「bonjour,monsieur」

「bonjour,hortense」


鳥のさえずりが聞こえる森の奥の洋館。そこに似つかわしくない格好をした青年のそばには、紫陽花の姫君。主に挨拶をすると、すぐに部屋を出て行こうとする。それを呼びとめた青年、Hiverは他愛もない話を始めた。先日訪れたsavantが聞かせてくれた話だ。一言一言を発するたびにころころと表情を変える主を愛おしそうに見つめながら、オルタンスは違うことを考えていた。

やげて訪れるであろう夜の地平に、彼をとられることは酷く厭わしい。しかし終焉は避けられない。2人仲良くいつまでも、この洋館で永遠を生きていくことが≪幸せ≫だというのならば、私はとてつもなく≪不幸≫であると思う。いまこの瞬間にあなたの笑顔を見られることが私にとっての幸せならば、このうえなく幸せなのだけど。それだけで満足できたのはせいぜい1年ももたなかった。もっと私をみて、もっと笑って、私に、私だけに。どろどろと生に執着する感情が湧きあがってくるのはあまりにも気持ち悪い。この感情に耐えてまでしがみついた生でさえ、私は1番には成り得ない。


「オルタンス、どうかしたかい?」

「え…あ、なんですかムシュー」

「顔色が悪いよ」


ぼんやりと考え事をしていると、いつの間にか隣にいた主が心配そうな顔をしてこちらを覗き込んでいた。やめて近づかないで、すきでもないのに優しくしないで。すきでもないのに、






「Salut,Hiver!」

!」

ガタンと扉が開き、1人の少女が現れた。手に持った籠には真っ赤なベリーが詰まっている。部屋に入るなりまっすぐにイヴェールに近づくと、その額にキスを落した。ああもうほら、いつだって彼女はそうやって彼に接する。そして彼は、愛しくてたまらないといったように彼女を受け入れるのだ。


「たくさん摘んできたの。すごく甘くて美味しいよ。ほら、オルタンスも食べて」

「あ、ありがとうございます。…おいしい」


でしょう?と笑う彼女は女の私から見ても可愛くて、ムシューもそう思っているに違いない。じゃなかったらあんな風にくっつくはずもない。口の中に広がる甘い味はじわじわと消えていった。

中睦まじく話し始めた2人の邪魔にならないよう、そっと部屋を出て行こうとする。しかし彼女は、いつだってそうする私に気づいてしまう。どこ行くのオルタンス、一緒にお話ししよう?にっこりと笑った彼女の言葉に他意はなく、その言葉に振り向いた彼も、戻っておいでと言わんばかりの笑顔なのだ。だから嫌いになれない。せめて嫌いになれたなら良かったのに。




廻り来る朝の地平




(この2人の幸せを、せめて願うことができるよう)