ギアッチョ自慢の真っ赤なスポーツカーはびゅんびゅんと他の車を追い抜いて行く。吹き抜ける風が冷たくて私の長い髪をなびかせてぐちゃぐちゃにしてしまうし会話だってできない。ちらりと盗み見るギアッチョの横顔はまっすぐ揺らがずただ正面だけを見つめていて、それは、かっこいいな、という気持ちだけど私に抱かせた。

「着いたぞ」
「やったー!ギアッチョ、ありがとう!」

飛び降りて駈け出した私に「転ぶなよ」なんて子供にするみたいな注意をしたギアッチョは、両手をポケットに入れて片足に体重をかけて海に反射する夕陽を全身で受け止めていた。かっこいい。ギアッチョはかっこいい。

ひざ丈のスカートまで跳ねた水をすうのも気にせず、サンダルを脱ぎ捨てた私は海へと駆け込んだ。少し荒い波がざぶざぶと私を襲う。真っ白なワンピースは足首まで隠していた方がかわいらしいかもしれないって思ったけれど、すぐにはしゃぎまわる私には危ないってこの丈を選んだのはギアッチョだっけ。裾の色がうすく透き通るほどに濡れて、ようやく一息ついて顔をあげた真っ赤な海は言葉を失うほどに綺麗だ。

ほんとうに、きれい。こんな夕陽を、私は何度も何度もギアッチョと見に来た。ここは私とギアッチョの大事な思い出の場所で、ことあるごとに訪れている大好きな場所だった。だまって動かなくなった私を不信に思ったらしいギアッチョが「おい、」と声をかけながら近づいてくる。長いズボンを膝の上までまくり上げてざぶざぶ波を乗り越えてやってきたギアッチョがもう一度私を呼んで肩に手を置いたので、その手をぐいっと掴んで引っ張った。

「おい馬鹿!」
「あはははっ!」

ざぶんと、ひときわ大きな音をたてて海に全身を預けた。私もギアッチョも頭までずぶ濡れだ。私の手を振り払って波に浮かんだ眼鏡を捕まえたギアッチョが、笑う私の頭を思い切りひっぱたいた。

「いったーい!ふざけただけじゃん!ギアッチョの乱暴者!」
「着替えなんか持ってきてねーんだよ!ふざけんなこの馬鹿!クソッ、良いところがあるっていうから連れて来てやったのによ…」

……ギアッチョは、何度忘れても同じことを言う。一字一句違わず、おんなじことを言う。きっとここに来た回数はもう10回を超えている。ギアッチョは接近戦型だしすぐにかっとなるので、怪我をして帰って来ることもそれなりに多い。大きなけがの数だって一番に多い。だからギアッチョは、仲間の中で1番私のことをあんまり知らない。この夕陽の綺麗な場所は私たちが一緒に出掛けた初めての仕事の帰りに見つけた場所なんだけど、そのことだって覚えていない。そんなの、忘れられちゃうことなんていつものことなのに、ここだけはどうしても何度でも何度でも繰り返し伝えてしまう。

すぐに立ち上がって服の水をしぼったギアッチョは、尻餅をついて水に浸かったままうつむいた私にを不審に思ったらしい。屈んで顔を近づけて、「、」と名前を呼ぶ。

「どうした?怪我でもしたか?」
「ううん…なんでもない。痛くもない」

なんでか、泣きそうだった。こんなのもう何度も何度も繰り返して、そのたびに諦めてきたのに。なんでか、この夕陽のことが諦められない。なんどだって手を引いてこの場所にきては、変わらず同じことを言うのを聞いているのに。もしかしたら「思い出してくれるかも」なんて、そんなのは都合の良い考えだ。するだけ無駄な期待だ。

「…ギアッチョ!泊まって行こう。もう遅いし、びちゃびちゃだし。あそこのホテルにさ」

怪訝な顔をしてギアッチョが帰るって宣言するのも、そこのホテルでタオルとお風呂だけを借りるのも、帰りの車内で疲れて私が寝入ってしまって、そんな私を抱きかかえて部屋まで運んでくれるギアッチョが優しく布団をかけて頬にキスをしてくれるのも。もう10回を超えるだけ繰り返したおんなじ思い出。