イルーゾォの鏡の世界、私はちょっぴり苦手だった。物音がしない静かな世界、生き物のいない死の世界、なんだか怖いっていつも思った。でもそこには必ずイルーゾォがいる。こわくて心細い時、寄り添えばさりげなく腰に手を回るイルーゾォのこと、最初はちょっと下心があるのかと思ってた。けれどそれは違っていて、不器用なイルーゾォは私を抱きしめることもできず、かといって距離を置いたままでいられるほど冷たくもなく、そうして測り兼ねた距離感の表れなんだってわかってからは素直に抱きしめてもらいに行くことにしてるんだ。

イル−ゾォのスタンドの前では、ターゲットのスタンドが近距離パワー型だとかまったく関係がない。けれど万が一ということもありえるので、こうして保険としてついてきた。ちょっとした掠り傷とか負ってもいちいち治そうとすんなよ、というイルーゾォは私のスタンドの代償をまだ覚えているらしい。

イルーゾォは察しが良くて几帳面だ。こまめに情報を刻まれた小さな手帳がアジトにあって、そこに私のことも書いていたらしい。一度は忘れてしまったのに、そのメモをみて私のことを思いだした。きっかけがあれば記憶を取り戻すこともできるらしいというその情報を共有しているのは私とリゾット、それからイルーゾォだけだった。それ以来より詳細に私のことをメモするようになったイルーゾォはいつのまにか「手帳」なんてもの用意していて、まるで私のことが大好きで大好きで仕方なくってちょっと気を病んじゃった彼氏みたいだって笑ったら、イルーゾォはあながち間違いじゃないかもな、その認識。…と、頬杖をついて微笑んだ。

鏡の外側で、あわただしく催しの準備がされている。あの政治家はちょっとだけ調子に乗りすぎたので始末してしまいたいのだけど、ボディーガードにお金をかけていてそいつが厄介なのだ。そいつごと始末したいから、ここでじっと機会を待つ。といっても、決行は夜の予定。それまでは鏡の中でだらだらと、この屋敷の豪華な内装でくつろげる。ついてきてよかったー、と、緊張感のないのんびりした空気で笑った私に、イルーゾォは愛しいものでも見るみたいにゆっくり目を細めた。

「楽しいか?」
「うん、とっても!こんなふかふかのベッドはじめて、わっ」

ぐしゃりと顔を隠すように頭を撫でられる。強い強い、ちょっと痛いよと言ってもやめてくれないとき、イルーゾォはいつだって泣きそうな顔をしている。時々髪の毛の隙間から見える赤い目が悲しそうな色に見えるんだ。だから今も、きっと。

「イルーゾォ、やめて、ねえ、…もう、イル!」

ベッドに転がる私の頭を、立った姿勢から腰を曲げて抑え込むイルーゾォにかなうはずがない。それでも精一杯の抵抗をしていると、ぐす、と小さく鼻をすする音が聞こえた。…ああもう、大人の癖に、イルーゾォは泣き虫なんだから。

「ぎゅってしてあげるから、手どけて?」
「子ども扱いすんなよ」

泣き顔を見られたくなくっていじわるしてくるなんて子どもじゃないか。とは言わないで、はいはいって答えてあげる。そっと頭が解放されたらうっすら赤い目を潤ませたイルーゾォが立っているから、しょうがないなってベッドに座って抱きしめてあげる。腕を目いっぱいに伸ばして背中に回しても抱きしめきれないくらいに大きな体のイルーゾォがなんだか小さく見えるくらいに頼りなくって、イルーゾォがこうなる条件が私にはわからないけれどそれでも大丈夫だよって笑ってあげたくなる。

後頭部をゆるゆると撫でてくれるイルーゾォの手つきは、さっきのいじわるさは綺麗さっぱりなくなってとっても、とっても優しい。