「…ああ、。今日も綺麗ですね。緊張してしまいそうです」
「ありがとう、はるのも素敵よ」

車に乗り込むと、待っていたジョルノはなめらかなイタリア語でほめてくれた。それにできる限り丁寧なイタリア語で返事をする。

「なんか久しぶりね、私、ちゃんと話せているかしら?」
「ほどほどでいい。今日の相手はそういう趣味だから」

そういう、というのは童顔か日本人か。話し方に関して言及したのだから童顔の方だろう。まじめに話すよう意識しなければのイタリア語はどうしても幼く聞こえてしまう。日本語を扱っていた時間のほうが長いのだからしかたがないが、あざとくない程度のたどたどしさは日本人的な童顔と合わさり”そういう”趣味の人にはひどくウケが良い。

「あ、そうなの。それなら、もっと可愛い柄の方が良かったかなあ」
「姉さんはいつだって可愛いし、綺麗だ」

ちょっとおどけて言うのに運転席から意見を述べるブローノが可愛い。

「今日はブローノも参加するの?」
「いや、俺はただの護衛だ。出番がないことを祈るよ」

パッショーネにあまり良い感情を抱いていない組織が主催するパーティでトラブルがないはずがない。だから今のはジョークだ。ホルマジオに渡されたバッグの中身は折り畳みのナイフに拳銃が入っている。こういうパーティでこれらが取り出される確率は8割近い。

「そうね、ブローノの出番はないと思うわ。ジョルノに何かするようならまずこのさんが黙ってないもの」
「姉さんはおとなしくしていてくれ」
は何もしなくて結構です」

2人がほとんど同時に重ねて言うので笑ってしまう。2人とも私のことが大好きだから手を出してほしくないんだよね。わかるよ。私がやると後片付けが面倒なんだよね。わかる。少しでもけがをしたらうちの子たちが黙ってないもんね。もう、本当にわかるよ。でも我慢できない。私がやるのが1番早くて確実だからね。

「ふふ、面白い」
の面白さは僕たちにはわからないんです。やめてください」
「はあい」

ふう、とため息をつく。帯がつぶれないよう少しだけ背もたれに体重をかけると、頭の後ろで鏡がゆれる感覚がした。パーティ会場前に滑り込んだ車の扉から出ると、最初から会場にいたらしいフーゴ君がいた。

「あら、お久しぶりね」
「お久しぶりです、さん。今日もとてもお美しいですよ」

はいはいグラッツェ。大人ぶった話し方をする最年少がかわいらしくて仕方がない。本日、えーと、いくつめかのお礼のキス。私の手を取って丁寧にあいさつをしたフーゴ君は、後に下りてくるジョルノを一瞥してスルーした。野郎に貸す手はないのかもしれない。運転席に回ると、下りてきたブローノと入れ違いに運転席に乗り込む。なるほどそういうことね。お疲れ様だ。またあとで。



パーティ会場は華やかでキラキラした装飾と裏腹にどことなく暗い雰囲気を持っている。金と権力で着飾った下らない人間がくだらないお世辞とやんわりした牽制で会話をこなすどす黒さが醸し出す雰囲気だろうか。ジョルノと腕を組んであるく2歩後ろをブローノがついてくる。ジョルノは兄だし、ブローノは息子だ。ジョルノにとって、ブローノは部下である前に息子のような存在と言える。つまりは一家総出みたいなものだなと思いついて少しだけ口元が笑ってしまった。
主催者の成金はジョルノを見つけると小走りに寄ってきて、汚らしく太り汗で湿った手を差し出す。ジョルノは少しも嫌な顔をせずその手をにぎり、本日はお招きいただきありがとうございます。パートナーのです、と私を紹介した。

です。どうぞお見知りおきを」

事前に聞いていた通りだ。身長の低いアジア人に見えるを上から下まで遠慮のかけらもなく眺めてからひとつ舌なめずり。いつもよりはっきりを意識したイタリア語に甘えた響きでも混ぜておけば、ゴクリとその喉が鳴った。

(ジョルノ、このひと気持ち悪いんだけど)
、今の可愛かったですよ)
(聞いてる?)

イタリアどころか日本も含め世界中の美女を集めてもたぶん私の圧勝だろう。と私は思っている。そのくらい自分に自信があるので、そしてそれは結構事実として役に立つのでこういう場では大いに利用するに限る。だから言われなくたって可愛いことなんか知ってるんだよ。

「ああ、すみません。あまりに美しいのでつい言葉を失ってしまいました。こちらこそ、どうぞよろしく」

先ほどジョルノの手に押し付けられた汚らしい手を差し出してくる。私はにこりと笑ってその手をスルーした。

会場に人が増え、会話も増えるとだんだん周りの音が聞こえにくくなる。こういうときがあぶないんだよなあ。ジョルノの腕を取って歩いていると、主催者にかなり近い団体の会長がジョルノを見つけて近寄ってきた。その手にはグラスが2つある。

「これはこれは、ジョルノ・ジョバァーナ様ですね。お噂はきいております」
「どうも。どんな噂でしょうね?」
「…はは、まあ、まあ、いっぱいいかがです?」

差し出されたグラスは無色透明でほんのり甘い香りがする。まさかこんなに堂々と毒を盛るとも思えないが、こいつは捨て駒で意図しないところで利用されているという場合もある。ジョルノを見上げると目があった。

(飲んでみようか)
(試してみてください)

一歩前にでて、よろしいでしょうか?とグラスを受け取る。彼は一瞬躊躇し、いや、あの、とうろたえてしまったので心の中で笑ってしまった。ごまかすのがへたくそすぎる。これじゃあ何か混ぜたと暴露しているようなものだ。
受け取ったグラスは揺らすと何か不純物が混ざったような濁りを見せた。それを口元に近づけると明らかに動揺している。ゆっくり傾けて飲めば、心臓が一瞬だけきゅっと動作を緩めた。この前押収して試しに飲んでみた、最近開発されたという新しい毒薬と同じ味だ。

「………これ、は…」
「お、お嬢さん…大丈夫なの、かい?」
「…ええ。隣町で最近開発された、随分と新しい毒ね。とても強いんじゃないかしら。私じゃなかったら死んでしまっていたかも」
「えッ…!?」

私のスタンドは自分の体の不調を最も早く検知し即座に治してしまう。だから心臓を強制的に停止させてしまう作用の毒薬をのんでも、心臓が緩やかになった瞬間その原因を取り除いてしまうことができる。毒見係に超向いているスタンド。仮にも暗殺者を率いているボスなのに、まず毒見をするのはいつも私だ。考えてみるとおかしな話だ。試しに飲んでみる?とジョルノに差し出すと、遠慮しておきます。とさわやかな笑顔で断られた。身内ながら綺麗な顔だ。

「これを僕に勧めたという事実だけ受け取っておきます。またどこかでお会いすることがあればお話しましょう」

咎めるでもなくグラスを返しそう告げると、ジョルノはその場を去った。あーあ、あれはもう命はないな。浅はかすぎる。スタンドを持っていない馬鹿の考えることはわからない。万が一ジョルノがあれを素直に受け取って飲んだとして、その後自分がどうなるかなんてわかりきってるじゃないか。

「大丈夫でしたか、?」
「うんうん。でもすごく強いね。私の心臓が一瞬ぎゅっとなったくらい」

回復があまりにも早いので、ちょっとした毒などは作用する前に消えてしまう。だから、一瞬でも私の心臓が乱れたならそれはとてもすごいことだ。あ、ジョルノの目がこわい。

「そんなにですか。さっきの奴の組織でつくってるのかな」
「さあ、でもまだまともに流通してないし、結構近くだろうね。早めに取り締まった方がいいよ」
「そうします」

そんな話をしながら、壁際で待機しているはずのブローノを探す。あ、見つけた、と目があった瞬間、私の体がぐいっと引かれてたたらを踏む。そしてそのまま、いっぱい薬を吸って頭がふわふわしていそうなにおいのする男の腕の中に納まってしまった。

「あ」

やっちゃった!という顔が間抜けだったのか、捕まったことへの反応がタンパクすぎたのか、それ以外の理由なのかはわからないが、ジョルノとブローノが眉間にしわを寄せてため息をついた。
背後の男は完全に薬が回ってしまったのかどこからもちだしたのかわからないナイフを私に突き付け、何を要求するでもなく「あ、」とか「う、」とか声を漏らしながら後ずさる。何がしたいのかわからないから誰も何もしない、そんな状況だ。特に緊張もしていないので、体感と事実がほとんど同じで2,30秒がたった。

「ねえ、どうしたの?何がしたいの?」
「う、う、うる、うるせえ!」
「振りまわしたら危ないよ、私が怪我しちゃうって」
「人質なんだから当然だろ!?」

そのやり取りに周囲が困惑した空気になる。それはそうだろう、人質が「私が怪我しちゃうよ?いいの?」みたいなことを言っているのはどう考えたっておかしい。

、おちょくってないで逃げて。GEを送りますよ)
(お、たよりになる)

ジョルノは半分笑っているけどブローノが怒ってる。そろそろ逃げておかないとこの男の命が危ないなと思い、ジョルノのGEをこっそり発動して喉に突き付けられているナイフを薔薇の花に変えた。それをさっと受け取る。

「わ、すごーい!これ、私にくださるの?」

ひらりと身をかわし薔薇に口づけて首をかしげると、何が起こったのかわからない男はぽかんとした顔をして、そしてたぶん私の顔が可愛すぎて赤面し、それからやっとおちょくられたことに気が付いてこぶしを振り上げた。怒らせたみたいだ。でもラリった男の動作は鈍い。そのこぶしが振り上げられる前に、私はすばやくバッグから取り出した拳銃で男の額をドンと一発撃ち抜いて血しぶきが飛ぶ前にその前から避けた。
飛び散った血が他の客にかかり、それから男の体がぐらりと倒れてテーブルの上のものをなぎ倒す。

(何してるんですか!?)

頭に響いたジョルノの声が焦ってる。何もするなって言われてたものね。いやだってね、仕方がないと思うのよ。何考えてるんだかわからない腹黒タヌキとしゃべって、へらへら毒薬を渡してくる男に会って、それからこんなラリってやつに絡まれたら誰だって怒るでしょう。仏の顔も3度までって言うじゃない。もめ事を起こさない、おとなしく帰ろう、穏便に。そう、血縁というのか疑問ではあるが日本での生活でお世話になった、少しは血のつながりのあるジョースター家の家訓がある。

「ジョルノ、ブローノ、帰ろっか」
「…ッ、姉さん!」

叫んだブローノのスタンドが弾き飛ばしたのはに向かって飛んできた銃弾だった。そりゃそうだ。絡んだとはいえ何も危害を加えていない部下が突然射殺されたらこれはもう抗争だ。見回せば会場に200人近くいるように見えた客のうち、3割くらいは本当に関係ない人たちだったようで、この騒動であわてて出口に走り逃げ出していた。残ったうちの半分は銃を抜くなりナイフを構えるなりしてこちらを警戒していて、あとの半分は様子見といった感じで壁際にいる。いざとなれば銃を抜けるタイプの奴らだ。

「えへへ、これは私のせいかな?ちょっと人数が多いね」
「反省してくれ」
「はい、ごめんなさい」

そんな短い会話も許さず銃声が響いて、あーあ、せっかくプロシュートとメローネが綺麗にしてくれたのになあと内心で愚痴をこぼす。服を汚さず全員を始末するにはちょっとばかし人数が多いかもしれない。長い袖をヒモで括って動きやすくすると、カバンから出したままの拳銃で近くにいた敵に1人1発ずつ銃弾をプレゼントした。

「私、死ぬ瞬間に見るのが私の顔なのは冥途の土産になるんじゃないかと思うの」
「姉さんは綺麗だからな、だが頼むから本当に反省して、あと早く奴らを呼んでくれ」

ブローノは大人なので、個人の気持ちと仕事はきっちり分けて考えることができる。だから今は私よりもジョルノについてジョルノの護衛をしている。私のことに100%の注意ははらえないから、私にも早く自分の護衛を呼べと言っているのだ。片っ端から銃で頭を撃ち抜く私と片っ端から敵の腕にジッパーをつけてもぎとり戦闘力を削ぐブローノだと、ブローノのほうが随分とえげつない攻撃をしていると思う。でもブローノからすると、何人いようが動き回っていようが確実に1人に1発、眉間の中心に銃弾を撃ち込む私の方が怖いらしい。両想いだね。
さて、鏡に向かって呼びかけるよりも先にイルーゾォがすでに来ていることに気づいたのは目の前の人間がボトリと心臓だけになったからだった。ちょっとびっくりして変な声がでた。こっちを見ていたブローノも目を真ん丸にして驚いている。心臓以外を許可する、なんて恐ろしいセリフが聞こえてくる。イルーゾォ、もしかして最初から見てたのかな。私のこと信用してないのかも。

背後に人間の気配を感じて振り返るとやっぱりイルーゾォがいて、他の奴らも来るってよと言い捨てると敵に駆け寄っていく。それとほとんど同時に入口から私の可愛い部下たちが飛び込んできたので、あんたら絶対着いてきてただろ、どんだけ信用がないんだよと声を上げて笑ってしまった。

「あは、あはは、なんでみんないるの!?そんなに私がやらかすと思ってたの!?」
「やらかしてんじゃねーか!笑ってんじゃねえ!!!」

ブチ切れて周辺の敵を全員凍らせて粉砕してしまうギアッチョのあれはもっともえげつないかもね。あれは実は私でもちょっと苦戦してしまうスタンドであった。腕が凍るって、体の外側の異常だからスタンドで回復できる範囲外なんだ。凍傷にならないだけで固まってしまえば動けない。最終的には勝ったけどね。初めて会った時の話だ。
うまく連携がとれるなら、ギアッチョが氷の壁で味方を囲ってガードしプロシュートが敵を全員老衰させてしまうのが最も早くて簡単、処理も早い。でも特にギアッチョの方がそういうのに壊滅的に向いていないので実現したことはない。うーん、と難しい顔をしていると、警戒しなくても良い気配が後ろから近付いてきてひざかっくんされた。

「うお」
、ちょっと乱れてるからもう動かないで?」

カクンと崩れた私に後ろから手を回して覗き込んできたのはメローネだ。片手が後頭部にあたっているので乱れているのは髪型のことだと思う。せっかく可愛くしてくれたのにごめんね、と言うと乱れてるのもディ・モールト・セクシーと言って笑った。可愛い。

背中にしがみつくメローネに気を取られているうちに、フロアは血しぶきに氷に弾痕飛び交うナイフでそれはもうひどい有様になっていた。これだけ混戦だとさすがに全員が無傷とはいかないみたいで、うちの子たちもちょっとだけ怪我をしたのでそれはすぐに治してあげた。

「これはひどいね。どうしよう?」

精神的にとても疲れた、といった様子のブローノの顔を覗き込むと、何も言わず頭を振ってため息をついた。

「姉さんにはいつも慎重な行動をお願いしているが、守られたためしがない」

うちの子たちも口ぐちに同意する。ひどすぎる。それがボスに対する態度か?

「まあまあブチャラティ、には何を言っても無駄ですから。とりあえず片付けましょう」

パン!とジョルノが手を叩くと、もう1つ出てきそうになったため息をぐっと飲み込んでブローノはシャキシャキと私の部下に指示を出し始めた。暴れた後はお片付け。人間としての基本だね。基本的にジョルノとブローノの言うことは聞くようにと言ってあるので、素直に指示に従って部屋を片付け始めた。隠ぺいしきれないゴミは鏡の中にいれようと言いながらどんどん縮めていくホルマジオと、ゴミ置き場じゃねえ!と怒るイルーゾォのやり取りは後片付けの醍醐味みたいなものだ。

「ジョルノ、私には何を言っても無駄だと思ってるの?」
「違うんですか?」
「いや、私のことをすごく理解しているなあと思ったの」
「そりゃあ、当然でしょう」

(あなたの双子の兄なんですよ?)というのは脳内に直接響いた。さて、私も片づけをしよう。