寒い。なにこの寒さ。横から叩きつけるように降る雪は、容赦なく私の体温を奪っていく。冷たくなっていく膝、動かなくなっていく指先、どうして手袋もマフラーも置いてきたんだう?家を出る時の私を思い切り怒鳴りつけてやりたい。走って温まろうにも風が強くて走れないし、それ以前に足が雪に埋まるからそれを引っこ抜いて一歩進むのさえ困難な状況。どうして今日休校日にしてくれなかったの先生!と悪態をついてもはじまらず、ようやくたどり着いた校門を抜けたところで安堵のため息を漏らす。
「…っ、寒かった…」
教室に入ると、そこには暖かいストーブ。…というわけにはいかず、迎えてくれたのは外よりは幾分かマシになったものの相変わらず寒い空気だった。はあ、とまたため息をつくと、目の前が真っ白になって消えた。まだ誰も来ていない。そのせいで人のぬくもりもない。まあ、そんなのはいつものことだけれど。
私の家はここから遠い。電車で何駅も離れていて、通学時間はざっと1時間半。だからぴったりの電車がないのだ。朝のSHRが始まる1時間前か遅刻するかなんて、選びようもなかった。もっとも、それに気づいたのは入学式前日のことだったのだが。
…おかしい。いつもならもう、クラスの半分くらいは教室に集まっている時間だ。なのに教室は空っぽ。いや、性格には私がひとりぼっち。意味わかんない。廊下に顔を出してみても人の気配はなく、隣のクラスを覗きこんで見ても誰もいない。もしかして今日って実は休み?あはは、そんなはずないよね。黒板の横の掲示板に貼られた今週の授業日程。木曜日。国語、理科、公民、現代社会、お昼休み、数学、保健。うん、しっかり6時間。間違いない。
もしかしたら風邪で私以外の全校生徒がお休みなのかもしれない。そんな99%ありえない可能性を胸に先生が来るのを待っていると、遠くから物凄い大きな音が聞こえてきた。
「うおお!ギリセーフ!!!」
バタン、と扉を開けて入ってきたのは丸井ブン太くん。テニス部のかっこいい人。お話したことはない、けど私は彼に好意を寄せていた。つまり好きってことだ。それは一緒にいたいということで、でもお話したことがないというのは恥ずかしくて顔を見ることができいないということ。今、その彼と2人きり。
・・・しかも、すごくすごく、微妙なシチュエーション。
「・・・あれ、何、この・・・」
「あ、あの、おはようございます?」
「んあ、おはよう。じゃなくて!!え、何何、今日休み?嘘だろおい、」
「私もよくわからないんだけど・・・」
人はいざとなると、緊張も何もなくなるのかもしれない。この意味のわからない状況が、妙に私を冷静にさせてくれた。丸井くんは「思い切り走って損した、」なんて言いながらその場に座り込んで、そのまま教室を見まわして最後に私を見た。
「なんで誰もいねえの?」
「わから、ない」
「はあ…、」
丸井くんは立ちあがると、回れ右をして教室を出た。しかしその扉を閉めることはなく、じっとこっちを見ている。なんだろう、とそわそわすると、職員室行くけど、来る?と声をかけてくれた。ああ、そうだよね、こういう時に頼らずして何のための教師だってかんじだよね、なんてわけのわからないことを言いながらカバンを肩にかけ廊下に出ると、そこはさっきまでいた屋外のような寒さだった。
「寒い、ちょうさむい凍る」
「お前マフラーとかねえの?」
「ない、なんでか置いて来ちゃった」
「バカ?」
う、と私が口ごもると、丸井くんは気まずそうな表情をして顔を反らした。バカとか言われた。あきれられた?悶々と考えていると目の前には職員室の扉。電気はついていて、中では人の話し声や動き回る気配が感じられた。よかった、人類が消滅したってわけではないみたい。ノックをしようと片手をあげた私の手を、何故か丸井くんの手がつかんだ。男の子の大きな手。さっきまで走っていたからか、とてもあったかい。
ほかほかした気分になったのもつかの間、お前の腕凍ってんぞ、とわけのわからないことを言われた。そんなことないよ、私冷え性だからこれで普通。そう言った私にまたため息をついて、丸井くんはドサリとカバンを置いた。そしてその首にかけていたマフラーを私の首にかけると、それ貸してやるからここで待ってろ。と行って職員室へ入っていってしまった。
その場にへたり込んだ私。1人になってやっと思考が追いついてきた。恥ずかしくて倒れてしまいそうだ。さっきまで冷たかった手も足も顔もみんなあっつい。これ、きっと丸井くんのマフラーの効果なんだろうな、うん。
職員室から聞こえてきた丸井くんの叫び声が聞こえるまで、私は彼のマフラーを頭にのせて余韻に浸っていた。
吹雪の日に
(おい、よく聞け)(うん)(今日は臨時休校だ)(・・・え?)
(連絡網がまわったのは7時)(私電車にのってた)(俺は寝てた)(だめだね)
(帰れるか?)(うん、あれ、無理かも)(だよなあ)(どうしよ、寒いよね)
(・・・俺に良いアイデアがある)
「…っ、寒かった…」
教室に入ると、そこには暖かいストーブ。…というわけにはいかず、迎えてくれたのは外よりは幾分かマシになったものの相変わらず寒い空気だった。はあ、とまたため息をつくと、目の前が真っ白になって消えた。まだ誰も来ていない。そのせいで人のぬくもりもない。まあ、そんなのはいつものことだけれど。
私の家はここから遠い。電車で何駅も離れていて、通学時間はざっと1時間半。だからぴったりの電車がないのだ。朝のSHRが始まる1時間前か遅刻するかなんて、選びようもなかった。もっとも、それに気づいたのは入学式前日のことだったのだが。
…おかしい。いつもならもう、クラスの半分くらいは教室に集まっている時間だ。なのに教室は空っぽ。いや、性格には私がひとりぼっち。意味わかんない。廊下に顔を出してみても人の気配はなく、隣のクラスを覗きこんで見ても誰もいない。もしかして今日って実は休み?あはは、そんなはずないよね。黒板の横の掲示板に貼られた今週の授業日程。木曜日。国語、理科、公民、現代社会、お昼休み、数学、保健。うん、しっかり6時間。間違いない。
もしかしたら風邪で私以外の全校生徒がお休みなのかもしれない。そんな99%ありえない可能性を胸に先生が来るのを待っていると、遠くから物凄い大きな音が聞こえてきた。
「うおお!ギリセーフ!!!」
バタン、と扉を開けて入ってきたのは丸井ブン太くん。テニス部のかっこいい人。お話したことはない、けど私は彼に好意を寄せていた。つまり好きってことだ。それは一緒にいたいということで、でもお話したことがないというのは恥ずかしくて顔を見ることができいないということ。今、その彼と2人きり。
・・・しかも、すごくすごく、微妙なシチュエーション。
「・・・あれ、何、この・・・」
「あ、あの、おはようございます?」
「んあ、おはよう。じゃなくて!!え、何何、今日休み?嘘だろおい、」
「私もよくわからないんだけど・・・」
人はいざとなると、緊張も何もなくなるのかもしれない。この意味のわからない状況が、妙に私を冷静にさせてくれた。丸井くんは「思い切り走って損した、」なんて言いながらその場に座り込んで、そのまま教室を見まわして最後に私を見た。
「なんで誰もいねえの?」
「わから、ない」
「はあ…、」
丸井くんは立ちあがると、回れ右をして教室を出た。しかしその扉を閉めることはなく、じっとこっちを見ている。なんだろう、とそわそわすると、職員室行くけど、来る?と声をかけてくれた。ああ、そうだよね、こういう時に頼らずして何のための教師だってかんじだよね、なんてわけのわからないことを言いながらカバンを肩にかけ廊下に出ると、そこはさっきまでいた屋外のような寒さだった。
「寒い、ちょうさむい凍る」
「お前マフラーとかねえの?」
「ない、なんでか置いて来ちゃった」
「バカ?」
う、と私が口ごもると、丸井くんは気まずそうな表情をして顔を反らした。バカとか言われた。あきれられた?悶々と考えていると目の前には職員室の扉。電気はついていて、中では人の話し声や動き回る気配が感じられた。よかった、人類が消滅したってわけではないみたい。ノックをしようと片手をあげた私の手を、何故か丸井くんの手がつかんだ。男の子の大きな手。さっきまで走っていたからか、とてもあったかい。
ほかほかした気分になったのもつかの間、お前の腕凍ってんぞ、とわけのわからないことを言われた。そんなことないよ、私冷え性だからこれで普通。そう言った私にまたため息をついて、丸井くんはドサリとカバンを置いた。そしてその首にかけていたマフラーを私の首にかけると、それ貸してやるからここで待ってろ。と行って職員室へ入っていってしまった。
その場にへたり込んだ私。1人になってやっと思考が追いついてきた。恥ずかしくて倒れてしまいそうだ。さっきまで冷たかった手も足も顔もみんなあっつい。これ、きっと丸井くんのマフラーの効果なんだろうな、うん。
職員室から聞こえてきた丸井くんの叫び声が聞こえるまで、私は彼のマフラーを頭にのせて余韻に浸っていた。
吹雪の日に
(おい、よく聞け)(うん)(今日は臨時休校だ)(・・・え?)
(連絡網がまわったのは7時)(私電車にのってた)(俺は寝てた)(だめだね)
(帰れるか?)(うん、あれ、無理かも)(だよなあ)(どうしよ、寒いよね)
(・・・俺に良いアイデアがある)