容赦なく照りつける太陽の下。
立っているだけでも汗が流れるというのに、少年たちは元気にボールを追いかける。
…若いっていいなあ。同い年だけど。
最初の1時間は教室で待っていた。今日提出の宿題を忘れたという友人に付き合って課題をこなす。が見せてくれないからだよ、と訴えられたので、丸写ししたってアンタのためにならないでしょう。とおでこをつついてやった。丸井君には見せてたくせに。ボソッとつぶやくから、さっきよりも強く頭を小突いてやった。アイツは大丈夫、やる気がないだけで出来ないわけじゃないから。
課題を終えて友人が帰った後、時計の針は4時半を指していた。あと30分くらい。のんびり出て行ってテニスコートに行って、少しだけ部活を見ていたら丁度良いくらいかもしんない。カバンの中に筆入れやら散乱した持ち物を詰め込んで教室を出た。
テニスコートに近づくと、キャーキャーと騒ぐ女の子達の壁があった。…うん、すっかり失念してた。ここに来るべきじゃなかったかも。今でこそなくなったけど、中学生のころはよく呼び出されたもんだ。「あなた丸井君の何なの?」と。ただの友達だと言えば馴れ馴れしいと罵られ、幼馴染だと言えば図々しいと罵倒され、じゃあどうしたらいいのよ!と先輩相手に逆切れした中1の冬休み、一触即発の雰囲気をあっさりと壊したのはブン太の笑い声だった。ブン太は自分のせいで私が呼び出しを受けているのに気が付いていたらしい。言葉だけなら良いけれど、もし手をあげたらその時は黙っていないつもりで、毎回毎回こっそり覗いていたそうだ。趣味が悪いったらありゃしない。見てたなら最初から助けろっての。その時以来、私の呼び出しはぱったりとなくなった。思えば、あの頃からブン太はかっこよかった、かもしれない…。
「おーい、ー!!こっち来いよ!」
「!」
考えにふけっていると、ブン太の大きな声。そして一斉に振り向く女の子達。ちょ、何人かすげえ睨んでる…!なんでこういうところで大声で名前を呼ぶんだろう。信じらんない。慌ててコートに入ると、にやにやした仁王がお姫さんは大変じゃの、とかわけのわからないことを言って迎えてくれた。真田君に許可とかいらないのかな、とそわそわしていると、ブン太の後輩の切原君にこっちこっちとベンチへ引っ張っていかれた。
「お久ぶりっス!丸井先輩今試合中っスよー。なんか今日張り切ってると思ったら先輩が来るからだったんスね」
「えー、そんなことないよ。たまたまやる気だっただけじゃない?」
「わかってないっスねー」
丸井先輩かわいそー、なんて楽しそうに言う切原君はそんなことちっとも思っていなさそうな口調で。コートに目を向けると、ブン太はダブルスのパートナーのジャッカル君とラリーをしていた。やっぱりうまい。私もやめなきゃよかったとか思うこともあるけれど、ブン太を見ているとやめてよかったのかもしれない。続けていたら劣等感でいっぱいになってしまっただろうから。
座って見ているだけなのに汗がでてくる。コートの外で騒ぐ女の子たちの体力を尊敬するわ、私だったら無理。絶対無理。隣でスポーツドリンクを飲む切原君を見てたら咽が乾いてきた。自分のカバンの中には飲みかけのミルクティー。ないよりはマシだと思ってそれを飲んでいると、ラリーを終えたブン太がこっちにやってきた。
「、遅かったな?何してたんだよ」
「教室で課題見てあげてたの。あ、飲む?」
ミルクティーだけど。そう付け足すと、それ飲んで汗かいたらベタベタになるだろぃ、お前バカ?なんて一言も二言も余計なことを言って、残っていた分を全部飲んでしまった。
「あー、それ最後だったのに!」
「ん?後でココア買ってやるよ」
「…それなら、ゆるしてあげる」
空っぽになったペットボトルを少し離れたゴミ箱にぽいっと放り投げる。綺麗な放物線を描いたペットボトルは吸い込まれるようにゴミ箱に入っ ていった。私だったら狙っても絶対はいらないのに、無造作にそれをやってしまう。そんなちょっとしたことさえかっこよく見えてしまう私は重症なんだろうか?なんとなくブン太の顔を見るのが恥ずかしくて、ゴミ箱から視線を外せない。どうしようかな、なんて考えていると、1年生の部員達が球拾いを始めた。
「あ、あれ、もう終わり?」
「おう。何、俺の天才的妙技、もっと見たかった?」
「結構ですー。ん、どこ行くの?片づけは?」
他の部員は球拾いにネットの片づけに走り回っているのに、ブン太や切原君はとっとと部室へ戻ろうとしていた。俺らはレギュラーだから片付けはしないんスよ、と切原君が当たり前のように言って部室へ消えていく。…そんなもんなのか。私何も知らないみたい。すぐ着替えてくっから、とブン太も部室へ入っていった。
部室の壁によしかかってブン太が出てくるのを待つ。足元に置いた重たいカバンを軽く蹴ると、中身のバランスが崩れたのかナナメになって倒れてしまった。あーあ。
何を着てるんだかわからないほど着崩したブン太が出てきたのは、それから15分後のことだった。
「あちー。こんな中部活とかマジねぇよな!」
「楽しそうに見えたけど?あ、ネクタイまた落すよ」
「ん、悪ィ」
「…はあ、仕方ないなあ」
ブン太は堅苦しいのが嫌いだから、緩めに結んであげる。肌蹴たシャツのすきまからのぞく鎖骨が妙に色っぽくてドキドキした。
「どっか寄りたいとこある?」
「んーん、ないよ。早くかえろ」
「今日お前んち行くから」
「あ、うん。久しぶりだね …うん?え?ええええええ!!!」
「な、何事っスか!?」
驚いて大声をあげてしまった。部室から驚いた半裸の切原君が出てきて私たちを交互に見る。
「お前な、おとなしくできねぇの?」
「だだだってびっくりしたんだもん…」
「それはこっちのセリフなんスけど…あの、どうしたんスか?」
「ああ、なんでもないの。ごめんね切原君。とりあえず制服着ておいで」
「でも、「いいから着てこい?誰もお前の体なんて見たくねぇの」
「うぃーす…」
ブン太にそう言われ、しょぼしょぼと部室にひっこんでいく切原君。なんか可愛い。じゃなくて、
「で、どうしたの?突然。びっくりしたじゃん」
「別になんもないけど。たまにはいいだろぃ?ほら、帰んぞ」
「ま、待ってよ!」
肩に大きなテニスバッグを背負い、反対の手に転がった私のカバンを持つ。そのままスタスタと歩き去ってしまうブン太を慌てて追いかけてカバンを奪い返そうとしたけど、なかなか手を放さない。
「ねえそれ私の。私のカバンなの。返してよ」
「いいって。女の子に重たい荷物は持たせられません」
「お、女の子って…」
私の家は学校からとても近い距離にある。ただ駅とは反対方向で、あまりこっちに帰る生徒は少ない。そうこうしているうちに家に着いてしまった。結局カバンを持たせたまま。ポケットから鍵を出して玄関に入ると、あるはずの靴が一足もない。
「入っていいよ。誰もいないみたい」
「おじゃましまーす」
先に部屋行ってて、お茶でも持って行くよ。そう言ってリビングに行くと、食卓にメモがあった。
『急な出張が入って、お母さんもお父さんも一週間くらい北海道に行くことになりました。自力でなんとかしてね』
その隣の封筒には1万円。はあ、とため息が出る。うちはよくこういうことがある。仕事がとても忙しいらしい。
「ブン太開けて」
「おう」
「ありがと」
扉と開けると、私が持っていたお盆を当たり前のように受け取って机に置いてくれる。ブン太はさりげなく紳士だ。あれ、柳生みたいに嫌味っぽくない紳士。さらっとこなしてしまうからかっこいい。
「で、どうして突然来たの?」
「何でお前が俺を避けるか、理由を聞こうと思って」
「え?」
それはまずいですブン太さん。この場で告白しろってこと?いやいや、それは無理。聞いちゃいけない。だってほら、お互い幼馴染以上の感情はもってないでしょう?私が一方的に男の子として意識しちゃってバカみたい、惨めだこんなの。
「別に意味なんてないよ、ていうか避けてないし。何、そんなこと聞きにわざわざ?」
「嘘だな。ぜってー避けてる」
「なにそれ、私がブン太を避けてたとして何か問題ある?」
「大アリ」
大蟻?ちがうちがう、何、意味わかんない。手近にあった大きなクッションを抱きしめて、顔の半分だけでブン太を見る。ブン太は真剣な目でこっちを見ていて、思わず目を反らす。
「こっち見ろよ。」
「う、やだ」
「あんさ、俺お前に避けられると寂しいんだよね」
「………は?」
待って、意味がわからない。寂しいって何寂しいって。高3にもなって幼馴染に避けられて寂しいとか…それってなんか幼馴染とかそういうんじゃないみたい…
「まだわっかんねぇの?ほんとにぶいなお前」
「うっ、うるさいなあ!意味わかんないんだってば!」
「お前の方がうるせえし。 一回しか言わねえからよく聞けよ?俺、が好きなんだよ」
「……うそ」
「俺と付き合えよ」
「ほんと、に?」
こんな嘘つかねーし、と笑ったブン太はやっぱりすごくかっこよかった。つまりなんだ、両想いとか、そんな感じなの?ほんとうに?私が一方的に好きなんだとばかり思ってた。でもよく考えてみると、ブン太はこんなにモテるのに彼女がいたことなんて1度もない。告白されるたびに全部断ってきた。その理由なんて聞いたことないけど、もしかしてずっと私のこと好きでいてくれたのかなあなんて甘い考えが浮かんできたりなんかして。
「あのねブン太、私もブン太のこと好き、大好き」
「知ってた」
へあ?と間抜けな返事を返せば、俺を見る目でわかると言われた。自意識過剰なんじゃないの?と笑ってやったら、俺天才
だから、と意味のわからない答え。ああどうしよう、すごく幸せ。すごく幸せだ私。思わずクッションを投げつけると、危ねえ!なんて軽く受け止めてしまう。真っ赤になっているに違いないのに顔を隠すものを奪われてしまった私は、勢いよくよしかかっていたベッドに飛び上がる。枕もとのふかふかのぬいぐるみに顔を埋めると、スカート捲れてんぞと言われた。
「パンツ穿いてるから大丈夫だもん」
「あのさあ…俺もうお前の幼馴染やめたの。彼氏なの。男の子なの。わかる?」
「わかる」
「じゃあさ、もう少し考えて行動するべきじゃないのかなあちゃん」
ちゃん付けで呼ばれたことに動揺してブン太の顔をあげるとそこにブン太の姿はなくて、代わりにずしんと背中に重さがかかった。
「重たい…潰れる」
「俺以外の男の前でそんな無防備な格好すんなよ?」
「ばか。しないよ、ブン太以外の男なんて…関わらない」
「っ、すげえかわいい!」
がばっと痛いくらいの力で抱きしめられ、けれど決して嫌じゃない。嫌じゃないどころか、こんなあつくるしいのを嬉しいと思うんだから重症だ。こういうのをべた惚れっていうのかな。体を捻ってブン太の胸に飛び込むと、大きくて優しい手がぐしゃぐしゃっと頭を撫でた。乱暴なんじゃなくて感情が抑えられないって感じの手つき。
ああどうしよう、私すごく幸せかもしれない。
一歩前へ
(どうせ俺の顔見るのが恥ずかしいとか、そんな理由で避けたんだろぃ?)
(わかってるなら聞かないでよっ)
立っているだけでも汗が流れるというのに、少年たちは元気にボールを追いかける。
…若いっていいなあ。同い年だけど。
最初の1時間は教室で待っていた。今日提出の宿題を忘れたという友人に付き合って課題をこなす。が見せてくれないからだよ、と訴えられたので、丸写ししたってアンタのためにならないでしょう。とおでこをつついてやった。丸井君には見せてたくせに。ボソッとつぶやくから、さっきよりも強く頭を小突いてやった。アイツは大丈夫、やる気がないだけで出来ないわけじゃないから。
課題を終えて友人が帰った後、時計の針は4時半を指していた。あと30分くらい。のんびり出て行ってテニスコートに行って、少しだけ部活を見ていたら丁度良いくらいかもしんない。カバンの中に筆入れやら散乱した持ち物を詰め込んで教室を出た。
テニスコートに近づくと、キャーキャーと騒ぐ女の子達の壁があった。…うん、すっかり失念してた。ここに来るべきじゃなかったかも。今でこそなくなったけど、中学生のころはよく呼び出されたもんだ。「あなた丸井君の何なの?」と。ただの友達だと言えば馴れ馴れしいと罵られ、幼馴染だと言えば図々しいと罵倒され、じゃあどうしたらいいのよ!と先輩相手に逆切れした中1の冬休み、一触即発の雰囲気をあっさりと壊したのはブン太の笑い声だった。ブン太は自分のせいで私が呼び出しを受けているのに気が付いていたらしい。言葉だけなら良いけれど、もし手をあげたらその時は黙っていないつもりで、毎回毎回こっそり覗いていたそうだ。趣味が悪いったらありゃしない。見てたなら最初から助けろっての。その時以来、私の呼び出しはぱったりとなくなった。思えば、あの頃からブン太はかっこよかった、かもしれない…。
「おーい、ー!!こっち来いよ!」
「!」
考えにふけっていると、ブン太の大きな声。そして一斉に振り向く女の子達。ちょ、何人かすげえ睨んでる…!なんでこういうところで大声で名前を呼ぶんだろう。信じらんない。慌ててコートに入ると、にやにやした仁王がお姫さんは大変じゃの、とかわけのわからないことを言って迎えてくれた。真田君に許可とかいらないのかな、とそわそわしていると、ブン太の後輩の切原君にこっちこっちとベンチへ引っ張っていかれた。
「お久ぶりっス!丸井先輩今試合中っスよー。なんか今日張り切ってると思ったら先輩が来るからだったんスね」
「えー、そんなことないよ。たまたまやる気だっただけじゃない?」
「わかってないっスねー」
丸井先輩かわいそー、なんて楽しそうに言う切原君はそんなことちっとも思っていなさそうな口調で。コートに目を向けると、ブン太はダブルスのパートナーのジャッカル君とラリーをしていた。やっぱりうまい。私もやめなきゃよかったとか思うこともあるけれど、ブン太を見ているとやめてよかったのかもしれない。続けていたら劣等感でいっぱいになってしまっただろうから。
座って見ているだけなのに汗がでてくる。コートの外で騒ぐ女の子たちの体力を尊敬するわ、私だったら無理。絶対無理。隣でスポーツドリンクを飲む切原君を見てたら咽が乾いてきた。自分のカバンの中には飲みかけのミルクティー。ないよりはマシだと思ってそれを飲んでいると、ラリーを終えたブン太がこっちにやってきた。
「、遅かったな?何してたんだよ」
「教室で課題見てあげてたの。あ、飲む?」
ミルクティーだけど。そう付け足すと、それ飲んで汗かいたらベタベタになるだろぃ、お前バカ?なんて一言も二言も余計なことを言って、残っていた分を全部飲んでしまった。
「あー、それ最後だったのに!」
「ん?後でココア買ってやるよ」
「…それなら、ゆるしてあげる」
空っぽになったペットボトルを少し離れたゴミ箱にぽいっと放り投げる。綺麗な放物線を描いたペットボトルは吸い込まれるようにゴミ箱に入っ ていった。私だったら狙っても絶対はいらないのに、無造作にそれをやってしまう。そんなちょっとしたことさえかっこよく見えてしまう私は重症なんだろうか?なんとなくブン太の顔を見るのが恥ずかしくて、ゴミ箱から視線を外せない。どうしようかな、なんて考えていると、1年生の部員達が球拾いを始めた。
「あ、あれ、もう終わり?」
「おう。何、俺の天才的妙技、もっと見たかった?」
「結構ですー。ん、どこ行くの?片づけは?」
他の部員は球拾いにネットの片づけに走り回っているのに、ブン太や切原君はとっとと部室へ戻ろうとしていた。俺らはレギュラーだから片付けはしないんスよ、と切原君が当たり前のように言って部室へ消えていく。…そんなもんなのか。私何も知らないみたい。すぐ着替えてくっから、とブン太も部室へ入っていった。
部室の壁によしかかってブン太が出てくるのを待つ。足元に置いた重たいカバンを軽く蹴ると、中身のバランスが崩れたのかナナメになって倒れてしまった。あーあ。
何を着てるんだかわからないほど着崩したブン太が出てきたのは、それから15分後のことだった。
「あちー。こんな中部活とかマジねぇよな!」
「楽しそうに見えたけど?あ、ネクタイまた落すよ」
「ん、悪ィ」
「…はあ、仕方ないなあ」
ブン太は堅苦しいのが嫌いだから、緩めに結んであげる。肌蹴たシャツのすきまからのぞく鎖骨が妙に色っぽくてドキドキした。
「どっか寄りたいとこある?」
「んーん、ないよ。早くかえろ」
「今日お前んち行くから」
「あ、うん。久しぶりだね …うん?え?ええええええ!!!」
「な、何事っスか!?」
驚いて大声をあげてしまった。部室から驚いた半裸の切原君が出てきて私たちを交互に見る。
「お前な、おとなしくできねぇの?」
「だだだってびっくりしたんだもん…」
「それはこっちのセリフなんスけど…あの、どうしたんスか?」
「ああ、なんでもないの。ごめんね切原君。とりあえず制服着ておいで」
「でも、「いいから着てこい?誰もお前の体なんて見たくねぇの」
「うぃーす…」
ブン太にそう言われ、しょぼしょぼと部室にひっこんでいく切原君。なんか可愛い。じゃなくて、
「で、どうしたの?突然。びっくりしたじゃん」
「別になんもないけど。たまにはいいだろぃ?ほら、帰んぞ」
「ま、待ってよ!」
肩に大きなテニスバッグを背負い、反対の手に転がった私のカバンを持つ。そのままスタスタと歩き去ってしまうブン太を慌てて追いかけてカバンを奪い返そうとしたけど、なかなか手を放さない。
「ねえそれ私の。私のカバンなの。返してよ」
「いいって。女の子に重たい荷物は持たせられません」
「お、女の子って…」
私の家は学校からとても近い距離にある。ただ駅とは反対方向で、あまりこっちに帰る生徒は少ない。そうこうしているうちに家に着いてしまった。結局カバンを持たせたまま。ポケットから鍵を出して玄関に入ると、あるはずの靴が一足もない。
「入っていいよ。誰もいないみたい」
「おじゃましまーす」
先に部屋行ってて、お茶でも持って行くよ。そう言ってリビングに行くと、食卓にメモがあった。
『急な出張が入って、お母さんもお父さんも一週間くらい北海道に行くことになりました。自力でなんとかしてね』
その隣の封筒には1万円。はあ、とため息が出る。うちはよくこういうことがある。仕事がとても忙しいらしい。
「ブン太開けて」
「おう」
「ありがと」
扉と開けると、私が持っていたお盆を当たり前のように受け取って机に置いてくれる。ブン太はさりげなく紳士だ。あれ、柳生みたいに嫌味っぽくない紳士。さらっとこなしてしまうからかっこいい。
「で、どうして突然来たの?」
「何でお前が俺を避けるか、理由を聞こうと思って」
「え?」
それはまずいですブン太さん。この場で告白しろってこと?いやいや、それは無理。聞いちゃいけない。だってほら、お互い幼馴染以上の感情はもってないでしょう?私が一方的に男の子として意識しちゃってバカみたい、惨めだこんなの。
「別に意味なんてないよ、ていうか避けてないし。何、そんなこと聞きにわざわざ?」
「嘘だな。ぜってー避けてる」
「なにそれ、私がブン太を避けてたとして何か問題ある?」
「大アリ」
大蟻?ちがうちがう、何、意味わかんない。手近にあった大きなクッションを抱きしめて、顔の半分だけでブン太を見る。ブン太は真剣な目でこっちを見ていて、思わず目を反らす。
「こっち見ろよ。」
「う、やだ」
「あんさ、俺お前に避けられると寂しいんだよね」
「………は?」
待って、意味がわからない。寂しいって何寂しいって。高3にもなって幼馴染に避けられて寂しいとか…それってなんか幼馴染とかそういうんじゃないみたい…
「まだわっかんねぇの?ほんとにぶいなお前」
「うっ、うるさいなあ!意味わかんないんだってば!」
「お前の方がうるせえし。 一回しか言わねえからよく聞けよ?俺、が好きなんだよ」
「……うそ」
「俺と付き合えよ」
「ほんと、に?」
こんな嘘つかねーし、と笑ったブン太はやっぱりすごくかっこよかった。つまりなんだ、両想いとか、そんな感じなの?ほんとうに?私が一方的に好きなんだとばかり思ってた。でもよく考えてみると、ブン太はこんなにモテるのに彼女がいたことなんて1度もない。告白されるたびに全部断ってきた。その理由なんて聞いたことないけど、もしかしてずっと私のこと好きでいてくれたのかなあなんて甘い考えが浮かんできたりなんかして。
「あのねブン太、私もブン太のこと好き、大好き」
「知ってた」
へあ?と間抜けな返事を返せば、俺を見る目でわかると言われた。自意識過剰なんじゃないの?と笑ってやったら、俺天才
だから、と意味のわからない答え。ああどうしよう、すごく幸せ。すごく幸せだ私。思わずクッションを投げつけると、危ねえ!なんて軽く受け止めてしまう。真っ赤になっているに違いないのに顔を隠すものを奪われてしまった私は、勢いよくよしかかっていたベッドに飛び上がる。枕もとのふかふかのぬいぐるみに顔を埋めると、スカート捲れてんぞと言われた。
「パンツ穿いてるから大丈夫だもん」
「あのさあ…俺もうお前の幼馴染やめたの。彼氏なの。男の子なの。わかる?」
「わかる」
「じゃあさ、もう少し考えて行動するべきじゃないのかなあちゃん」
ちゃん付けで呼ばれたことに動揺してブン太の顔をあげるとそこにブン太の姿はなくて、代わりにずしんと背中に重さがかかった。
「重たい…潰れる」
「俺以外の男の前でそんな無防備な格好すんなよ?」
「ばか。しないよ、ブン太以外の男なんて…関わらない」
「っ、すげえかわいい!」
がばっと痛いくらいの力で抱きしめられ、けれど決して嫌じゃない。嫌じゃないどころか、こんなあつくるしいのを嬉しいと思うんだから重症だ。こういうのをべた惚れっていうのかな。体を捻ってブン太の胸に飛び込むと、大きくて優しい手がぐしゃぐしゃっと頭を撫でた。乱暴なんじゃなくて感情が抑えられないって感じの手つき。
ああどうしよう、私すごく幸せかもしれない。
一歩前へ
(どうせ俺の顔見るのが恥ずかしいとか、そんな理由で避けたんだろぃ?)
(わかってるなら聞かないでよっ)