「ソルベの膝枕は俺の特等席なんだけど?」と、ジェラートはまったく怒っていない顔で腰に手を当てて私を見下ろしていた。

ツン、とおでこをつつく感覚で起きたらそんなジェラートがいたのでびっくりして悲鳴をあげた。うるさいと口をふさがれて、乱暴される!って暴れたらげらげら笑ってジェラートはぱっと手を離した。

「おはよう。俺のソルベの膝は気持ちよかったかい?」
「あ、あの、おかえりジェラート…!もう、だからいったのに!ソルベがいいよっていうから!」
「ふうんソルベが許可したの?」
「おい、あんまりいじめてやるなよ」

からかわれてるだけだって、わかってはいるんだよ。わかってはいるんだけど、どうしてもこの2人の仲の良さは深読みしてしまっていけない。おろおろする私を面白がるジェラートを、ソルベがやんわりたしなめてくれる。

「ごめんごめん、すぐ慌てるからおもしろくって」
「私は面白くないんだけど…」
「俺は面白いからいーの。で、気持ちよかった?よく眠れた?」
「うん、とっても…ありがとうソルベ、おかげですっきりしたよ」

ふあ、と固まった身体を伸ばしてあくびを1つ。だいぶすっきりした気がする。このごろ本当に眠れていなくて、しんどかったのは本当だったから。

「いじわるのジェラートはどこいってたの?」
「いじわるだからおしえない」

じっと顔を見たけど、にっこりわらった顔は本当に教えてくれなさそうだった。私の言葉の選び方が悪かったとかではなく、最初からなんにも教える気なんかなかったみたいな顔だった。

「ふーん、…まあいいけど」

ソルベとジェラートがそろえば私なんかただのおもちゃに成り果てる。さっさと退散するに限るな、とリビングを後にすると、もうソルベとジェラートは2人の世界って感じだった。イルーゾォじゃないけど、やっぱりあの2人…ううん、なんでもない。人のことそうやってあれこれ想像するのよくないよね。

…夜。せっかく昼寝までしてすっきりしたのに、やっぱり真っ暗な部屋で1人でいると眠れないらしかった。どきどきはやくなる心臓を押さえつけて、出そうで出ない涙をぐっと目を閉じることでやり過ごす。まったくやっかいな夢だ。そんな昔のこと、昔のことと割り切れない私のこともいやになる。

飲み物を飲もうとリビングにでていくと、ふらりと暗い廊下の奥に人影がうかんだ。びくりと肩が跳ねる。

「驚かせた?ごめんね
「ジェラート?びっくりした…」

にこ、と笑う顔に邪気がない。ジェラートは真面目にも不真面目にも一直線だけど、今は真面目な方のジェラートらしい。

「眠れないんでしょ。ちょっとだけお話ししようか、おいで」
「うん…」

ぱたん、と音を立てて扉がしまった。ジェラートの部屋は狭いのに物が多い。それはジェラートが銃火器を扱うからで、部屋の中もほんのり火薬や鉄のにおいがした。そこしかないので、ベッドの端に腰掛ける。

「ここ2週間くらい?ずーっと夜に起きてるね」
「気づいてたの?」
「アジト内のことなら、だいたいは」

眠っていても、気配でわかってしまうらしい。リゾットもそうなんだけど、生きにくくはないんだろうか。

「眠りたい?」
「うん…」
「寝かせてあげよっか」

顔が近い。にこ、と笑ったジェラートが、とんと私の肩を押して膝にまたがった。押し倒される姿勢になって、おでこがくっついて、その目の色すら近くてぼやけるような距離になる。

「じぇ、らーと…」
「抵抗しないんだ?」
「だって、ジェラートは何もしないから…」

ぷは、と笑った吐息がかかって、顔が離れた。押し倒した私の上にまたがったままおかしそうに笑うジェラートは、同意もなしに私にこれ以上何かをするような人ではないって知ってるから。危機感なさすぎ、俺だって男なのにさっていうけれど、そんなことわかってるよ。わかったうえでジェラートは絶対に何もしないって信頼してるんだ、私は。

「あーおかしい、平和ぼけしたのんきなお嬢ちゃんだなは」
「…なんか、するの?」

少しだけ不安になって見上げた瞳が、一瞬だけ野生の獣みたいに光った気がした。けれど一瞬のそれはぱっとなくなって、「しないよ」って優しく笑った。

はかわいいね。一緒に寝ようか」
「うん…」
「腕枕もしてあげる」

ぼす、と横に寝転がったジェラートが頭を抱きかかえてくるのを受け入れて胸に頭を預けた。すぐにすうすうと寝息を立ててしまった私は、その寝顔を見つめてひどく愛おしそうな顔をしたジェラートが「ほんとうに、かわいそうな子」なんて呟いたことも、隣の部屋でその様子を”視ていた”ソルベが複雑な思いを抱きながらもひどくやわらかな表情をしたことも知らなかった。