「く、空条くん、なんでここに」
「…そりゃあ、俺のセリフだ」

ですよね。いや、お互い様か。承太郎くんの後ろについてきた年配の男性は、どこか空条くんに似ていた。


02.合流


私は、空条くんたちが泊まっているというホテルにきていた。なんやかんやあり、とりあえず敵ではない、ここで戦う理由はない、そもそも日本での知り合いで、お互いにスタンド使いで、タロットの暗示を受けた敵と戦っている、というくらいのことをぼんやりと、最終目的を明かさずぼんやりと打ち明け合い、それはそれとしていったんゆっくり話さないか、ということになったからだ。

シャワーをあびてさっぱりする。鏡で見るおでこはまだ傷跡があるけれど、穴自体はふさがっていた。血で固まった髪の毛と顔面がそれはもう顔を判別できるようなものじゃなかったので、空条くんはよく私のことがわかったなと少し感心してしまった。高校3年間、実はずっと同じクラスだったものの、口をきいたことはたぶん1度か2度あるかないかくらい。うるせえとかやかましいとかうっとうしいとか、そういうことを低い声で言っているのは遠くから何度か聞いたことがある。それに付随する女子の黄色い声も常にセットで。

しかし広い部屋だ。お金持ちなのだろうか、こんな素敵な部屋に泊まりながらの旅なんて羨ましい。私は日本をでてから何日がたったのか、とにかくほとんどを野宿で過ごしてきた。髪の毛もギシギシ、身体だって汗と血でだいぶしんどかったけれど、川があればすぐに飛び込みそれを風呂としてごまかしながらやってきた。そう思うと、さっきの私、きっとくさかったんじゃないかなと少し恥ずかしい。

「それにしても、どうしよう。何のお話をするのかな」

声をかけたのは傍らに佇む堕天使で、それが私のスタンドだった。なんだろうねえ、とのんきな反応を見る限り、彼らには特別危険な感じはしなかったんだと思う。


コンコン、とノックの音が聞こえる。1時間くらいしたら部屋に行く、と言ったのはこの部屋をとってくださったジョセフさん(空条くんの祖父らしい)だったので、きっと彼だろうと思い「はい」と扉を開く。

「おおくん、さっぱりしたかね?」
「はい、おかげさまで、ありがとうございま…!?」

ジョセフさんの背後には、アヴドゥルさん、ポルナレフさん、空条くんに花京院さんまでいた。てっきりジョセフさんしか来ないと思っていたので、年上の男性相手だとさすがに油断をしていてバスローブ1枚のまま扉を開けてしまった私はうろたえた。しかしもっとうろたえていたのが花京院さんで、「す、す、すまない!」と顔を背ける。その様子におなかを抱えて笑っているポルナレフさんを見て、本当に申し訳ないことをしたなと思う。

「す、すみません、お一人でいらっしゃるのかと思いまして。私、着替えがないもので…」

どうしよう、と顔をあげると、空条くんが無言で服を押し付けて来た。

「え、なに」
「何の荷物も持ってなかったからな、そんなことだろうと思った」

これを着ろ、ということか。空条くんの服であろうそれは新しそうなTシャツで、しかしものすごく大きい。膝まで覆ってしまいそうだが、まあバスローブよりはマシだろうか。

「あ、ありがとう。じゃあ、中入ってください。バスルームで着替えてきます」

扉をあけたままバスルームに向かうと、急いでバスローブを脱いでTシャツに袖をとおす。ものすごく大きい。バスローブの方がいいんじゃないかと思うほど大きい。贅沢は言っていられないので、ギリギリ替えをもっていた下着とスパッツだけを下に履いた。

「おまたせしました」
各々が自由に座っている。広い部屋は、大柄な男性5人が入っても余裕がある。私の座るところはなくなっていたので、ベッドに腰かけた。

「えっと、まずは、ジョセフさん、こんな広いお部屋をありがとうございました。柔らかい布団も暖かいシャワーも本当に久しぶりです」
「それは良かった、今夜はゆっくりくつろいでほしい。それより…」
「はい、何からお話ししましょうか」

それから、私は自分の旅について話始めた。

「日本を出たのは、12月になる少し前のことです。そして、そのきっかけはそこからさらに1か月くらい前、友達と行ったエジプト旅行でした」

エジプト、という言葉に空気がピリッと張りつめた。なんとなく、旅の目的について察しがついた気がした。

「私と友達は、もともとスタンドが使えました。仲良くなったきっかけもそれです。エジプト旅行に行った私たちは、1日目の観光地の近くで、金髪の男に出会いました。彼は名前をDIOと名乗り、私たちに自分の手下にならないかと持ち掛けてきました」

話しながら、握った拳は冷えている。

「私たちは断りました。そもそも戦うなんて向いていないスタンドだったし、彼は自分のことを吸血鬼と言っていて、とても冷たい印象を受けました。すごく強い力を感じて、吸血鬼なんているはずがないとは思いつつも、もしかしたら本当かも知れないと思うほどでした。正直に言えば、すごく怖かった。でも私たちは、あなたの力にはなれない。そう言って、1度はその場を去りました。それに対して彼は何も言わず、また追ってもこなかったので、何だったんだろうねと話すだけでその日はおわったんです」

ほとんど確信に変わる。この人たちは、きっとあのDIOという男を知っているんだろう。

「あれは、夜の飛行機で日本に帰る予定だった最終日のことです。私たちの目の前に、DIOが現れました。そして言ったんです。『俺のために力を使わないというのであれば、お前たちを殺すしかなくなる』と。戦おうにも、私たちのスタンドは戦闘なんて到底無理です。だから逃げて、逃げて、とにかく逃げて、ついに路地裏に追い詰められました」

声は震えていないだろうか。顔を上げていられなくなり、ベッドに腰かけていた足を持ち上げ、彼らに背を向けて壁を向く。深呼吸をして、続きを話そうとするが、つんと鼻が痛くなり膝に顔をうずめた。

「友人は、…加奈というのですが、加奈はとても勇気があって、同い年なのにいつも私を引っ張り守ってくれる素敵な人でした。だからその時も、加奈は私をかばってDIOとの間にたち、『私が戦うから逃げて、だけでも助かって』って言って笑いました。笑った顔は引きつっていて、立ちはだかる膝は震えていて、だからスタンドだって不安定で、でも『大丈夫だからね』って私を安心させようとして、それで、DIOに」

涙があふれた。

「スタンドが、とか、そんな話はできないから、誰にもこの話をしたことがなくて。すみません、もう枯れるまで泣いたって思ったんですけど、ちゃんとした加奈の最後のこと話したら、やっぱり」

声をあげて泣く私の背中を、とんとんと優しく叩いてくれたのは冷たくて硬い手だった。それはジョセフさんの義手で、なぜだか少し暖かい気持ちになった。辛い話をさせてもうしわけない、と、泣きたいだけ泣いてしまえばいいと、しばらく寄り添ってくれた。

「海外旅行で事故にあって死んだ女がいたな。そいつか」
「承太郎、言い方に気をつけ「いいんです」」

「いいんです、すみません。その子です。加奈は頭を銃弾で撃ち抜かれて一撃だったんです。即死でした。すごく怖かった最後に、せめて痛みで苦しまなくて良かった、と今なら思います。私の上に倒れて来た加奈の亡骸を抱いてただ泣くしかない私に、DIOは興味を失ったようでした。そして、私の頭にも、加奈と同じように銃弾を放って、そしてどこかへ消えました」

ここまで話して、冷え切っていた指先に感覚が戻っていくのを感じた。血を流しすぎた貧血に、久しぶりにあの時のことを思い出して血の巡りがおかしくなってしまっていたみたいだ。目が腫れてしまうな、と思うほど、落ち着いた気がしても涙だけが勝手に溢れ出ている。背中にあるジョセフの腕はまだ私のことを支えてくれていた。

「あのよお、ちょっとだけいいか?」
「はい」
「さっきもだし、それに今の話も、お前、って言ったか?頭に銃弾って」

それじゃあ、死んでるんじゃねーのかよ。ポルナレフの言葉に、やっぱりそれは話すべきだなと思う。さっきの話の反応で、きっと同じような目的を持っているということは察しがついた。だから、能力を明かしてしまったって私に不利になることはきっとないだろう。
そっと呼びだしたスタンドは堕天使だ。白い翼は折れていて、白い天使の服も破けてボロボロ。その上に羽織った闇のようなマントと悪魔のような羽根が異様さを際立たたせていて、漆黒の黒いフードの中の表情は読み取れない。

「私のスタンドは、もともとは天使でした。真っ白で、かわいい笑顔を見せる、人型のスタンドでした」

私のセリフに、全員の視線が堕天使を見る。今はそんな面影もない。闇のマントの下にある過去の衣服だけがその名残だ。

「私は、DIOに頭を打ち抜かれて、たぶんそのときに1度死にました。死んだ後の世界で、私はどこかわからない空間を漂っていて、そこに私のスタンド、当時の天使が浮かんでいました。私は天使に、悔しい、友人を守れなくて情けない、泣きながら腰を抜かしている間に死ぬなんて嫌だった、殺してやりたい、仇を撃ちたい、復讐したい、死にたくないって、それはもうめちゃくちゃなお願いをした」

自分の心の闇をさらけ出すようでこわかった。けれど、もう吐き出してしまいたい気持ちもすごくあった。

「そうしたら、本当にそうしたい?って聞かれて。私は、何度死んだって敵を討ちたいって本当に強く思った。次に目が覚めたのは日本の病院でした。加奈の葬儀はおわっていて、私はエジプトで通り魔に襲われ瀕死の重傷を負ったことになっていた。奇跡的な回復ですよという医者に、私はただ驚いて、そしてその時、隣にいるスタンドが真っ黒になっていたことに気がつきました」

「加奈だけ死んだことに罪悪感のあった私は、病院の屋上から1度飛び降りました。一緒に死にたかったと思って。けれど、運悪く下にあった木の枝が胴体を貫いたけど、死ななかった。死ねなくなっていた。これが堕天使の力、致命傷を負うと痛覚を消し去って生命活動を活性化し、命を戻してくれる」

言葉にして整理すると、心まで落ち着くものだ。もう一度深呼吸をして、おそるおそる振り返る。同情されているような顔ばかりの中、ただ無表情の空条くんが1番ほっとすると思った。