「お気をつけて、殿下。お怪我などなされぬよう・・・」


ぐっと、こみあげてくるものを抑えようと下を向く。いつだってそうだ。出陣のときにはどうもうまく言葉がでてこない。一緒に戦える男であったならどれだけ良かっただろう。いや、女だからダメだと考えていることからまず間違いなのかもしれない。女であろうと男であろうと、彼を守りたいと思う気持ちさえあれば何だって乗り越えられるはずなのに。


「大丈夫だよ、。私は必ず帰って来る」


だからそんな泣きそうな顔をするな。そう言ってそっと頭をなでてくれる彼の手は大きくて、そしてとても熱い。戦場に出る前特有の感情の昂りとかそういったものは私にはまるでわからない。だって毎回毎回、私は不安で不安でしょうがないのだ。我が国の軍が負けるだなんてことは思っていない。しかしまったくの無傷で帰って来るとも思わない。いってらっしゃい。なんて前向きに送り出すことはできない。


「絶対、絶対ですよ。もし怪我なんかして帰ってきたら一生呪います」

「それは大変だ。絶対に帰ってこよう」


約束だ。彼は目がくらむほど眩しい笑顔を見せると、私に背を向けて出て行ってしまった。ここから出ることのできない私は、ただその背中を見ていることしかできない。静かな音を立てて閉まった扉は、私と外を一切遮断する。ただ彼の無事を祈り、拭いきれない不安に心臓のリスモスを狂わされたままの数日がはじまる。


君,死にたもう事なかれ



(数日の後、遠く遠くから聞こえた激しい雷鳴は、彼の勝利と帰還を告げる)