「あ、跡部」
「あぁ?・・・か」
「どしたの、雨宿り?」
「みりゃわかんだろ」
氷帝イチの有名人、跡部景吾。
登下校はお迎えつき、荷物もちに2年の樺地くんを引き連れて、学園を我が物顔で歩き回るテニス部部長。
その彼が、なぜか玄関の中で雨宿りをしている。
「跡部、迎えは?」
「来ねぇ」
「どして?」
「来んなっつった」
「樺地くんは?」
「先帰らせた」
なんで、なんで?
どうしたんだろう、頭でも打っちゃったのかな。
そんな心配をしていると。
「は?」
「は?」
「帰んねぇのか?」
「あ、そうだった」
私は外靴を履いて玄関におりる。
鞄から傘を出して、ひらく。
その間、ずっとこっちを見ている視線があった。
「・・・跡部」
「なんだよ」
「一緒に帰る?傘、これしかないから狭いけど」
「一緒に帰りたいのかよ?」
むかつく。
「嫌なら別にいいけど。じゃあね」
迎え、来るなって言ったっていってたけど、ほんとは来てくれないんじゃないか。
心配して損した。はやく帰ろ。
そう思って歩き出した足は、進まずに元の位置に戻って。
「待てよ」
「なに?」
「帰らないなんて言ってないだろ」
「・・・最初から素直になればいいのに」
無愛想に傘を取り上げる跡部。
あたしが持ってたら、頭にぶつかっちゃうもんね。
「跡部、なんで雨宿りなんてしてたの?」
「関係ねぇだろ」
「教えてくれたっていいでしょ」
「・・・・・・」
跡部は、『当ててみろ』とでも言いたげな顔で私を見下ろした。
「えーとね。運転手さんと喧嘩した」
「ありえねぇ」
「じゃあ、運転手さんが風邪ひいちゃったとか」
「朝も元気だったぜ」
「うー。わかんないよ」
もう降参、と跡部を見る。
「ねぇ、どうして?教えてよ」
「教えねぇ」
「あ、跡部」
肩、濡れてる。
そうだ、さっきからおかしかった。
2人ではいってたら必ず濡れちゃうのに、私の肩は両方乾いたままだ。
ということは跡部はその分濡れてるってことで。
「ごめん、気づかなかった」
「気にすんな」
その後は、なんか気まずくてろくに会話ができなかった。
「あ、私の家、ここ」
「小せぇ家」
「なによ、どーせうちは跡部んちみたいにお金持ちじゃありませんよーだ」
「当たり前だ。俺様を誰だと思ってる」
「跡部景吾サマ、でしょ?わかってるって。
傘、貸してあげる。明日絶対返してよ。それ、お気に入りなんだから」
今跡部が1人でさしているのは、雨の日に滅入る気分を少しでも明るくしようと思って選んだ、明るい青空模様の傘。
「それ似合わないね」
「うるせ」
「じゃあね、また明日」
そう言うと、もう歩きだした跡部は後ろ向きに軽く手をふった。
玄関にはいると、一気に息を吐き出して座り込む。
緊張した。大好きな人との相合傘って、こんなにドキドキするんだ。
二階の自分の部屋に行き、窓から外を見る。
・・・あれ。跡部の向かってる方、学校の方向だ。
もしかして、家、逆方向だった?
申し訳ないと思うのと同時に、どうしてこっちまできたんだろう。と疑問が浮かぶ。
「まーいっか。うれしかったし」
布団にごろんと横になり、そのまま目を閉じた。
今日はこのまま寝ちゃおう。左肩の、あなたのぬくもりが消えないうちに。
雨宿り、時々、相合傘。
(やべぇ、あいつすげぇ良い匂いした)
(心臓の音、聞こえてねぇよな)
(一緒に帰りたかった、なんて、言えるわけねぇだろ)