「ジョルノ、ちょっといいですか」

言いながら入ってきたフーゴに、ジョルノは顔を上げた。

「あなたの身辺を探っている人がいるって前に報告しましたよね。その調査結果です」
「ああ…、ご苦労様。あとで目を通しておきます」
「できれば急ぎでお願いしたいのですが」

そういうとフーゴは有無を言わせない動作でジョルノの目の前に書類を差し出した。そんなことは珍しいので、読みかけの書類を机に放り報告書を手に取る。

その視線が文字を追うのをフーゴは黙って見つめていた。
ジョルノの身辺を探っていたのは暗殺チームの生き残りだったこと。目的はジョルノではなく、その周囲にまだいるかもしれないの様子を探っていたのだということ。恐らく何らかのきっかけで記憶を取り戻したか、状況からしてもう1人仲間がいたはずだと気づいたかのどちらかだろうが、ここにがいると気づいてからも特に接触してくる様子はないこと。そんなことが簡単に書いてある。

「…なるほど」

書類を机に置いて指を組んだジョルノは、面白そうな顔で立っているフーゴを見上げた。

「フーゴはどう思う?」
「…馬鹿な人たちだ、と」
「ふふ、同意見です。”自分たちのことを忘れて笑って生きているなら、今更出て行かないほうがのためになる”…ってところでしょうか」

組んでいた足を下ろして立ち上がったジョルノは、「手のかかる人たちですね」と笑った。

「会いに行きましょうか」
「そう言うと思いました。すぐに出られます」

ちゃり、と指にひっかけた車のキーを見せたフーゴは、すたすたと部屋を出て行った。もし僕が行くと言わなくても、1人で出て行ったのだろうなと簡単に想像がつく。

半年かけてやっと口をきいてくれるようになった。それから1年半がたって、今ではすっかりチームになじんで活発になった。怒ったり笑ったり感情を目いっぱいに表してくれるようになって本当によかったと思うけれど、今でも夜中に部屋で泣いていることがあるのを知っているから。その悲しみには、どうしても寄り添ってあげられないと知っているから。

、ちょっと出てきますね」
「あ、はーい。いってらっしゃい!」

隣の部屋を覗いて声をかけると、リラックスした姿勢で本を読んでいたは顔をあげて返事をした。こうしていってらっしゃいと言えるようになるのだって大変だったのだ。

をそんな風にした原因の一端は自分たちでもあるけれど、まったく姿を見せない彼女の仲間たちだって同罪だろう。



     *



のことを思い出してから、一度全員に連絡を取った。それぞれそれなりにやっているらしい。それでも、のことを思い出したのはソルベとジェラート、リゾットの3人だけだった。無理もない。他の彼らは、最後に記憶を消されるより前からのことを断片的に忘れることを繰り返していたのだから。

会いに行くべきか行かないべきか、またの両親のことをどうするのか。の現状を調べたソルベとジェラートはそれ以来頻繁にリゾットの家を訪れた。そもそも会いに行くとして、自分たちが生きているということをパッショーネが把握しているのかどうかすらわからないのだ。ボスとなったジョルノに敵対する意思はないという証明だってできない。

そんなどこにも辿りつかない議論を繰り返していた時、外から低いエンジン音が向かってきて家のそばで停止した。ここ最近はずっと穏やかな顔をしていたジェラートが一瞬で殺しをするときの顔になる。切り替えの早さはさすがだなと感心して、リゾットもいつでもスタンドを出せる準備をした。コン、と扉に拳の当たる音がする。

「パッショーネのジョルノ・ジョヴァーナです。のことについて調べていますね」

張り詰めた空気がはじけ飛びそうな緊張感だった。
静かに扉をあけたソルベが、警戒を解かずに外を覗く。
数回言葉を交わして、そして「いいか」とリゾットに目で許可を求めた。
頷くのと同時に扉が大きく開く。

外はまだ明るいから、その2人の少し色味の違う金髪はどちらも眩しかった。出迎えたソルベの黒髪と比べて余計に。

「パンナコッタ・フーゴです。ボスの周囲を嗅ぎまわっていたのはあなたたちですね」
「フーゴ、言葉に気を付けて。僕たちはあなたたちと敵対するつもりはないことをまずは宣言しておきます。改めまして、僕はジョルノ・ジョヴァーナ」

コツ、と靴音を鳴らして玄関をくぐると、ジョルノはまっすぐにリゾットに向き合った。

「あなたがリゾット・ネエロ?」
「…なぜ知っている」
の持ち物に写真が」

他人の口から聞くの様子に、リゾットが顔をしかめたのが分かった。



ソルベとジェラートが頻繁に出入りするようになったリゾットの家には3人分のイスがあった。リゾットとジョルノ、フーゴが座り、ソルベとジェラートは壁に背を預けて立っている。机の上で熱いコーヒーが湯気をたてていた。

「…確認させていただきたいのですが、あなたたちはのことを思い出したのか、がいたことを情報として知っているのか、どちらなんです?」
「前者だ」
「そうですか。後者であればあなたたちをに会わせるわけにはいかないと思っていましたが、それなら問題ないかもしれませんね」

沈黙が流れる。穏やかな表情をしているのはジョルノだけだ。フーゴは何も聞いていないような顔で熱いコーヒーに口をつけた。

「2年前、僕たちは前ボスのディアボロを倒してパッショーネのトップに立ちました。そのあとすぐ、人員整理でを見つけたのです。その時のは、無表情にただ”もう何もないから死にたい”といって崖から海に飛び込もうとしました」
「…ッ、」
「それを止めて連れ帰って、次にが声を出したのは半年後です。その間ずっと、はただ俯いて暗い顔をし一切口をききませんでした。…あなたたちのこと、本当に愛していたんでしょうね」

リゾットが口を開いて、そして何も言わずにうつむいた。

「…あの子は、は俺の従姉の子どもだ」

しばらくの沈黙の後、小さく呟いた言葉に驚いたのはジョルノとフーゴだけではなかった。ソルベとジェラートも、リゾットがある日突然女の子をチームに入れたいのだと招き入れてきたことしか知らなかったから。ぽつりぽつりとリゾットは話しはじめる。

従姉一家が事故にあったこと。そこで、おそらくのスタンドが瀕死だった両親を治して記憶を消してしまったこと。事故のショックで記憶障害を起こしたのだと思ったリゾットはそのことへの恨みから犯人を殺害したこと。それきり帰る家がなくなったの行方を追って、流れ着いた孤児院からスタンドが見えるせいでパッショーネに売られたと知ったこと。

「両親のもとに帰してやりたかったけれどできなかった。それならせめて、あんな人を人とも思ってないチームにいるよりは…たとえ人殺しの仕事をさせることになってでも手元に置きたいと思った。俺のエゴで…あんなに優しいスタンドを持った子の手を血で染めたんだ」

指を組み、誰とも目を合わせないままに話すリゾットにジェラートが近づいた。ゆっくりと背中を擦る。リゾットはリーダーではあるものの、ジェラートから見れば年下の可愛い後輩でもあった。

「無理しなくていいからな」
「いや……、すまないジェラート、大丈夫だ」

泣いているのかと思ったけれど、そうではなかったらしい。顔をあげたリゾットは、真っ直ぐにジョルノを見た。

は眠れているだろうか」
「さあ…、そんなの、自分で本人に聞けばいいでしょう」
「俺たちは…」

にあわせる顔がない。そう、かすれるような声で囁いた瞬間、音を立てて机を叩き立ち上がったのはフーゴだった。

「いい加減にしてください…!」
「フーゴ、落ち着いて」

「だってジョルノ…!あんたたちは馬鹿です本当に、どうして素直に会いたいと言えないんですか…!?はね、全然眠れてなんかいませんよ。夜中にひとりで泣いていますけど僕たちじゃあそれを支えてあげられません。朝起きてどんなに目が腫れていたっては笑って「おはよう」って言うんです。僕たちはのことを絶対に忘れないってどんなにどんなに言ったって、彼女はもうそれ以上踏み込ませてはくれないんです……!」

自分より一回りは年下だろう少年の泣きそうな訴えに、やはりそこまで言わせるほどにがそちらで愛されているのなら、なんて馬鹿なことを考えたリゾットの口はジェラートの手が塞いだ。そんなことまるでお見通しだというような動作に驚いてぱちりと瞬きをして、ジェラートの言葉を待つ。

「…ごめんね。きれいごとで飾ってはいるけど、結局のところ俺たちはこわいんだ。思い出したよ、って単純に喜びあえればいい。けれどやっと悲しみを乗り越えて来たのなら、今俺たちが出て行くことが100%良い結果を生むって保証はないだろ」

既に今の組織に名のないリゾット、ソルベ、ジェラートの3人と、組織の一員でありボス直轄のだと今は立場が違う。そのうえ、思い出しているのは3人だけなのだ。他のメンバーへの想いが余計に不安定さに拍車をかけないとも限らない。そんな懸念に、ジョルノは「想定内です」という顔をして話した。

「あなたたちがもう一度組織に…僕に忠誠を誓うというのであれば、以前よりずっと良い待遇で迎えることはできます。もちろん綺麗な仕事ばかりとは言えませんけど…パッショーネはずっと綺麗になりました。それからそうですね、もしが出て行きたいと言えば…」

一度言葉を切って、3人の顔を見て、フーゴと目を合わせた。

「すぐにというのは難しいですが、彼女が望むのであれば外の世界で生きていくのだって選択肢の1つです。物事はなるようにしかならないんですから、一度会ってみてはいかがですか?」

この僕が、わざわざ来たんですよ。最後の一言が、重たい3人の腰をあげるのに最も効いたのかもしれなかった。