恋人のふりをして潜入してきてくれだなんて言われて、何にも考えずにはいはいおっけーなんて言ったのが間違いだった。相手がプロシュートだってわかっていたら死んでも嫌だってダダこねて床に転がりまわって泣いてでも拒否してたよ。

自分で言っててて悲しいけれど私はとってもモテない。恋人なんかいたことがない化石のような女だ。10代の真ん中にギャングになったからそういう方面にゆるい人は周りにたくさんいたのに、何故か誰ともそういう雰囲気にはならず気づけばこんなことになっていた。
もう私はそういうのに縁がないまま生きていくしかないんだなと思っていたのに、最近なぜかこの男のことが気になり始めていたというわけだ。同い年で同時期にパッショーネに入ったプロシュートとは腐れ縁みたいなもので、いつどこでどんな仕事をするにもだいたい一緒に組まされていた。プロシュートはすごく綺麗な顔をしていてうらやましさ半分緊張半分と言う感じだったけど、最初のころは仕事も私の方ができたし精神も私の方が安定していた。発育が良くプロシュートより体も大きかった私は姉のような気持ちでプロシュートと一緒にいて、やがて身長は抜かれ仕事だって彼の方がずっとできるようになってからも、気安い関係は変わらなかった、はずなのに。

潜入捜査なんてちょっとかっこいい響きのお仕事はあっさり終わった。様子を見るだけのつもりだったのになんだかちょうど良く人気のないところで出くわしてしまったので、これはチャンスと思って私が殺してしまった。プロシュートはちょっとびっくりしていたけどそんなの気にしていられない。最近気になっている幼馴染と恋人のフリをする、だなんていうものすごく神経を使うことはさっさと終わらせたかったのだ。

それなのに、プロシュートは「家に帰るまでが任務だろ」なんて言って私の腰に手を回した。確かに最後まで隙を見せず仕事を遂行するというのは大切なので、言いたいことはわからなくはない。わからなくはないけど、わざわざこんなに密着することはないんじゃないか。私はそろそろ限界だった。

「プロシュート、お願い、深夜に道端で酔って吐いてる女を見つけたけど、今日は気分が良かったので表通りまで引きずって行くくらいのことはしてやろうかなって思った、くらいの扱いをしてくれないかな」
「お前は俺が自分の女にそんな扱いをする男だと思ってるのか?」
「とんでもございません」

そんなことまったく思っていないから困ってるんだ。出会ったころは天使みたいに可愛らしかったプロシュートは、いつのまにか素晴らしく美しい男に育っていた。この世のものとは思えない芸術作品みたいな顔を、その魅力を十分に理解し最大限に引き出すように笑うプロシュートの笑顔は私の敵だ。綺麗すぎて怖い。宝石みたいな輝きを宿す鋭い瞳に私が映りこんでしまったら、一瞬でその輝きを濁らせてしまいそう。

美しい金髪はしっかり固められているように見えて実は柔らかいから、時々風に揺れて顔にかかる。それを払う指先まで繊細な彫刻のような滑らかさで、その指が今私の右手に絡んでいると思うと心臓がぽろりと展開図のように開いてしまいそうな気持ちになる。私、今生きてるだろうか。正直あんまり自信がない。厳重な警備の屋敷に忍び込んで主人ただ1人だけを誰にも気づかれずに殺してこいなんていう任務をいつだったかしたことがあったけれど、あのときだって今ほど緊張はしなかった。

つまり何かと言うと、プロシュートにこんな風にされたら私は完全に恋に落ちてしまいそうなんだ。交際経験のない女だけど恋愛経験はあるんだよ。好きになった人は過去に何人かいた。けれどその人たち全員を束にして倍にしたってプロシュートの魅力の足元にも及ばない。そんな男だ。こわい。本当に怖い。恋人のフリだってわかってるのに惚れそう。ていうかもうすでに、恋の沼にはまり両腕で踏ん張って上半身を出しているのがギリギリみたいなところにいる。

違う人みんながプロシュートをみて頬を染めて振り返る。隣にいる私を見てため息をつく。何この状況。ため息をつきたいのは私の方だよ。

「プロシュート、もうやだ、泣きそう私」
「あん?なんだってそんな情けない顔してやがる」
「恥ずかしい。私、フリだとしてもプロシュートの彼女として釣り合うような女じゃないでしょ…」

私なんかが、というのを遮るように、プロシュートは私の顎をつかんで持ち上げながら親指で下唇に触れた。

「いいか、今お前は俺の女だ。俺が選んだ女を悪く言うのはお前自身でも許さねぇ」
「………は、はい…」

そういうところだぞ。突っ込みは頭の中で冷静に浮かんできたけれど、私ののどはまともに言葉を発することすらできずもう赤くなるどころかいっそ無になりそうな表情を動かすこともできなかった。なんて男だ。

プロシュート、私はお前がギャングになりたてのころに初めて銃で人を撃った時、急所を外してしまったからしばらくの間のたうちまわり苦しんで死んだターゲットのことを夢に見て夜中に飛び起きては枕をもって私の部屋に来たりした姿を知っているんだぞ。知っていたからどうだというんだ。冷静になって考えて、別に弱みでもなんでもなくかわいらしい思い出でしかないのでがっかりした。

何も言い返さない私に口の端を少しだけ上げる笑みをよこして、なんてかっこいいんだろうと私はまた恋の沼に10センチははまってしまった。あと少しで首のあたりまでずぶずぶになっちゃう。頭の先まで沈んでしまったら最後、私は今後仕事の仲間としてうまく接していける自信がないのに。

顎に触れていた手が離れて、少しだけほっとしたのもつかの間、視界に影が差して何事かと見上げる私のおでこに、プロシュートのおでこが当たった。もう声も出ないほど驚いて後ずさろうとしたらいつのまにか背後は壁で、敵に追い詰められるよりずっと怖くて心臓が冷えた。緊張しすぎて眩暈がする。

、お前に1つ良いこと教えてやろうか」
「な、な、な、なに」
「お前は俺の隣に立つのに十分相応しい良い女だ」
「…うそ」

そんなの嘘に決まってる。年下の女ときたら誰彼かまわずくっちまうぞという噂の上司のところで3年も働いたけれど、私は指1本触れられたことがない。あいつと仕事をしたら女は無事に帰ってこないと言われていたよそのチームのリーダーだって、私には何にもしなかった。街を歩いていたら花をくれた花屋のお兄さんだって、二度目に会った時には私から目をそらしたんだぞ。私は男に縁がない。プロシュートと、今のチームのメンバーくらいだ。どうやって自分に自信が持てるっていうんだよ。

「まさか今まで男に手を出されたことがないから信じられないとか言うんじゃねーだろうな」
「いや、そのまさかって言うか…なんで手を出されたことがないって知ってるの」
「そうさせたのは俺だからな」
「は?」

初耳だぞ。いつも通りの会話をしてくれるから、距離が近いことによる緊張は少しずつ引いていた。美人すぎて勝手に緊張してしまっているだけで、プロシュートは私のギャング人生の幼馴染でありずっと1番近くにいた友人で、弟で、兄みたいなものだから、そもそも緊張する方がおかしいんだけど。

「なんで…?」
「そりゃあお前、俺がお前のことをずっと好きだったからに決まってんだろ」
「あ、へえ〜…」
「…」

私を見下ろすプロシュートはんともマヌケを見るような目をしていて、なんだよその目、と思いながら言われたことを脳内で反復する。俺がお前のことをずっと好きだったから。へえ。俺ってプロシュートのことだろうか。プロシュートのセリフなんだからそうに決まってる。お前のこと、お前って誰だろう。これは私のことだろうな。だってプロシュートは今私と話しているんだから。つまり、プロシュートは私のことがずっと好きだった、って言ったんだ。へえ〜。…へえ。

「え!?プロシュート私のこと好きだったの!?」
「今そう言っただろうがようるせえなでけぇ声だすんじゃねえ」
「ごめん、びっくりして…」

眉間に皺を寄せて片耳を抑える仕草ですらバッチリに決まってかっこいいんだからずるいんだけど、今はそういうことを言ってる場合じゃない。プロシュートがずっと私のこと好きで周りの男を遠ざけていたんだとしたら、そのずっとって随分と昔からってことになる。それこそ10年以上も。

「…プロシュート、私ね、最近プロシュートのことが気になるの。かっこよくって頼りになって、これってもしかして恋なのかなって思うんだけど」
「そりゃ都合がいいな、付き合うか?」
「うん、お願いします。でね、プロシュートはいつから…私のことが好きなの?」
「おい、流してんじゃねェ」

だって恥ずかしいじゃないか。さらっと扱ってくれないと困る。百戦錬磨だろうプロシュートもさすがにこんな対応をされることはあまりないのか戸惑ったみたいな顔をしたので笑ってしまって、私はすっかり調子を取り戻すことができた。

「ごめんね、なんか…うれしくて。小さくて弟みたいだったのになあって」
「お前を超えたら言おうと思ってたらこんなにかかっちまってな」
「私を超えたらって、そんなのとっくの昔にもう…」

身長なら二十歳になる前に抜かれたはずだ。それが身長のことじゃないって気づいたのは一瞬だけ目の前が真っ暗になって唇に柔らかいものが触れたからで、突然のことに思考の追いつかない私は離れた唇を見つめていた。

「仕事の件数だ」
「あ、ああ〜…、え、それが抜かれたの、わたし」
「知らなかったのか?サボりすぎじゃねーの」

私のスタンドは殺傷能力が高く隠ぺいもしやすい便利なもので、1人でもどんどん仕事ができちゃうもんだから請け負う仕事の件数は多かった。プロシュートは1:1で簡単に人を殺せるかというとなかなかそうもいかないスタンドだから道具を使うことも多くって、そういう点で私は絶対に負けないと思っていたのに。

「…はあ、プロシュート、ほんとにかっこよくなったね…もうなんにもかなわないじゃない」
「それはねーな、惚れた弱みってやつか?」

口の端を少しだけ持ち上げる、プロシュートにとっても似合う笑い方。かっこよくってドキドキするし、なんだか照れてしまって恥ずかしいし。私、本当にプロシュートの彼女になっていいのかな。

もう一度確かめるように聞いた言葉への返事は、呆れたような溜息と綺麗な笑顔、それからキスで返ってきた。



幼馴染と恋人のフリ


(弟なのにかっこいい、やっぱ無理!)