どうしようもない状況になってしまった。もうどうにでもなれ!って開き直ってしまいたくなるくらい。ああもう、ほんとツイてない。


ことの経緯はこうだ。家が学校から遠い私は、他の一般の生徒と比べてかなりの通学時間がかかる。だから朝の7時にはもう電車に揺られている。今目の前にいる丸井ブン太くんは、今日寝坊をしてしまった。7時にはまだ夢の中、目覚めたのは始業ベルの鳴る20分前。つまり2人とも、7時に回った臨時休校の連絡網を聞くことができなかった。そのため教室の暖房をつけることはできず、かといって臨時会議をすることになった暖かい職員室にいることもできず、さっさと帰ろう!なんて学校から出た日には猛吹雪にたちまち凍りついてしまうであろう状況。しかたなく、丸井くんは自分の所属するテニス部の部室の鍵を職員室から借りてきたというわけだ。そして今私は、意中の彼丸井くんと、決して広いとはいえない部室に2人きりになってしまった。

「雪やまねえな」


「そうだねー。ほんと、どうしよう…」

緊張してるのを悟られないように悟られないように、と暗示をかけ、必死に普通の会話を試みる。こうやって見てると、やっぱり丸井くんってすごくかっこいい。部室の真ん中には古びたストーブ。まさか石炭で動いてるわけはないけれど、ほんと実際そうであっても驚かないような古さの。その上にはぼこぼこと音を立てる鉄のやかんが置いてあって、部室内の湿度が下がらないようにされている。そこから一番近いイスに私は座っていた。丸井くんは窓のそばにある長イスに腰かけて、風船ガムを膨らませながら携帯電話を見ていた。

「んあ、でも昼頃には雪止むっぽいぜ」

「あー、そうなんだ」

「やんだらすぐ帰ろーな。ここ寒すぎ」

腕をさすりながら言う丸井くんに、やっぱりこの席は彼に譲るべきだったと後悔する。最初はいいよ、と断ったのだが、この程度の寒さで風邪ひくほどやわな鍛え方はしてないんだと断られれば、それ以上食い下がるわけにもいかなくて。それに彼がしてきたマフラーは、今は私の首にまかれている。

「そうだねー。電車、動くかなあ・・・」

「お前電車通学なん?」

「うん。家が駅の目の前で、こっから一番近い駅まで1時間半くらい」

「うええ、俺だったら絶対通えない」

ふるふると頭を振る丸井くんが可愛くてくすくすと笑ったら、じろりと見られた。今日も寝坊だもんね、と笑うと、でも今日は間に合っただろぃ?とニィっと笑った。今度はすごくかっこいい。顔が赤くなりそうだったから、無理矢理その表情を追いだして今日の晩御飯とか、全然関係ないことで頭をいっぱいにしようとする。

「暇だなー・・・」

「あ、私課題やっちゃおうかな」

「ええ?やめろよ、見たくもない」

「でも終わらなさそうなんだもん、これ」

「俺終わってるから見せてやるよ。だから今はだめ」

「じゃあ何しよう・・・」

ぼんやりといろいろなことを考える。ケータイで友達にメールしたら、今がチャンスだから告白してしまえ!なんて唐突な返事が返ってきてため息をついた。丸井くんもさっきからケータイばかりいじっている。こういうとき、もっと仲が良かったら会話も弾んで楽しいんだろうけど。今の私は必要以上に緊張してしまうだけだ。

ふと外を見ると、さっきよりはずいぶんと風が弱まったようだった。もしかしたら帰れるかもしれない。時計はまだ10時過ぎをさしていて天気予報よりは早いけど、目に見える変化が一番重要だと思う。帰れるかも。そう思ってイスの上に出したものをしまおうと立ちあがったら、ガタンと何かにひっかかった。その瞬間に、あぶねえ!って丸井くんの叫び声が聞こえて、ものすごく熱い何かが足にかかった。・・・お湯、やかんだ。

「あっ・・・!」

声がでないほどの痛みに思わずしゃがみこむ。落ちたやかんは足首のあたりにべっとりとくっついていて、皮膚がじんじんする。太ももの辺りから思い切り沸騰したお湯をあびて、右足が真っ赤だ。痛いなんてもんじゃない。近くに寄って来た丸井くんが、物凄く心配そうな顔をしている。大丈夫だよ、と声をかけようと思ったけど声がでない。本当に痛い。熱さって度をすぎると痛いだけになるのかもしれない、と思う。

「おい大丈夫か!?ちゃんと周り見ろよバカ!!」

今日2度目のバカだ。さすがの私もへこんじゃうかもしんないよ。でもそんな軽口をたたいてる余裕はなくて、痛みのあまり意識がぼんやりしてきた。ああもうバカ、私本当にバカだ。倒れるかもしんない。ぐらりと世界が揺れて、しゃがんでいたからだは部室の床に転がってしまった。

















目が覚めたら、知らない場所にいた。ここはどこだろう、と部屋を見渡す。私が寝ていたところはふかふかの大きなベッドで、窓のそばには勉強机があって、その上はとても綺麗で(まるで使われていないみたいに)、ベッドの横の小さなテーブルの上には食べ終わったお菓子の箱が重なってて、壁のすみに小さな冷蔵庫。部屋の扉は少しだけあいていて、こうなった経緯を思いだそうとして体を起こしたら、足に激痛がはしった。痛すぎて声にならなくて、そういえば私熱湯あびて倒れたんだっけ、と思いだす。我ながらマヌケすぎて驚く。そうだ、あの時丸井くんがいたはず。ん、てことは、ここってもしかして。

「あれ、起きた?大丈夫かよ」

カチャリ、と静かに扉が開いて、入ってきて丸井くんは小さめの箱を持っていた。それを使われていなさそうな勉強机に置くと、ベッドの端に座った。

「ここ丸井くんの部屋?」

「うん。汚くて悪ぃ」

「ごめんね、迷惑かけて」

「迷惑なんて思ってないから。それより、足すっげえ痛そうなことになってんだけど、見た?」

丸井くんは布団にかくれた私の足の方を見て言った。そういえばさっき物凄く痛くて、それどころじゃなかった。ううん見てない。そう言って布団をはがそうとすると、「心してかかった方がいいぜ」なんて脅された。え、何それ、怖い。そろりと布団を覗き込むと、真っ赤な足。なんだ腫れたみたいになっただけか、と思って布団をはがすと、足首だけがやけ爛れたように真っ赤になっていた。そういえば痛かったのって足首だった気がする。

「うええ・・・痛いわけだよね・・・」

「倒れたからどうしたらいいかわかんなくて、俺一人暮らしだし、勝手におぶって来た」

「おぶっ、え、重たかったよねごめん!」

「発泡スチロールみたいだったから平気」

「なにその微妙な例え」

「軽かったってこと!気にすんな」

その優しさにじんわりする。丸井くんて良い人だなあ。もそもそと布団から起き上がると、私は丸井くんの隣に座った。制服のスカートからのびる足が左右で紅白に色別れしている。それを見た丸井くんが痛々しいって感じの表情をしたから、見苦しくてごめんねと言うと、気にすんなって何回言わせれば気が済むんだよ、と笑った。

「私帰らないと。歩けないことないと思うんだけど」

「それなんて言い訳すんだよ」

「私もひとり暮らしなの。だから大丈夫」

「え、マジ?」

うんマジ。そういうと丸井くんは少し考え込んで、じゃあさ、泊まって行かない?と言った。しかも少し赤い顔で。うそ何それ、それってどういうこと?ここで嬉しそうにうん、なんて言ったら好きですって言ってるようなものだし、でも本気なら、冗談やめてよ、なんてチャンスを無駄にするなんてできない。

「・・・本気?」

「うん本気」

「そんなこと言ったら、泊まって行っちゃうかもしれない」

「そうなってくれたら良いなって思うんだけど」

どうする?

にやりと笑った顔がかっこよくて、じゃあ泊まっていっちゃおうかなあとつぶやいた声が震えていて情けなかった。。これって期待しちゃっても良いんだろうか。いいのかな。

こくりとうなずいた私に丸井くんは満足そうな顔をして、ベッド1つしかねーから。なんてにこやかに笑った。え、それどういうこと?なんて顔をあげると、目の前に真っ赤な髪。そして唇に柔らかい感触。

「へ、丸井、くん?今の・・・、」

「俺さ、ずっとのこと好きだったんだけど」

「うそ、」

「こんな嘘つかねえよ」

おまえは?と顔を覗きこまれて、う、と言葉が詰まる。この人ずるい、完全に確信犯だ。そうやったら自分が可愛いのかかっこいいのか、全部把握してるんだろうな。そう思って顔を反らすと、後ろでくつくつと面白がるような笑い方をする。

「俺さ、授業中とか部活中とか、がずーっと俺のこと見てたの知ってるんだ」

「・・・丸井くんて意地悪なんだね」

「好きな奴にはな」

そういうところがほんと意地悪。ぼそりとつぶやいて布団に転がると、まだ昼なのにもう寝たいの?と言葉が降って来る。それを無視して布団にもぐりなおす。起きた時にまだ丸井くんが私のことを好きだと言ってくれたら、私も好きって言おう。布団で顔をかくしたとたん、朝から感じていた緊張が一気にこみあげてきて心臓が止まりそうな勢いで動き出した。そのリズムにあわせてじんじんと痛む右足のやけどにも感謝しなければ。

ゆっくりと訪れた眠りの中で、丸井くんに好きだよ、という夢を見た。






吹雪の後に




(んう、)(起きた)(ま、丸井くん)(、寝言で俺に好きって言ってた)