私の愛する人は誰よりも強く賢い。そして負けず嫌いだ。自信に満ちている紅い瞳が好き。誰にでも威圧的な態度が好き。全てを服従させる雰囲気が好き。常に命令口調なのが好き。すべてが愛しくてたまらない。一生そばにいて、もし貴方が危ない目にあうのならば全力で守りたいと想う。命をかけてでも。

飛び交う呪いはすべて陳腐だ。私や彼が気にするほどのものではない。もっとも、私はその場に実体として存在していなかったが。この時がくる数時間前、彼は私に言ったのだ。ただ一言、「近寄るな」と。その短い言葉の意味するところはこうだ。「もう用済みだから、お前は必要ない。二度と私の前に現れるな。」

目を丸くした私に、彼は短い幻影を見せた。懐かしい美しい姿を。私たちがまだ純粋に愛し合えていたころの姿を。そして昔の彼の、ほんとうに優しい笑顔を。彼の優しさを理解した私は、その場から姿くらましした。貴方の意思に従いましょう。それが貴方の望みならば。





ホールの中央には、トムと少年。彼が放った死の呪いを跳ね返した憎い存在。私にとってもあまりに忌々しい存在。しかし私がそれを憎むのも、彼がそうであるが故。少年の目に宿る強い意志は、トムでさえ跳ね返せはしないのではないか。不安というよりも確信に近いそれに、ただどうやって彼を守ろうかという思考しか働かない。世界で一番強い魔法、それは≪愛≫だというダンブルドアの意見に、私は大いに賛成だった。…トムは知らないことだが。この感情はなんだって為し得ることを知っている。私が彼に匹敵する魔力を身につけることができたのも、彼を想うからこそだった。

少年が懐かしい名を呼ぶ。自分以外の口から聞くのは本当に久しぶりだった。トム、トム・マールヴォロ・リドル。じわりと染み込むような響きに、心地よさを感じたのは自分だけだったようで、そう呼ばれた彼は酷く不機嫌になった。それはもう、見ていられないほどに。決闘に冷静さを欠けば負けは確実。彼だってその例には漏れない。呪文のぶつかる寸前、私は一生に最後の魔法を使った。








ホールの中央にたたずむ人影。呪文を放った少年、呪文を跳ね返せなかった青年、そしてどこからか現れた、青年を抱える長い黒髪の女。キラキラと結晶の降るホールに、誰も身動きを取らなかった。闇の帝王を抱えた女は、もういいでしょう、とつぶやいた。うっすらと目を開けたヴォルデモートは、女の目を見ると明らかに動揺した様子だった。私はあなたを失いたくない。だからもう終わりにしましょう。永遠はなくとも愛はある。私はあなたを愛しているから。この今一瞬を生きていこう。あなたと最期まで共に在りたい。


「あなたは誰ですか」


ぽつりとつぶやいた声が誰かはわからなかった。女もそれにこたえることはなかった。しかし帝王は呼んだ。彼女を、「」と。


「トム、もういいでしょう。私は独りになるのは嫌」

、なぜここにいる」

「あなたを失いたくなかったから」

「…バカだな、お前は」

「それはトムも同じじゃない」

歌うような呪文が響いた。ヴォルデモートの体は光に包まれ、どこからか現れた光の玉が吸いこまれてゆく。やがて光が消えると、そこには2人の若い男女。と呼ばれた女と、深紅の瞳に漆黒の髪をした美しい青年。


「もう終わり。勝ち負けがほしいのなら、あなた達の勝ちよ」


だからもう、私たちに構わないで。トムを傷つけないで。射ぬくような強い目に、誰一人として口を開くことはなかった。








時は過ぎて、闇の帝王を倒した英雄としてハリー・ポッターは新聞に取り上げられていた。


「トム、まだ見てるの?」

、これはこれで良かったのかもしれないな」

「あなたがいるならなんだっていいわ」


平和になった世界の片隅で、愛しい者と一生を終える。永遠を生きるより尊いものに気づいた彼は、彼女を守るためならば何よりも強くなろう。


nur sie