ソルベとジェラートと連絡がとれなくなった。最近なんだかごそごそと、2人一緒に、ときどき1人ずつ、何かをしているなって気はしていたのでどことなく予感はあった。

ジェラートはアジトの外に自分の部屋を借りている。私しか知らされていないそこにみんなで訪れるのは気が引けたからリゾットと2人で向かって、ゾットが作った鍵で扉を開ける。瞬間、もやりと漂う空気はどこまでも暗く沈んでいて。遅かったな、と思った。

リビングの奥、ゆったりなら1人、あの2人みたいにぎゅうとくっつけば一緒に座れそうなソファがあった。そこに目を見開いて座るジェラートと、「罰」と書かれた紙、苦痛にゆがんだ表情、喉に詰まった布、その意味するところはつまり。

この2人はボスの正体を探っていたんだろうと、時折漏らしていた不満はそう察するには十分なものだった。ジェラート、と、私の小さな声が狭い部屋に妙に響く。震える拳が滑る。汗なのか爪が食い込んで血がでてしまったのか、そんなことわからないくらいに動揺していた。

ジェラートは優しいお兄さんだ。強くて優しくて、いつだってにこにこ笑っているけれど誰よりも仲間のことを想っていて、何かあればすぐに手を差し伸べて助けてくれる。しんどい私の気持ちをいつだって落ち着かせてくれて、眠れない夜は抱きしめてくれて、そんなたくさんの思い出を回想する。そして、ふとひらめいた。

「リゾット……、ねえ、死んだ人って、なおせるとおもう?」
「…は?」
「私とジェラートが過ごしたこの数年、いっぱいいっぱい思い出がある。ねえ、ジェラートのこと、生き返らせるのって、できないかな」

やめろって強い口調で言われたけれど、もう私のスタンドはでてきていた。優しい笑みを浮かべた天使の彫像の姿をしたスタンド。ちょっとしたキズや骨折くらいならビジョンがでていなくたって治せるのだけど、命に係わりそうな大けがだと出てきてもらわないといけない。こうして会うのは久しぶりだね。
ふわっと淡い光があたり一面に広がって、すぐ近くにいるリゾットの姿も見えないほどだ。大声をあげて私の肩を掴んだリゾットが、やめてくれ、と泣きそうな顔をした。リゾット。リーダーがなんて情けない顔するの。

「私がジェラートのこと大好きだって、知ってるでしょ。生きていて、ほしいんだよ」
「しかし、そんなことをしたらお前が、お前のことをジェラートが」

必死に呼び止めるリゾットは、私がみんなの記憶から時々抜け落ちるのに気づくたび心を痛めてくれる優しい人だ。今までずっと私のことを覚えていて、大切にしてくれたジェラートの中から私の記憶が消えるなんてことになったらもしかしたら私よりもつらいのはリゾットなのかもしれない。だから、大丈夫だよって伝わるようにやんわりと笑いかけて、いいの、と呟く。

「生きていてくれたら、それだけでいいんだって、リゾットは知ってるじゃない。ぱぱも、ままも、それからジェラートもおんなじだよ」

明るい光がゆっくりと消えて、カーテンの閉め切られた部屋は薄暗さを取り戻した。ほこりとカビと、死の重苦しい空気をまとっていた部屋がどこかすがすがしい雰囲気を漂わせる。苦痛の表情を和らげたジェラートが身じろいだ。

「…リゾット、ねえ、」
「ああ……」

は瀕死の両親を救ったことがあるが、あれは致命傷とはいえまだ命のあるうちだった。完全に死んでしまったものを生き返らせるなんて、そんなのは神の領域ではないか。まさかできるとは思わなかったけれど、現実にこうしてジェラートが目を覚ました。なんて力だ。必死に止めようとしていたからの肩を強くつかんだままでいた手からゆっくりと力が抜けた。

「…リゾ、ット」
「ジェラート…!良かった、目を覚ましたんだな」
「俺…死んだと………、君は?」

目をこすり頭を振り、状況が飲み込めないジェラートの視線がを捕えて、そしてことりと首を傾げた。まったくの他人に向けるような、警戒心しかこもらないうすっぺらな笑顔。リゾットはの顔が見られなかった。ほら、だからやめろと言ったんだ。

「…はじめまして。リゾットのお手伝いで、あなたのことを探しに来ました」

けれど、は泣かなかったし、笑った。そうか、助かった、と手を差し伸べたジェラートと握手を交わして、一度ぎゅっと強く目をつぶって顔を上げる。そんな様子をリゾットは見たくなかったけれど、が選択したのなら仕方がない。ソルベがボスに捕まってる、と言うジェラートに従って、リゾットは1度アジトへと戻った。

ボスを裏切ってしまったのなら、その死がなかったことになった、というのが公になるのはまずい。ソルベは絶対に見つけると言い伝えてから、ジェラートは身を隠すことになった。ありがとうさん、と手を振って去って行くジェラートにひらひらと手を振って、やがて姿が見えなくなってからはリゾットに抱き着いた。

「リゾット…、私、がんばったよね」
「ああ、…悪いな、つらい思いをさせて」
「ううん、いいの。ジェラートが生きていてくれたらそれでいい。リゾットが、覚えていてくれるからいい…」



この調子じゃあソルベもきっと、という予感は戻ったアジトに送り届けられていた数十個の荷物により確信へと変わった。そんな姿になっても有効だったのスタンドは、いったんリゾットの部屋に運び込まれたその”荷物”に対しても十分に発揮されて。

「……君は?」
「わたしは、」
「彼女は。お前たちの捜索に力を貸してくれた仲間だ」
「そうか…じゃあ、ジェラートも」

無事なんだな。そう、ほっとしたように柔らかく作られた笑みは本当は、以前は私にも向けられていたものだ。お礼を言うために私に顔を向けたジェラートの表情はすっと引き締まって、自分たちの仲間に力を貸してくれた協力者へ、丁寧な礼を述べる他人行儀な笑顔に変わった。

「いえ、リゾットのおねがいなので…」

それと、私に誰よりも優しかったジェラートとソルベのために。2人が私のことを忘れてしまったって生きていてほしいと思った私のために。

ジェラートと同じくその死をありのままに受け入れたことにしなければならないから、ソルベはジェラートの隠れ家へと向かっていった。



、大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫だよ。ありがとうリゾット、私のこと、全部覚えていてくれてありがとうね」

何かあれば甘やかしてくれるのは、リゾットよりもソルベとジェラートの方が多かった。あの2人はいつだって私のことを見ていてくれて、優しくって、抱きしめてくれたから。そんな2人がもう二度と頭をなでてくれないのだと思うと胸が張り裂けそうなくらいに悲しく寂しい気持ちになるのは確かだったけれど、私のことを忘れた2人が、ボスの認識上死んだまま平和に生きて行ってくれるのならそれだけで構わない。

「その分、リゾットがいっぱい優しくして」

大丈夫だから。私がソルベとジェラートにいっぱい優しくしてもらったことを覚えているから。でもどうしても悲しいなって思う時には、私の言葉に応えるように痛いくらいに強く抱きしめてくれるリゾットの腕の中でだけ、ほんの少しだけ泣くのは許してほしい。強くなりきれなくて、ごめんね、リゾット。