もう我慢ならない、と声を荒げたのは誰だったっけ。小さな箱のなかで考える。みんながいればいいじゃないか。確かに生活は楽じゃないけれど、みんなが無事で生きてるんだからそれでいいじゃない。そんな私の声は誰にも届かなかった。



私は行かない。私はここで待ってる。ボスのこと裏切ったソルベとジェラートがどうなったのか忘れちゃったの?と、訴えても訴えても、みんなの決意は固いみたいだった。皆の気もちがまったくわからないわけではないけれど。安定した今を大切にするのじゃ、だめなのかな。

私は今ホルマジオの宝箱の中だ。ぱたんとふたを閉めて、帰ってきたら出してやるからちょっとだけ待ってろよと言う声がふってきてそれっきり。少し外がざわついていたけれどやがて静かになって、きっとアジトには今誰もいないんだと思う。みんながボスの娘を探しに行った。なんて無謀なことだろう。手を合わせて祈るしかない。無事に帰ってきて、お願い、と祈り続けて、それほど時間がたったという感覚はなかったように思う。

突然、体の大きさが元に戻った。鍵のかかっていない宝箱のふたは簡単に開いたから怪我をせずに済んで良かった。ベッドの真ん中に置かれていたらしい宝箱から飛び出した私はスプリングで少しだけ跳ねて、それからホルマジオの部屋を飛び出した。リビングにはいくつかのメモがある。いくつかのバツ印が書かれた地図のうち、私の体の大きさが元に戻ってしまったのならまず向かう場所はホルマジオのところだ。



泣きそうになる気持ちを押さえつけて外へ走った。息が切れて苦しい。状況なんてわからないのにもう泣きそうだった。嫌な想像ばかりが脳裏をよぎる。私、今までにホルマジオと何をしたっけ。あの宝箱がきれいだって言って見せてもらったこと。飼い猫の背中によくのせてもらったこと。一緒にお出かけも何度も何度も行ったっけ。ホルマジオはああ見えて結構甘いものが好きだから、雑誌やテレビでみたスイーツのお店に行くのに付き合ってくれないかと誘われることは珍しくなかった。おごるからよォ、というホルマジオに「いーよ!」って二つ返事をかえして手を繋いでお出かけする。そういえば、今度はここに行こうねって約束したお店があったような気がする。なんだっけ、ふわふわしたパンケーキの、駅前にできたあそこ、ホルマジオ楽しみにしてたよねえ。ホルマジオとの思い出を1つ1つ数えながら走った。

規制線が張られた燃える街、ブルーシートのかかったタンカがあった。今の私をとめられるならとめてみなさいと、職員の制止を振り切ってタンカを蹴り飛ばす。ごろりと地面に落ちたのは全身を火傷して腫れあがった顔をして、あちこちに穴のあいた、それはもうひどい有様のホルマジオだった。こんなに燃えて焼けているのに、触れた体は酷く冷たい。心臓の音がバクバクと響いた。きっと今私の肩を引いている警察も、悲鳴をあげた野次馬も、みんなが私の心臓の音を聞いているに違いないと確信するほどに大きな音。こわかった。ソルベとジェラートとの付き合いは長いし、あの2人とは特別親しかったから。ホルマジオとの思い出を1つ1つ数えてみる。大丈夫、できるはずだ。ホルマジオのことだって私は大好きで、大好きで、ホルマジオだって私のことが大好きだった。…お願い。私の天使。

ぼんやりと眩しくなって、やがて目の前が真っ白になる。ホルマジオの体に触れていたからわかったけれど、焼けただれた皮膚が少しずつ元に戻って穴もふさがった。できる。大丈夫だ。ホルマジオは死なない。

光が収まって、ホルマジオが目を覚ました。何をしたんだという救急隊員の人の言葉を遮って、状況のわかっていないホルマジオに声をかける。

「詳しくは後で話す、あなたはパッショーネ暗殺チームのホルマジオだよね?ついてきて」

ギャラリーが多いし、人前で派手にスタンドを使ったから今すぐにでもここを離れないと。冷静な判断力なんか全く残されていなかった行動だったなと、プロシュートなんかが聞いたらものすごく怒りそうだと思いながら、怪訝な顔をしつつもうなずいたホルマジオの手を引いて街を抜けた。最初から息が上がっていた私の膝はもう限界で、ホルマジオの手を引いて走りながらがくんと力が抜けて転びそうになった。すぐにお腹に回って私の体を支えた太い腕。

「おい、大丈夫か?何がなんだかわかんねーけどよ…、とりあえず助かったわ。で、あー…、お前何者?」

すうっと、熱くなった身体は一気に冷えていく。ふる、と喉が震えた。泣いちゃだめだ。泣いては。うつむいて唇を噛んで悲しさはかみ殺す。…大丈夫、大丈夫だ。

「私のスタンドは、人を生き返らせることができる…あなたのことを、頼まれてきました」
「死……ああ、やっぱり俺は負けたのか。なさけねえなあ」

情けなくなんかない。最後まで戦い抜いたってわかる姿だった。ホルマジオは情けなくなんかないし、そして私のこと全部忘れたって、優しくしてくれる素敵な人だ。

「…私、行かなくちゃ。気を付けて、元気に、生きてくださいね」

頬をかきながら笑うホルマジオの笑顔がよそよそしくて胸を締め付ける。そんな笑顔を私に向けないでよ、なんて記憶を消した私が言えることじゃあなかったけれど、ホルマジオの視線に時々混ざっていた仲間へのそれとは別の恋の色、もしかしたらスタンドに打ち勝ってくれるんじゃないかなんて、命より重たかったりするんじゃないかなんて、期待していた私が甘かったね。

「オウ、サンキューな」と背を向けて去って行くホルマジオが、どうか、彼らの後を追ったりしませんように。ここから一番近い残されていた地図の印はポンペイだった。嫌な予感しかしなくて、震える膝を叩きつける。動いて、お願い。