それが何かわからなかった。いや、そうかもしれないって思う自分を信じたくなかったのかも。なんか黒ずんでる。それだけの場所が、イルーゾォだなんて思えなかった。だから不思議と冷静な気持ちでその場に座り込む。座り込んだ時点で冷静ではなかったのかもしれないけど。

イルーゾォとはねえ。汚職政治家の暗殺によく一緒に出掛けた。下見を兼ねて早く行って、鏡の世界で金持ちの屋敷を堪能するの。ふかふかのベッド、豪華なイス、コップを置くことすら躊躇うような金でできたテーブル、走ったって足音1つ立てない毛足の長い絨毯。そんな世界でだらだらごろごろと休んでいるのは楽しかった。静かな死の世界はこわくもあったけれど、いつだってイルーゾォがいるから平気だった。イルーゾォは、私がみんなの傷をいやすたびに記憶から消えていっていることを知っていて、それを哀しいと思ってた。何もかもメモをとって私に関することを絶対忘れないようにってしていた。優しいイルーゾォ。生き返らせてあげるからね。あとからあのメモを見たら、これをやったっていう女のことを思い出してしまうかもしれないね。それでしんどくなっちゃったら、ごめんね。

どこでイルーゾォが死んだのか、本当のところはわからなかった。けれど破壊の後はあるから、もうそのあたり一帯全部。真っ白な光で包んでしまおう。姿かたちすらないイルーゾォが生き返るのか不安も少しあったけど、なんとなく大丈夫だろうなって思った。だってイルーゾォは、私の全部を覚えているんだから。

光が消えたらすぐそこにイルーゾォが横たわっていて、長い睫で閉ざされた瞼がピクリと動いた。

「…イルーゾォ」

名前を呼んだ瞬間、景色が反転した。イルーゾォだ。スタンドを出してみようとしたけど出てこないところを見ると、切り離されたみたいだ。イルーゾォらしい。

「お前、何者だ?俺に何をした」
「私のスタンドで生き返らせたの。ホルマジオも元気だよ。今頃アジトに向かってると思う」
「…信用できると思うのか?」

ズキズキと、心臓が痛む気がした。私のことを敵だと認識しているイルーゾォ。考えが浅はかだったかもしれない。もし攻撃された場合、私でイルーゾォに勝てるだろうか。

けれど、イルーゾォは敵意をむき出しにしていた態度を一変、ふっと気を抜いた。

「…悪い奴には見えないんだよな。なんていうか…なんだろうな、お前」
「え…?」

ゴムが切れてしまったのか下ろしたままの髪の毛を手でまとめながら、何かを思い出そうとするようなしぐさをする。

「知り合いに似てるってわけでもねーし、知らない奴なんだけどよ。なんか他人のような気がしないんだよなお前」
「それは…それは、勘違いです。だって私はあなたのこと…知らないし、名前しか…」

泣いちゃダメ。ぐっとこらえて、感情なんか全部とじこめて。ぐらりと世界が揺れて元の世界に戻ってくる。向き合ったイルーゾォは私の天使のスタンドをみて、「綺麗だな」と呟いた。初めてイルーゾォにスタンドを使った時と全く同じセリフだった。

「…そうでしょう。とっておきのスタンドですから」

だから私も同じセリフを返そう。やっぱり少しだけ首を傾げたイルーゾォは、それでも思い出せないなら勘違いなのだと諦めたらしい。じゃあ、と私に声をかけて、ポンペイの遺跡を出ていった。



   *



どこまで行くのよ、と悪態もつきたくなる。今日だけでホルマジオとイルーゾォが死んだのだ。これ以上もうやめようよ。けれど、なんとか追いついた駅のホームで見つけたプロシュートとペッシの表情を見たらそんなこと、言えるはずがなかったね。みんなの覚悟は相当のものだ。私を閉じ込めてでも突き進むつもりだったのだから当然だ。お願い行かないで、そんな願いも声も届かなかったからこうなったのだ。それなら私も、覚悟を決めないといけないかもしれないな。みんなの中から私が消える、そんな覚悟を。

考え込んでいたら2人は列車に乗り込んでしまったので私も慌てて飛び乗った。お金なんかもってないのに大丈夫かな。車掌に見つからないよう隠れていたら、ふと煙に気付いた。グレイトフルデッドだ。慌てて車体の外にでる。無関係の人間を仕事に巻き込むことを、プロシュートは好まない。いつだったか、ターゲットの連れの女性を巻き込んで殺してしまったホルマジオにチクチクと嫌味を言っていたことがあった。そのプロシュートが、乗客すべてを巻き込んででも攻撃にでているのだと思うと胸が締め付けられた。たとえば、ソルベもジェラートも死んでいないのだと、伝えられたらこんなことにはならなかっただろうか。そう考えることは、覚悟を決めてきたみんなに失礼だろうか。

考え事をしながら、この戦いに手を貸したくはない私は屋根の上から状況を見守ることにした。プロシュートとペッシならきっと負けない。…なんて、思っていたはずだったのに。

叫び声と嫌な音が聞こえて、下を覗き込んでぎゅっと目を閉じた。車体から振り下ろされたプロシュートが車輪に絡まったのを見てしまった。…あれじゃあもう長くない。ぐっとこらえる。私が見つかるわけにはいかない。だって、みんなを生き返らせることができるのはわたしだけなんだから。ペッシはこの列車を止められるだろうか。兄貴と慕うプロシュートがあんなことになって、冷静なまま戦えるだろうか。加勢してあげたかった。でも私はこんな戦いしてほしくなかったから。

やがて列車が停まって、見たことのない顔つきのペッシが降りてきた。そう、覚悟を決めたの、ペッシ。きっともう、あのペッシは人を殺した後震えながら私の手を握るペッシではない。あの成長をプロシュートは喜ぶだろう。私は嬉しいような、寂しいような、複雑な気持ちだけれど。ペッシのなりたかった姿はそれなのかな。そんな、らしくないことを言って、…結局。

逆鱗に触れるというんだろう。仲間を人質にとるなんてそんなこと、するべきじゃなかった。私たちですらそんなことされたら相手のことただじゃ済ませないぞって思うのにね。それだけの怒りと憎しみを抱いてバラバラになり死んだペッシだけど、この後目を覚まして、それからプロシュートにそのことが知られたらきっと叱られてしまうと思う。

その亡骸を背にブチャラティが列車に戻るのを待った。ここで下車するよりもこの列車に着いて行った方が良いだろう。顔も合わせないほうが良いかもしれない。だから走り出す前に、列車の屋根の上でスタンドを出した。いつでも世界中全てを包み込むような笑みを浮かべている私の天使。プロシュートとペッシのことを生き返らせてあげて。たった数時間のうちに4人も死んでしまったんだなと思うと心臓をぎゅっと握りしめられているような息苦しさに襲われる。たった数時間のうちに4人も私のことを忘れてしまったんだなと思うと涙が出そうだった。

2人は光の中でゆっくりと目を覚ました。お互いに状況が飲み込めていない様子を眺める。プロシュートがペッシのことを褒めて褒めて褒めてそれから叱りつけた。けれどやっぱりどこか嬉しそうで、「ゲスな真似をするな、けれど覚悟を決めたお前は良くやった」って、そんなところだろう。やがて動き出した列車の音にゆっくりと距離を置いて、夕焼けが眩しそうに目を細めた。もう追いかけてきちゃだめだよ。さて、この次は誰が来るのだろう。