。

、あなたにお客さんです」
「フーゴジョルノおかえりなさい。私に?」

玄関から入ってきたフーゴが複雑そうな顔をしていて、どうしたの?と覗き込む。続いて入ってきたジョルノはいつも通りの安心する笑顔で、そしてその後ろには。

「…お邪魔する」

驚くとか、そういう言葉で表現できるような感情じゃあなかった。

心臓がぎゅっと縮まって、内臓全部を氷漬けにしたみたいな、そんな感じ。
どんな顔をしたのかなんてわからなかった。声もでなかった。後ずさることもできないまま立ち尽くした。
周りの空気は動いていたから、きっとナランチャやミスタやアバッキオが立ち上がったり何か言ったり近づいて来たりしたのだと思うし、ブチャラティも部屋から出て来たと思う。お客としてジョルノに続いて入ってきたのは1人、2人、…3人で、周りが私のことを置いてけぼりにして時間を進めてしまう。

リゾットだ。リゾットに、ソルベに、ジェラート。
私の大好きな人たちで、私のこと最後まで覚えていて守ってくれた人たちで、そして最後「お前は誰だ」って言った人たち。
あの時のことを何度も何度も夢に見た。3人だけじゃない。他の皆の夢も見た。
大好きなみんなにほんの少し私のことを忘れられるだけで寂しいって泣いていた小さいころ。俺たちは絶対に忘れないからなって慰めてくれる3人のおかげで、私は忘れられたってほんの少しの寂しさを閉じ込めて新しい思い出をどんどん上塗りしていくことができるようになったんだよ。
そんな頼りになる3人までもが私のこと忘れてしまって、私は一人になってしまって、もう生きていくのをやめたいほどにつらくなって。
それなのに、なんでここにいるの。なんで、他人を見るんじゃない、昔みたいに私のことを見るような目で。大切なものを見るような優しい目で私のこと見てるの。もう何にも覚えていない、はずなのに。

!!」

どん、と背中から衝撃があって、ヒュッと音を立てて呼吸をした。私のことを呼んだのはナランチャだ。私のことを抱え込むように後ろから抱きついてきたらしい。呼吸をするのも忘れていたみたいで私は脳がひんやり冷たくなっているのを感じた。やっと五感が戻って来たみたいで、急に耳元でドクドクと血液の流れる音が聞こえた。フーゴもミスタもぎゃあぎゃあと言い合っている。その後ろで困ったような顔をしながらも私から視線を逸らさないリゾットとソルベとジェラートが、いったい何をしにきたのか、なんでジョルノと一緒にいるのか。言い合ってないでまずは私に説明すべきじゃないのか。

「ナランチャありがとう……、いま、息してなかった…」
「大丈夫かよ?…もしかして、こいつらがの」

ナランチャは身内にはどこまでも甘いのに、他人にはどこまでも無関心だ。相手を生き物とも思っていないような冷たい目をするのを見たことがある。いつかそんな目を向けられたらと思うだけでこわかったけれど、いつだって真正面から向き合って目を見て笑ってくれるナランチャは、ここにきた私の1番の話し相手になってくれた。

「うん、そう…リーダーのリゾットと、ソルベと、ジェラート…」
「…久しぶりだな、。何年も1人にしてしまって悪かった。……思い出したんだ」

真っ直ぐに見つめるよりは少し下、完全に視線が合わないように伏せられていたの瞳が、大きく見開かれてリゾットと目があった。

「うそ」
「最初はソルベとジェラートだ。スタンドが影響を及ぼした脳の研究をしていて自力で…、俺はシチリアで自然と」
「うそ、だってスタンドなのに」

スタンドの力が、そんな研究でなんて、まして自然と解かれるなんてことはないはずだ。そうやって、思い出してくれたって期待してやっぱり違ったなんてがっかりするのはもういやだ。そんな優しい目をするリゾット、きっと私しか知らないって思ってたのに。いや、そうやって私を見てくれるのなら思い出したって言うのは本当なのかも。でも。

信じたい気持ちと、もう傷つきたくない気持ちと、混ざり合って整理がつかない。

「お前らよお、今の今までこいつのこと忘れてたってのに都合よすぎるんじゃねーの」

間に割って入ってくれたのはミスタだ。ミスタも、私がここに来たころは随分と気にかけてくれた。いっそうるさいくらいにあれこれと世話を焼こうとしてくれるところ、あの時はもうやめてって思っていたけど、きっと心のどこかで嬉しかった。みんなに忘れられてひとりぼっちになった私のことを、いちばんに守ろうとしてくれたのは今後ろと前にいるナランチャとミスタだったのかもしれない。…でも。

前に出てきてミスタの横をすり抜けて、ジェラートが私の前に膝をついて手を取った。私を見上げて笑う顔は、間違いなくジェラートだ。もう4年ぶりになる笑顔が目の前にあるというだけで、鼻の奥がツンと痛くなる。

「ねえ、覚えてる?が昔のこと思い出して眠れないでいた夜、俺の部屋で一緒に寝たよね」
「…うん……」
「夜中に男の部屋に1人で来るなんて悪い子だって言ったけど、ジェラートは大丈夫だもんって根拠なんかない返事してさ。は困った子だ」
「うん…だ、って、ジェラートはわたしのこと…いちばんに大切にして、くれて…」
「素直に甘えられないくせに眠れないことには気づいてほしいって、わざと音を立ててキッチンに行ってたって、本当は知ってたんだよ」
「…そ、だったの…」

本当に、全部おぼえてるみたいに。
ジェラートはずっと昔のことを1つ1つ話しはじめた。
中には、ちっぽけな怪我が原因で忘れてしまっていた数少ないちょっとした記憶まで。

覚えてるんだ。
じゃあリゾットも。
ソルベも。

ぼろぼろとあふれ出した涙は私の服もジェラートの服も、間で握られた手もびちゃびちゃになるくらいにとまらなくって、ほとんど声を上げて泣いている私の頭の上の方からリゾットの低い声がした。

「そうやって泣いていたお前のことを抱きしめて眠ってやったことが何度あったか、数えきれないな」
「りぞっと…」

「お前がそうやって泣いてるの、気づいてたのは2人だけじゃないんだぞ。いつだって視てた。また膝枕でもするか?」
「そるべ…」

本当に思い出してくれたんだ。涙が止まらなくって。喉も目も頭も痛い。けれどどうしたって泣き止めなくって、ずっとずっと恋しかったリゾットの胸に飛び込んだ。あったかくて、覚えていたのよりほんの少しシチリアのにおいがして、それはもっとたくさんの涙をあふれさせた。



「…俺たち完全にかやのそと?じゃん」
「いいじゃないか、あんなに幸せそうな顔はじめてみたぞ」

泣きじゃくるを抱きしめてぎゅうぎゅうとくっついている4人にナランチャは不満を漏らすけれど、ブチャラティは心の底から良かったと思っている顔をしていた。いろいろ言いつつ面倒見の良いアバッキオもそうだ。

「残念だったなフーゴ」
「…僕は別に…、が幸せでいてくれるなら何だっていいですけど」

張り詰めていた空気は穏やかに緩んで、真っ赤な目をこすりながらの涙もようやく収まってきたみたいだった。

「そうだ、おまえに伝えないといけないことが」

落ち着いたところで、と、リゾットが改めてに声をかける。

「…、お前の両親に会った。俺がお前のことを忘れたときに話しただろうが、お前の母親は俺のいとこだったんだ」
「う、うん」
「あの事故の後俺は必死にお前を探した。やっとみつけてこのチームに引き取った。こんな仕事させたくなかったがそれしか生きる道がないのなら、せめて近くに置いて守りたかった。その結果人を殺す仕事をさせたことは悪いと思っているが…後悔はしていないんだ」
「うん」

何を言うのだろうと、全員がリゾットの言葉に耳を傾けている。

「…お前の両親はお前のことを思い出しかけていた」
「うそ」
「正確には、自分たちに娘がいたことをすでに思い出している。あの事故の時に近くにいた少女がそうなのではないかというあたりもつけていた。…会いに、行くか?」

一瞬だけ目を伏せて、はジョルノを見た。自分の気持ちよりも、パッショーネに所属するボス直属の自分の立場を優先する姿勢は暗殺チームにいたころにはなかったものだ。ジョルノはその視線を受けて柔らかく微笑んだ。

「いってきたらいいんじゃないですか。ここを出たいというのなら引き止めませんし、ここに残りたいというのももちろん大歓迎です。あなたは、あなたの好きなように生きるべきだ」
「ありがとう。…少しだけ、会いにいってきてもいいですか」
「もちろん」

にっこりと笑うジョルノは、きっともうの未来がわかっていたのかもしれない。