01.遭遇



私はごく平凡な人生を送って来た。どこにでもいる普通の女の子だったと思う。
成績も良くも悪くもない、きっちりメイクをすればまあまあ顔だって可愛いし(すっぴんについては触れないことにしてほしい)、平均身長、平均体重、会社員の父と主婦の母と3人で暮らす、本当に平凡な女子高生だった。

そんな普通の生活に私は大満足だったし、これからもこうやって普通に生きていくはずだった。
けれど、人生って何が起こるかわからない。私は今、復讐という目的のため日本をとびだし、エジプトを目指して一人旅の途中だ。


偶然通りかかった道でスタンド同士の戦いを目にした。その一方、”皇帝”と”吊るされた男”は私が探していた男たちだった。何日か前、野宿していたら、吊るされた男の方が突然襲い掛かって来た。2人まとめてなんて冗談じゃないって思って命からがら逃げだして、逃げたと思ったら今度は追跡。なんとか1人ずつ倒せないものかと計画を練っていたけれど、どうやらホル・ホースという男は女相手には戦わないのだという。じゃあ黙ってみていてくれるかというとそうでもないのでやっぱり厄介だ。その男2人がいま、見知らぬ男性2人と戦っている。

あいつらの能力はよく知っている。能力を知らずに戦うのはあまりに不利な相手だ。加勢しなきゃ…!と思ったところで、それと戦う2人がこちらの味方になるとも限らない。突然間に割り込んだスタンド使いをどう思うだろうか。まさかとはおもうが、4人でかかってこられたらたまらない。もう少し慎重に、と見守っていると、どうやら長身の白人男性は吊られた男に妹を殺された敵討ちがしたいのだという。背中がざわりと粟立つ。あの人も敵討ちなんだ。脳裏によぎる、こと切れる瞬間の友人の顔を思い出してしまう。慌てて振り払い加勢に入ろうとすると、敵討ち男性の仲間らしき人が加勢にはいった。

(出遅れた…)と肩を落とした瞬間、ホル・ホースの弾丸を避けた大柄の男性の背後の水たまりに、奴の姿が映る。正面からは軌道を変えたホル・ホースの弾丸。

「あ、あぶない…!」

考えるよりも先に飛び出した身体が間一髪間に合ったことを理解する。後頭部から脳を破壊するように飛び込んだ銃弾が一瞬意識を持っていってしまう。きっと驚いている。だって、突然飛び出してきた女が自分に抱き着き、脳天を貫こうとした弾丸を後頭部で受け止めたんだから。体が冷たくなり、指先が痺れて、じわじわと死が押し寄せる。この感覚は何度経験しても気持ちが悪い。けど、意識を飛ばさないよう、ぐっと耐えて気持ちを強く持てば、もう大丈夫。

「吊るされた男は反射を繰り返して移動してくる。鏡だけじゃない、水たまりも人間の瞳も全部ですよ。だから、どこか確実に軌道を読んで追い詰められる経路を作るの」

突然のことに事態が飲み込めない様子の大柄な褐色の男は、大丈夫か、と叫びながら気がつけば私の体を抱きかかえていた。今の私の話、ちゃんと聞いてくれたかな。ひどく慌てた様子でおいおいと叫んでいるのはホル・ホースだ。意図せずとも自分の弾丸で女を傷つけるのは主義に反するらしい。

「今のは本当かい?」
「間違いありません」

この数日、ずっと隙を狙っていたんだから。最初に敵と対峙していた2人のうち、日本人っぽい男の人が後ろから言う。

「君の話を信じよう。アヴドゥルさん、その子を頼む」

そう言って立ち去る茶髪の彼を、アヴドゥルさんと呼ばれた男性はカキョウイン、と呼んだ。カキョウイン。日本人だろうか。

性質さえわかってしまえばこちらのもので、カキョウインさんと白人男性はなんとか吊るされた男を倒すことができた。ホル・ホースのことは取り逃がしてしまったが、1人になってしまえばあっちの方が倒すのは簡単だと思う。だからそっちのことはいったんおいておくとする。
妹の敵をとった、と涙を流す白人その姿にいたたまれなくなる。復讐って、それを果たしてしまえばその先はどうするんだろう。自分に重ね合わせても、その答えはきっと彼とは違うだろう。考えていたら私は無言のままうつむいていて、ふと、戦いを見守っている間ずっと、アヴドゥルと呼ばれた男性に抱きかかえられたままだったことを思い出す。

「あ、あの、すみませんが、おろしていただけますか?」そう遠慮気味に聞くと、男性は「そうだ、頭は!!」と私の頭を鷲掴みにする。その勢いに、白人男性とカキョウインさん、も駆け寄ってきて、大丈夫かと詰め寄られる。

「…心配おかけしまして、出過ぎた真似をすみません…。銃弾は貫通したので、おかまいなく」

あはは、と笑顔を作ってみる。信じられない顔をしてくるので、そりゃそうだよなあとおもう。しかしどう説明したものか。
そっと触ると、確かに後頭部には穴があって、血も流れている、額に触ると、こっちも確かに穴がある。これでごく普通に生きているなんて、スタンドという超常現象を身近に体験している彼らだって不思議に思うのは当然だ。けれど、今この一瞬かかわっただけの彼らにスタンドの能力をすべて話してしまうなんて、そんな無防備なことはできない。うまくごまかせないかなあ、と少し考えて。

「どっちにも穴があるなら、貫通したということです。頭の中に弾はありませんから、大丈夫です」

そういうことじゃないだろう、と声を荒げたのはアヴドゥルさんだった。そりゃそうだ、と私でも思う。しかし冷静な頭とは別に、単純な大声に驚いた私は距離をとり、勢いで尻もちをついてしまった。すまない、と申し訳なさそうに伸ばされた手に自分の手を重ねようとした、そのとき。

「おい、何してやがる」

なんだか聞き覚えのある声がふってきた。ばっと顔をあげると、そこにいたのは。

「く、空条くん……」

インド・カルカッタの地で、まさか、日本の高校の同級生に出くわすなんて、誰が想像できただろう。
その声の主は、同級生の空条承太郎くんだった。