あとはリゾットだけだけど、他の皆がアジトに戻ったのなら全員が顔を合わせてこの状況を突き合わせているかもしれない。リゾットがそこにいれば、私が何かしたんだって気づいてくれるかもしれない。ここまでしてもみんなに生きてほしいっていう私の強い気持ち、リゾットならわかってくれるんじゃないかな。なんて、どこまでもどこまでもリゾットに甘えてる。

リゾットがどこにいるのか調べるのにとても時間がかかった。アジトにはいない。それどころか、誰もアジトに帰った形跡はなかった。きっとみんなが戦っている中で死んだはずの自分の存在を明かすのは危険だと考えたんだろう。それぞれ身を隠しているのかもしれない。ならリゾットは、みんなが死んでしまったのだと思っているままなのかも。だったら、やっぱりとめにいかなくちゃ。誰も死んでいないよって、伝えられるのはリゾットだけだ。





誰よりも強い最強の暗殺者、リゾット・ネエロ。あなたの強さを信じてた。
だから、サルディニア島で私が見たものは信じられない光景だった。

「リゾットに忘れられるの、私、嫌だなあ」

震える声で呟いて、その遺体の傍らに座りこむ。私の声に返事もしないリゾットは、穴だらけで眠っている。

「俺が覚えてるからって、いったのに」

足首があっちに転がってる。こんなの、メタリカが縫いとめられるはずじゃない。

私のことを忘れちゃうなんてひどいリゾット。
リゾットの中から自分で自分のことを消すのに、リゾットが私のこと忘れたって責任転嫁する私がひどい。
リゾット。あなたが私の全部を覚えているから、きっとリゾットだけは無事でいるって信じてたから、みんなに忘れられたってあなたは絶対に憶えていてくれるって信じていたから、だから私は皆の中から記憶を消しながらここまで来たんだよ。

「リゾット…」

忘れちゃうなんて、ひどいよ。一生憶えていてほしいから、この傷は治さないでおきたいなんて思ってしまった。リゾットのこと大切で、大好きで、生きていてほしいのに、いっそこのまま私も死にたいなんて思ってしまった。我慢していた涙があふれて止まらないからしばらくそこで蹲って、目も腫れて喉も枯れてようやく涙が止まったころ、すっかり日が暮れた崖の上で私は覚悟を決めた。迷ってしまってごめん、リゾット。命をもどしてあげるからね。
それでもあと少しを踏み切れないまま、リゾットの亡骸と一晩を過ごした。この身体は今、私のことを覚えている。あと少しだけ、私のことを知ってるリゾットと一緒にいたい。ぼんやりと寄り添って過ごして、うっすらと遠くの海が輝き始めたころ、リゾットはゆっくりと目を覚ました。

「…お前、は」
「はじめまして。あなた、ここで倒れていたのよ」
「そうだ!俺はボスと…」
「ボス?」

私の声にはっとして大きな目を瞬かせて、リゾットは囁くような小さな声で言った。

「…ああ、いや、なんでもないんだ。なんでも…。俺は負けたんだな…」

ボスというのはパッショーネのボスのことだろう。あのリゾットがここまでやられてしまうほどに強い人がいるなんて信じられないけれど、さっきまで死んでいたのは事実なのだからそれが現実だ。

「良い眺めだな」
「そうですね、ここは見晴らしが良くて、海が遠くまで見えます」
「…君は、」

ふと見ると、リゾットがじっとこちらを見ていた。何かを覚えているような、覚えていないような、そんな顔で私の顔をただじっと見つめている。

「君は、たまたまここを通りかかったのか」
「はい。この島には観光で」
「そうか」

憶えているのかもしれない。何か引っかかりがあるのかもしれない。期待はあって、けれどそれが勘違いだった時の落胆の恐怖もあった。

「…変な話をしても良いだろうか」
「はい?」
「目が覚めてから、どうにも記憶にもやがかかったようにすっきりしない。何か大切なものを亡くしているみたいだ」
「…そう、なんですか」

ちゃんと忘れている。けれど確実に何かのカケラを残している。そんな表情。気になって、話の続きを促した。

「俺の目は恐ろしいだろう」
「いいえ、そんなことないです。不思議な色をしているなとは思いますけど、綺麗ですよ」
「はは、グラッツェ。しかし俺の家族は違った。不気味な目を持った子どもだと、両親はあまり俺をそばに置きたがらなかった。外面だけは良い両親だったから虐待を受けるような極端なことはなかったが、両親は俺のことを愛してはいなかったんだ」

話しはじめたのはリゾットの過去の話。私はそれを一度も聞いたことはなかった。

「そんな俺に愛情を注いでくれたのがいとこの姉さんだった。彼女は俺のこんな目も”特別な目ね、神様からの贈り物かもしれないわ”と言って笑う、そんな人だった」
「素敵な人ですね」

リゾットは思い出すように、それは愛しそうに、優しい笑みを浮かべた。

「その彼女が結婚し子どもを産んだ。それはそれは可愛い娘で、俺も小さいころは何度か遊んだことがある。俺の目はこの子をおびえさせはしないだろうかと不安だったが、その子はまっすぐに俺の目を見て笑ってくれた」

身内に不幸があった。それを法がちゃんとさばいてくれなかった。だから自分で手を下して、そのままギャングになってしまったのだとリゾットは昔話してくれたことがある。だからそれより前にどこで何をして生きて来たのか私は知らなかった。少しの苦労はあっても、愛してくれる親族がいてそれなりに平和に暮らしていたのだろう。

「…その彼女の娘の10歳の誕生日の日だった。お祝いに外出していた3人に暴走した車が突っ込んだんだ」
「えっ?」
「従姉とその夫は即死レベルの怪我を負った…はずだったのだが、その場で突然驚異的な回復を見せて息を吹き返した。しかし不思議なことに、それきり何よりも愛していた娘を”知らない子です”と言って孤児院へ送ってしまったんだ」
「そ、れは…どうして………」

心臓の音が、バクバクと耳元で響いた。その話は、まるで私が両親の記憶から消えたときとまったく同じなんじゃないかと思えた。

「事故の後遺症による記憶障害だろうと思った。けれどそれきり、今でも彼女たちは娘の存在を思い出さないままだ。その後俺は犯人を……犯人を強く憎んだ。それからその娘を探したんだ。どこの孤児院に預けられているのか、せめて俺が引き取れないかと必死で探し回ったのだけど…そのころからの記憶がどこかあいまいで…、うまく思い出せない。そんな子ども、もしかしたらいなかったのかもしれないが…」

手を当てて頭をゆるく振ったリゾットは、そもそも死んだはずの自分がこうして生きていることから状況がうまく呑み込めていないはずだ。それなのにそんな記憶を話すのはどういうことだろう。今の話が本当なら、リゾットのことを愛してくれた従姉って、私のお母さんなのかもしれない。私とも、小さいころに会っているのかもしれない。それを私が覚えていないから、思い出と認識していないからそれは消えなかったということか。その無意識と思い出の間の境界線を、スタンドがぼやかしてしまったから違和感が拭えないのかもしれない。

「…その子、きっとリゾットさんのことが大好きだったと思いますよ」
「そうだろうか」
「そうですよ。リゾットさんのこと、もしかしたら両親以上に、世界中の何よりも愛していたと思います」
「はは、慰めてくれているのか?」
「ううん。絶対、絶対にそうです」

私の声の力強さに、リゾットは驚いたみたいだった。

「…私、そろそろ行かないと」
「待ってくれ。名前だけでも教えてくれないか?なんだか不思議な感じがするんだ」
「……秘密です。もしかしたら、いつか思い出すことがあるかもしれませんね」

妙に頭はすっきりしていた。2年前に2人の大切な人を、そしてたった数日で7人の大切な人が死んで、生き返って、私のことを忘れていった。それでも、そんな大切なものを手に入れる生活を送ることができたのがそもそもリゾットのおかげだったというのなら。そのきっかけがお母さんだったというのなら。私の人生って、やっぱりとっても特別で幸せだったんだろう。

もう誰も私のことを知らないのなら私のスタンドはもう何も治せない。これから誰とも関わらなければ誰からも忘れられない。このまま、私の存在を隠して1人でひっそりと生きて行こうか。このままずっと1人でも、きっと一生を生きて行けるだけの幸せを、私はみんなからもらっていると思うから。