放課後の教室。規則正しく並べられた机とイスに差し込む夕日は、「ふられちゃったー」と言いながら教卓に座る彼の髪と同じ色をしている。普段なら眩しいだけの夕日も、彼の色だと思うとこの上なく愛しいと思えるから不思議だ。

「俺ってさ、遊んでるように見える?」

「うん?まあ、純粋には見えないね」

食べ物をくれればすぐに笑顔を振りまいて、彼女がいようがいなかろうがだれとでも遊びに行っちゃう。それじゃあ、彼女になったからって特別になれるとも思えない。その子もきっとそう思ったんだ。

、」

「なあに?」

「俺ってかっこ悪いかな」

「どうだろうねー」

そう返すと、彼は不満そうにガムをふくらませた。あ、ほっぺたもガムみたいになってる。

「こういうときはお世辞でもかっこいいって言うもんだろ」

「うん、じゃあかっこいい」

さっきまで笑ってたのに、急にイラッとした表情になる。膨らませていたガムをパチンと音を立てて割ると、ポケットから出したティッシュに包んで教室の一番後ろにあるゴミ箱に投げ入れる。外れろと念じたのに、きれいな弧を描いてすとんと入っていった。

「お前は全然かわいくないよな」

「・・・何よ」

「え?」

「うるさいなバカブン太!」

もう知らない。そう言って膝に置いていたカバンを肩にかけると、ぴょんっと机から飛び降りて、彼のいる方と逆、後ろのドアへ歩き出す。昔からなかなか無神経だった彼の性格は高校生になった今も変わらなくて、ちょっとした一言で私がどれだけ落ち込んでしまうかなんか考えたこともないんだろう。こんな小さなことで怒るなんて思わないかもしれないけど。

教室を出ると夕日は遮られて、反対側の夜に近い赤紫色の空が目に入る。やがて彼も教室をでてくる。その前に帰ってしまおう。何か言っていたような気もしたけどそれは無視で、さっさと走って階段を下りてしまう。いいんだ、どうせ彼はいくらでもかわいい女の子を選ぶことができる。こんなこと気にしてバカみたいだ、今更なのに。

踊り場に降り立って深呼吸をした。空気が乾燥していて咽喉が痛かった。それと同時になんだか目のあたりが熱くなって、無性に悔しかったのでブン太のバカ、とつぶやいてみた。誰も聞いてなんかいないのに。

「だれがバカだよ、バーカ」

「なによ」

予想外に降ってきた声への動揺を隠して、精一杯強がった声を出す。よかった、震えてない。

「お前ほんとかわいくないのな」

「知ってる。どうせブン太に釣り合う容姿なんてもってるつもりない」

「そういうところがかわいくねーの」

「うるさい!」

あまりにも痛いことばかり言うから、ぼろぼろとこぼれる液体を抑えきれなくなってしまった。叫んだ声があまりにも震えていて滑稽だと思った。彼は一瞬うろたえたように見えたけど、すぐに「泣いてんの、おまえ」と声をかけてきた。ほんと最悪だ。見られたくないから急いで帰ろうと、勢いよく階段を踏みつけた。ら、涙で歪んだ視界は私に正しい足場を教えてくれていなくて。

「うわ・・・」

「危ねえ!」

ぐらりと傾いた私は、ああ落ちるんだな、痛そうだなあなんてのんきなことを考えていた。ところが伸びてきた腕は予想以上に強い力で重力に逆らい私を元の位置へ戻す。

「・・・ブン太?」

助けてくれてありがとう、離して?早く帰りたいの。そう見上げて訴えかけても、ブン太の腕は離れない。好きじゃないならやさしくしないで。中途半端なやさしさなんていらない。好きな子にだってやさしくないのに、どうして好きでもない、ただの幼馴染の私なんかに。マイナスの思考はとまらなくて、意思に反して涙があふれる。最悪だ最悪だ最悪だ。こんな顔ブン太に見られるなんて。無理やり腕を振り払って顔を拭うと、いよいよ不機嫌を極めたブン太が視界に入った。こんな機嫌の悪いブン太、見たことないかもしれない。ほら、こんな大きなため息まで吐いてる。

「お前さ、何か勘違いしてねえ?」

「な、によ…うるさい、早く帰りたいの」

「黙って聞けよ。さ、俺がほかの女の話ししてても全然気にしねぇじゃん」

「そんなこと、」


ない。と言いたいけど、ブン太の前では必死に平静を装っていた。だってそんなことしてうざがられたら元も子もないじゃない。彼女でもないのに幼馴染の恋愛に口出しなんてできるはずない。

「いい加減気づけよな。好きじゃないなら、いつまでも幼馴染なんかと一緒にいるかよ」

「え?」

「すげえ鈍い」

目の前が真っ赤になって、ふわりと何かが唇に触れた。それが何か認識した瞬間、全身の血液が頭にのぼった。ぼんと音をたてて湯気をたててしまいそうなくらい恥ずかしい。そして嬉しい。

「ブン太…っ」

「なんだよ。帰るぞ」

「……むかつく」

「かわいくねえ」

さっき、ほんとうについさっき。まったく同じことを言われたばかりなのに、今はずいぶんと不快じゃない。この幼馴染は、人の気持ちなんてお見通しなんだ。何もかもわかってやっている。なんて性質の悪い。でもそんなところも大好きだ。えへへ、と笑って隣に並ぶと、ブン太は当たり前のように指をからめてきた。外は真っ暗、気温も低い。けれど気持ちだけは熱すぎるくらいだ。きっとこういうのを幸せっていうんだろう。



身近なしあわせ


(ブン太、あのね、だいすき)(知ってた)