「すぐ帰って来るから。おとなしく待ってて?」

そう言ってハオが森の奥に消えてから、もう3時間が過ぎた。明るかった空はどんよりと濁り、先ほどから小粒の雨が降ってきている。傘も雨宿りできるような木もないこんな場所で、家に帰ることさえできない。

「早く帰ってきてよ…」

ハオが自分を連れていかない理由は知っている。殺しをするところを見せたくないと前に言っていた。あのハオがそんなことを気にするなんて、他の奴らが聞いたらどれだけ驚くだろう。でもそんなの、勝手にできたイメージで偏見にすぎない。…そういうイメージを作ったのはハオ本人なのだけど。

川沿いの大きな岩に腰かけて、パラパラと降り続ける雨を浴びる。この程度なら平気だと思っていたが、長引くと風邪をひいてしまいそうだ。髪の毛から滴り落ちる雫のリズムが速くなってきて、それを見ているとだんだん頭がぼやっとしてくる。ハオはまだ帰ってこない。早く帰ってきてくれないと、本当に風邪ひいちゃう。

「どこまで行ってるのかなあ」

見上げた空との距離感がわからなくて、消える気配のない灰色に固まった雨雲は容赦なく雨を打ちつける。ぐらりと眩暈がして、目の前が暗転した。







「ごめん、遅くなった」

いつも通り、ほんとうに数十分で帰るつもりだった。しかし思わぬ待ち伏せをくらってしまった。誰も僕の敵ではなかったけど、何しろ人数が多かった。森ごと燃やしてしまえばよかったのだが、この広い森の隅にはがいる。そんなことできるはずもなく、帰る時間はとても遅くなってしまったわけだ。こんなことになるなら家に置いてくるべきだったと今更後悔しても遅くて、久しぶりに外に出してやろうと思ったのが良くなかった。雨まで降ってくるなんて聞いていない。

「・・・」

「どうしたの、

がいない。そう思ったがそれは勘違いで、いい加減本降りになってきた雨に打たれながら、彼女は大地に伏せていた。顔色が悪くて、雨に打たれていたにも関わらず抱き上げた体は熱い。これはもしかして、

「っ…、、大丈夫?、」

出てきた自分の声があまりにも情けなくて驚いた。動揺しているのは明白で、今何をすべきか、思考が追いつかない。とりあえず深呼吸をして、自分のマントに彼女をくるむと、急いで家へ向かった。




















…?」

「…ハ、オ」

ぼやけた視界にゆらゆらと入り込んできた、愛しい彼の心配そうな顔。こんな顔、私以外には見せないでほしいな、なんて考えながら、このよくわからない状況を理解しようとする。私はただ、彼の帰りを待っていたはずだった。ああそうか、倒れてしまったのかもしれない。最後に見えた不機嫌な色の空と、ただ降り続ける雨をぼんやりと覚えている。

「ごめん、あんな雨のなかで待たせて」

「だいじょうぶ、だった?」

「僕は大丈夫。は?」

「良かった…。遅かったから、何かあったのかと思って心配しちゃった」

心配ないよ、と思いを込めて笑った。元気だして、のつもりだったのに、何故かハオは今にも泣き出しそうな顔になってしまって。「に何かあったらどうしようかと思った」なんて弱音を吐いて、私が横になっているベッドに伏せた。

「ハオ、ごめんね」

「…なんでが謝るの」

「ごめんね。ありがとう」

「…守るから」

きゅ、と手を握ると、痛いくらいの力で握り返してくる。最強とか言われてるけど、ハオだって他と変わらない。普通なんだ。

「絶対、守るから。だからお願い、ずっとそばにいて」

「うん。ありがとう」

反対の手で、長くて手触りの良い髪を梳く。さらさらと流れるそれはとても綺麗だ。少し顔を上げた彼は、少し赤くなった目を細めて、嬉しそうに微笑んでいた。




rainy day