俺の妹は可愛い。世界中の誰よりも。

こんな可愛い妹がいて、シスコン過保護にならない男は人間じゃねえ。













4時間目終了のチャイムと共に、俺は光の速さで教室を飛びだし階段を駆け降りる。可愛い可愛いが「お兄ちゃんがいないと寂しいよ〜」と泣いているかもしれないだろ。これを丸井先輩に言ったら、お前アホだろぃ?ってすげえ可哀想なものを見る目で見られた。あれは俺がうらやましくて仕方がないのを認めたくない目だった。間違いなかった。そんなことを考えていたら、階段を降りた後の曲がり角で誰かにぶつかって転んだ。いってえな前見ろよグズ!こちとら可愛いが泣いてるかもしんないって緊急事態なんd…、そこまで言って前を見て、俺は激しく後悔した。ああもう、なんだってこんなツイてないんだ?まさかよりによって、あの真田副部長に体当たりして怒鳴りつけてしまうなんて。廊下の窓ガラスが割れるんじゃないかってくらいの怒声が降ってくるまで、あと1秒。俺おわった。










「あれ、今日は切原先輩こないの?」

「そういえば来ないね。いいじゃない、静かで」

ってほんと切原先輩に冷たいよねー。先輩かっこいいのに」

「あれのどこが?意味わっかんない!ただうるさいだけじゃん」

「わかるわかる、赤也ってほんとうざいよなー?」

珍しく静かなお昼休みを、友達のリンと過ごしていた。この時間になるといつもいつもあのバカ兄貴はうちのクラスに来て、寂しくなかったか?だの大好きだのべったべたのシスコンっぷりを発揮して帰っていく。もうずっと昔からこんな感じで、正直面倒くさくてしょうがない。中1にもなって兄がいなくて寂しい!と涙をこぼすほど可愛い妹じゃないんだ、私は。

平穏なお昼っていいなあ、とのんびり菓子パンを頬張っていたら、リンとの会話に割り込む男の声。そして後ろから、肩にずしりと重さがかかる。ちらりと視界にはいったのは柔らかそうな赤い髪。そして甘ったるいガムのにおい。無理矢理振り向くと、にやにやした銀髪もいた。

「まる先輩重たいです、にお先輩は笑ってないでこの子はがしてください!」

「先輩に向かってこの子はねえだろぃ」

「聞こえませんっ」

この2人のことをすっかり忘れていた。
バカ兄貴赤也の部活の先輩。2人ともずいぶんと派手な頭をしている。あれで痛まないんだから不思議だ。じゃなくて、せっかく兄貴がこなくてもこれじゃ結局ざわざわとしてしまう。

実は兄貴も先輩方も、全国レベルの実力を持つテニス部のレギュラーだったりする。それでいて見た目もそこそこに良いもんだから学校では有名人だ。この人たちが好きな女の子の数は計り知れない。とにかく大人気。だからこの人たちが来ると、教室の女の子たちがきゃあきゃあと騒いでとても煩くなる。私はおとなしい学校生活を送りたかったのに、そんなの最初の1日も持たなかった。入学早々兄貴が来るわ先輩たちが来るわでもう大変だった。おかげで先輩達目当ての友達もどきがたくさん寄ってきてすごく嫌。誰も信用したくなくなってしまった私の友人は、昔から付き合いのあるリン1人になってしまったというわけで。

にお先輩にはがされたまる先輩は不満そうに、隣の空いた席に座った。持っていたビニール袋からお弁当を3つ出してもしゃもしゃと食べ始める。

「あの、なんで当たり前のようにそこでお昼食べてるんですか?」

「だめ?」

「だめじゃないけど、今日はバカ兄貴いませんよ?」

「それそれ、なんでか気にならん?教えちゃろうか」

「別に気になりませんね」

「ねえ、無愛想すぎない?」

食べ終わった菓子パンの袋に空気をいれて、ぱんっと割る。その音にびっくりしたリンがきょとんとこちらを見る。可愛いなあ、こんな可愛い子がお姉ちゃんだったらよかったのに。あんなバカじゃなくて。

「まあまあ聞いてよ、それ話しに来たんだからさ」

「どうしても話したいなら、聞いてあげないこともないです」

「それがな・・・」







にお先輩は4時間目、グラウンドで体育をしていたらしい。しかし途中で生徒が転んで足を捻り、先生が病院に付き添うことになったため自習。早目にあがって5時間目の用意をしようとガヤガヤ教室に向かっていると、階段の上からものすごい音が聞こえたそうだ。不審に思った真田先輩が階段の上を覗き込むと、光の速さで駆け降りてきた兄貴と思い切り衝突。お互いが吹っ飛ぶほどの勢いでぶつかったにも関わらず、兄貴は誰とぶつかったかも確認せず暴言を浴びせた。しかしその途中で相手が真田先輩だったことに気づき、さりげなく立ち去ろうとするも失敗に終わり今は部室で思い切り説教されているらしい。

「何、なんですかそれ。バカ丸出しじゃないですか」

「切原先輩、に会いに来る時は周り見えてないからねー」

「あの真田に『前みろグズ!』だぜ?考えただけで寿命縮む」

「真田の尻もちはもう一生見れんレア物だったかもしれんの」

それはちょっと見たかったかもしれない、と笑うリンに、にお先輩がかっこよく携帯を取り出す。証拠写真はバッチリじゃ、なんて言いながら差しだしたその画面には、尻もちをついてきょとんとする真田先輩と物凄い形相でふっとんだバカ兄貴が写っていた。これはもう、本当に思い切りふっとんでるじゃないか。それを見て楽しそうに話す3人をよそにチラリと時計を見る。昼休みが始ってからもう20分。真田先輩のことだから、まだお説教中なんだろう。兄貴今日の朝も寝坊して朝ごはん食べてなかったから、きっとおなか減ってるんだろうな。別に可哀想とは思わないけど、放課後おなか減ったからどこか寄って帰ろうなんて駄々をこねられるのも面倒だ。迎えに行ってやろうか。別に可哀想ってわけじゃないけど。

「…私、部室行ってきます」

「おー、オニイチャンの救出か?優しいのう」

「後でおなか減ったって騒がれても面倒ですから」

「真田はにあまいからな、ちょっとお願いすればイチコロだろぃ」

「とにかく行ってきます。リンに意地悪しないでくださいね?あとまる先輩、イチコロは古いです」

古いってなんだよ!と騒ぎ始めたまる先輩はほっといて、小走りに外へ向かう。テニスコートのそばまで来ると、部室に入らなくても聞こえるボリュームのお説教が聞こえてきた。真田先輩怒ると長いからなあ。あれじゃ説教なのかいじめなのかわからなくなってしまう。急いで入り口まで言って、深呼吸する。きっとコンコン、なんてノック聞こえないだろうから、渾身の力を込めてどんっと扉を叩いた。一瞬静まり返る。そして小さく扉が開いた。

「すまんが今とりこみちゅ・・・、?」

!?俺に会いたくて来てくれたの!?」

「真田先輩、申し訳ないんですけどうちの兄貴返してもらえますか?」

「む、しかし・・・」

「尻もちをついちゃったのはごめんなさいです。私からも謝ります。でももういいでしょう?王者立海大副部長の真田先輩がお昼休み丸ごと一時間も後輩を部室に閉じ込めてお説教した理由が自分の尻もちなんてかっこ悪いです」

「何故それを…!仁王か、仁王だな!?仁王ううううう!!!!!」

多少語弊があるのは承知の上で言葉を並べ立てると、真田先輩はあっさりと怒りの矛先をにお先輩へと
変更させた。私の横を物凄い形相で飛び出していく。ごめんねにお先輩。でもにお先輩なら大丈夫、逃げ切れるって信じてる。部室へ目を向けようとすると、もうそんな余裕もなく兄貴が抱きついてきた。

、俺のこと心配して助けにきてくれたんだろ?ありがとなやっぱりは俺のこと大好きだもんなー?お兄ちゃんものこと愛してるっ、いでっ」

あまりに調子に乗るから頭を叩いてやった。バカになってしまえ。今よりもっと。






愛しすぎて止まらない


って結局切原先輩のこと大好きですよね)
(あの兄妹お互いべたべただよな)
(妹のあれは所謂ツンデレじゃ)

(ちょちょちょちょっと、何話してんですか…!)
(俺とがラブラブって話しっスよねー?)
(もう黙って!バカ兄貴!!)