私の体の何倍もある大きな猫だ。ふわふわの毛並は柔らかくって獣のにおいがする。よじのぼって背中に全身でとびこんでも抵抗しないこの巨大な猫はホルマジオの飼い猫である。私の身長は10センチ。リトルフィートって本当にすごい!

「あー、あったかい…きもちいい…さいこう…!」
「そりゃー良かったな。落ちんなよ」

こちらに背を向けて机で何かやっているホルマジオが言った。ここはホルマジオの部屋のベッドの上で丸くなっている猫の背中である。ときどきこうして遊んでもらいに来るのだけど、毎回毎回よく飽きねえなというホルマジオだって毎日のようにこの猫を吸っているんだからおんなじだろう。そりゃそーか、と、豪快に笑うホルマジオはとっても男らしい。なんだかかっこいいな、と、その背中を見て思った。

低い視点から見上げると、いろんなものが新鮮に見える。見たことのあるものばかりなはずなのにいつだってなんだかわくわくするのだけど、今日は1つだけ、見慣れないものを見つけた。

「ホルマジオ、その箱なあに?きらきらしてる」
「ん?あー、宝箱だよ」
「宝箱!何はいってるの?みたい!」

しょーがねえなあ、といつものセリフをこぼしながら立ち上がったホルマジオが、宝箱を手にベッドに乱暴に腰掛けた。ぼすんと弾んだスプリングに驚いた猫がとびあがって、私はころりと振り落とされる。柔らかいベッドに着地してそのままホルマジオの方に駆け寄ると、置かれた宝箱に手を乗せた。

「きれーい、あけてもいい?」
「おう」

ぐっと両手で力を入れて蓋をもちあける。わくわくしていたのに、中身は赤のふかふかした布張りがあるだけでからっぽだった。

「…なんにもない」

がはは、と大きな口をあけて笑ったホルマジオをにらみつける。といっても身長10cmの私がどれだけぎゅっと睨みつけようとホルマジオにはまったく届かないのだけど。何がそんなにおかしいの、とぷうと膨らませた頬を大きな指でおさえて、ホルマジオはにやりと、ちょっと嫌な予感がする笑顔を浮かべた。あっ、その顔はやばい。

逃げようとするより先に、私を捕まえたホルマジオが宝箱に私を放りこんだ箱の中の生地はふかふかとしていて気持ちいい。…じゃなくって!

「ちょっと!何するのもう、絶対ふた閉めないでよ、そんなことしたらリゾットに言いつけるからね!ジェラートにも!」
「わかったわかった、そんな怒んなよ」

わかったというわりに、乗り越えるには高い壁の箱から私を出してくれる気はないらしい。大きな手が蓋を押さえてくれているので大丈夫だけど、いつ閉められちゃうんじゃないかと気が気じゃない。そんな私の不安なんかよそに、ホルマジオはなんだか嬉しそうな、優しげな笑みを浮かべているのだから意味が分からない。

「…ねえ、もう、はやくだしてよ、もとにもどして」

箱から乗り出すようにホルマジオの方に訴えるのと、前触れもなく体が元に戻るのは同時だった。ホルマジオの上に乗っかるような姿勢で元に戻ってしまって、驚いて体を起こそうとしたけれど手首をがっしりと掴まれて身動きがとれなかった。

「いきなり戻さないでよ…」
「戻せって言ったり戻すなって言ったり、我儘なお姫様だなあ」
「からかわないで、もう…ホルマジオっていっつもそう」

ぷん、と顔を背けたけれど、上にのっている姿勢じゃそれほど距離は開けられない。すぐに顎を掴んで視線を合わせられて、なんでか嬉しそうなホルマジオの気持ちなんかわからないから、本当に何なのよ、と顔を掴む指を離してやる!ってくらいのつもりで頬を膨らませた。

「本当になあ、閉じ込めておきたいんだけどな」
「…やだ」

はは、と笑って手を離してくれたホルマジオの私への「好き」が、もしかしたら他のみんなの好きとはちょっとだけ違うのかもしれないなんて、私は考えたくなかった。