頷いたり最低限の意思表示はするようになっただけど、それでも何をしたって無表情なのは変わらなかった。あなたたちに心を開いたりはしませんという意思からそうしているのだと思っていたけれど、もしかすると笑おうとしたってもう笑えないほど、完全に自分の心に蓋をしてとじこめてしまっているのかもしれない。
ナランチャやミスタほどではないけれど、感情をあまり表に出さないアバッキオだって面白いことがあれば声をあげて笑うのだ。それをしないのなら、もうの心は死んでしまったのではないかと、売り上げの回収に向かう道中でフーゴは考える。

その日の仕事は想定外が多かった。
比較的穏やかな店だからもつれて散歩がてらに出かけて来たけれど、それは失敗だったなと最初の一撃で判断した。ボスであるジョルノの暗殺未遂事件は多い。今日の店は安全だと思ってきたけれど間違いだったか、と、スタンド能力はないけれど銃火器で押してきた勢力にフーゴはため息を吐いた。

カウンターをバリケードにできる位置にを引きずり込んで、この光景で怯えてはいないかと表情を伺うけれどまったく無表情のまま。時々不自然に動くのでそれだけが気になっていたけれど、少しだけフーゴの服を引っ張って位置をずらした瞬間にさっきまでいた位置に銃弾がめり込んだのでなるほど音で弾の軌道がわかるのかと感心する。暗殺チームでも優秀だったようです、というのは報告書を読んだジョルノの言葉だった。確かにそのようだ。それでも今のが当時とまったく同じように戦えるだなんて思ってはいなかったので、乱闘は皆に任せて戦力外ということになっているの護衛に専念しようと気を引き締めなおした瞬間、ナランチャの悲鳴が聞こえてが勢いよく立ち上がった。

「……ぁ、」

嫌な音を立ててカウンターに跳んできたのはナランチャの片腕だった。血を流し横たわるナランチャは傷口を押さえてうずくまっている。あれくらいなら死なないしジョルノが治すだろうと思ったフーゴは加勢には出なかった。けれど、は違ったらしい。

片手でカウンターを押さえて飛び越えた。
一番近くの遺体から拳銃を抜き取る。
まだ生きているチンピラ全員の頭に正確に一発ずつ打ち込んで、あっというまにその場を制圧し沈黙させた。
一瞬のできごとに全員が動きをとめた。

はそんな視線には気づかない様子でその中心で蹲るナランチャによろよろと近づいて、このチームに引き取られてはじめてその顔に感情を映した。

「…ンチャ、」

ぺたりと座りこむ。
着ていた服がみるみる血液を吸い込んで赤く染まった。
両手をついて、浅い呼吸を繰り返す。

「や、やだ、だから、だから嫌だって、誰のことも好きになりたくないっていったのに、」

名前と能力だけを知らされていたスタンドが姿を現した。初めて見るそれは真っ白で神々しい、美しい天使の姿をした彫像だ。優しく微笑むその彫像は一瞬強い光を放って消えた。弱弱しく光って、また消える。ゆらゆらと点滅するような白い光だ。

「足りない、足りない…、私が寄り添わなかったから、でも好きになんかなりたくなくて、でも死んじゃうのもいや、ナランチャごめ、ごめん、わたしが寄り添わなかったから返事をしなかったからナランチャとお話全然しなかったから腕を治すのに全然たりない…!ご、ごめ、ナラン、」

まずい、とに駆け寄った。ナランチャから距離を置かせようと肩を引いて覗き込んだ顔は真っ青に血の気が引いていた。体も震えている。呼吸の音がおかしい。握った手が冷たかった。

、大丈夫です、ナランチャはこのくらいじゃ死にませんし死んだってあなたのせいじゃあない」
「おいフーゴそれじゃあそいつには慰めになんねーだろ!」

怒鳴るミスタを、じゃあどうしたらいいのだと睨みつける。震えるの背後で天使は弱弱しい光を放っていた。それを見たジョルノが、小さくため息をついて立ち上がりの背後に回る。震える身体をそっと両手で抱きしめて、手で見開かれたその瞳を塞いだ。

「落ち着いて呼吸をしてください、。あなたはもう、ここでそのスタンドを使うことはありませんよ」
「ど、…いうこと、」

浅い呼吸でなんとかしぼりだした声が、振り返ってジョルノを見上げた。

「僕のスタンドは”ゴールド・エクスペリエンス”といいます。たとえばそこの瓦礫に、ナランチャの腕として生命を与えることができる」

瓦礫はみるみるうちにナランチャの腕の形になる。ジョルノの指の隙間からそれを見たが、小さく「すごい」と呟く。

いつの間にか近くにいたブチャラティが、その腕を拾いあげてナランチャのそばにしゃがみ込んだ。

「まともに自己紹介もしていなかったかもしれないな。すまなかった。俺のスタンドは”スティッキー・フィンガーズ”というんだ」

スティッキー・フィンガーズは、ジョルノが作ったナランチャの腕をジッパーで本体につないだ。あれはしばらくの間なじむまでかなり傷むのだとアバッキオが言っていたなと思い出すのと同時に、ナランチャがビクリと体を震わせて起き上がる。

「いっ……てぇ、けどよ、お前に助けてもらわなくたって俺たちは死なねぇからよ……、だから、泣くなよ…」

繋がったばかりの腕は少し触るだけで身悶えるほどの激痛が走るはずだ。けれどそんなことまったく感じさせずに、ナランチャはその腕での頬を撫でた。

「な、いてなんか…」
「泣いてんじゃん!ほらあ、もうぜんっぜん痛くねーし超元気だからよ!泣くなって、見たことないけどは絶対笑ってた方が可愛いぜ」

きっとこの数か月、ずっと感情を抑え込んでいたのだろう。
もう誰のことも好きになりたくないと頑なになるにとって、それでも自分に構ってくるナランチャやミスタはどんな存在だったのか。

大丈夫だぜ、と次から次へと涙をこぼすのを拭って笑うナランチャが自分よりもたった1つではあるけれど年上の男なのだと感じるのはこういうときだ。学校にも通うようになって、自分よりずっと上手に人間関係を構築し社会に出て行く彼はきっとそんな頑なな心の壁だって乗り越えられるんだろう。

。あなたはもうスタンドを使わなくて良い。僕たちは、誰もあなたのことを忘れませんよ」
「ジョルノ…、う、うう、ごめ、ごめんなさい、わたし、みんなのこと、嫌いなんかじゃ…なかったのに…、こわくて……」

ついに声をあげて泣き出したを囲って笑っている自分たちの光景は異様だったに違いないし、その場所は銃撃戦でぼろぼろになったバーでところかまわず遺体が転がっているのだからまったく良い雰囲気などではなかったけれど。

さんざん泣いて、初めて会った時抱きかかえてくれたアバッキオの心臓の音がゆっくりで安心して心を許しそうになってしまったとか、ブチャラティの物腰の柔らかさが大好きだとか、ミスタはちょっとうるさいだとか、ナランチャはいつだって一番に優しいとか、ジョルノは綺麗すぎて緊張してしまうだとかをぽつりぽつりと話して、そして。

「フーゴ、さっき、私のこと守ろうとしてくれてありがとう」

みんなのこと、好きになってもいいかな。そう言って、は初めて笑顔を見せた。
ナランチャが言った通り、彼女は笑っていたほうがずっと素敵だ。