もう組織にはいられない。どうせ死んだと思われているならちょうど良い、1人で生きて行こうとシチリアを訪れた。懐かしい故郷の景色は過去の記憶を鮮やかによみがえらせた。ボスと戦って、死んだと思った。けれどふと目が覚めて、それがどうしてなのかわからなかったけれど自分は確かに生き残ったのだろう。けれどどうしても、記憶の中にぼんやりとした雲りがある。その曇りが何なのか、自分は何を忘れているのか、ここを訪れればわかるような気がした。

あの後連絡をとった仲間たちはそれぞれ確かに死んだ記憶があるものの、自分と同じく直後に女に起こされて目が覚めたらしい。それはきっとあの少女なのだろうなとおぼろげに思った。けれどその彼女の姿すら、もうすでにぼんやりとかすみの向こうにあるようで、その正体は不明なままだ。

結局ボスは俺たちと戦ったジョルノという少年に倒され、彼が新たなボスとなり組織の頂点に立ったらしい。その組織に自分たちは不要だと全員が判断したから、チームとしてまとまっている必要もないだろうと1人、また1人と去って行って気づけば全員がバラバラになった。報酬が少ないことを不満に思っていたとはいえ、普通に生きて行く分には問題のない、一般社会で働くよりは多い収入は得ていたからそれなりにやっていけるだろう。



そうしてレモンを育てながら日々を過ごしていたある日のこと、「久しぶりだな」とぴったりに重なった声に振り返るとソルベとジェラートがいた。

「ああ、…変わらないな、2人とも」
「あはは、そりゃあね。リゾットは随分とレモンが似合う男になったな?」
「今日は報告があってさ」

ひらり、と肩に下げたトートからクリップでまとめられた書類を取り出したソルベを一瞥して、リゾットは手に持っていたカゴを置いた。
レモン畑の近くの小さな小屋のような建物がリゾットの家だ。選択肢はなく3人分のコーヒーをデスクに置いたリゾットは、無言で渡された書類に目を通した。

「…スタンドが脳に及ぼす影響、か」

ソルベとジェラートは、命が助かって以来ずっと何か記憶の一部にもやがかかったような感覚にどうしても納得がいかなかったらしい。そのことは、確かにリゾットも疑問ではあった。おそらく当時はその仕組を”知っていた”のだろう。リゾットはソルベとジェラートが生きているということをしっかりと認識していた。けれどジェラートが窒息死した現場を見つけたことも、輪切りにされたソルベがアジトに届けられたこともまたはっきりと覚えていたのだ。その食い違いが説明できない以上、これほどまでに思い出せない記憶の扉はスタンドなのではないかという仮説をもとに研究を進めていたのは聞いていたけれど、その仕組みをついに解明したらしい。

だから、ソルベもジェラートも、閉ざされていた扉が開いたのだと。そういう報告書だ。

「思いだしたのか?」
「ああ…、正直今すぐ自分のことをぶん殴ってやりたい気持ちでいっぱいだ。俺も、ソルベも」
「情けないなんてもんじゃないぞ」

自らへの怒りでぐしゃりと表情を歪めたジェラートの手の中で、陶器のマグカップにひびが入った。ソルベがそっと肩を抱いて怒りを鎮めようとしているけれど、ソルベの目もまったく笑ってはいない。

「そして俺たちはお前にも怒っている。リゾット、お前は思い出さないか?」
「…ダメだ。お前たちは何を思い出した?俺に教えてくれないか」
「それじゃあ意味がないんだ。リゾット、これはお前が自分で取り戻さないといけない記憶だ」

スタンドによって封じ込められているけれど、その記憶自体は脳にちゃんと刻み込まれたままらしい。そこにアクセスする回路にスタンドが介入し封じ込められている、そんな内容の書類を見せられたあとに「自分で思い出せ」なんて無茶なことを言うと思ったけれど、「お前ならできると思うよ」とジェラートは優しく笑った。

「本当は今すぐにでも俺たちはあの子に会いに行きたい。けれど時間が経ちすぎていてちょっと…難しいんだ。その辺の調査がまだ残ってるから、わかったらまた来るよ。今日はとりあえずお前の記憶を確認しにきただけだからさ」

ヒビわれたマグカップに残ったコーヒーを飲み干すと「ごちそうさま」とジェラートは立ち上がった。それはあげると机に並んだ書類を指さして、「せいぜい苦しんで苦しんで思い出すんだな」と言い残して2人は帰って行った。



この霞の向こうにあるようなぼんやりとした記憶は、どうしても思い出せない”誰か”は、あの2人にあんなにも切ない顔をさせる存在だったのか。ズキズキと頭痛が止まらなかった。