「ハロー!」

砂漠に吸い込まれるより大きな声でハイテンションな女がヘリコプターから顔をのぞかせる。その腕にだいた犬はそこから飛び出して砂浜に降り立ち、後ろ足で頭をかいた。抱いていた女を見たアヴドゥルは1歩前にでて、まさか、そんな、と小さな声を出す。
知り合いなのか、と声をかけるより先に、アヴドゥル!と叫んだ女はなんとヘリコプターからアヴドゥルめがけて飛び降りてきた。

「わっ!!あ、あぶないじゃあないか!」
「抱きとめてくれるって信じてたわ!久しぶりアヴドゥル!」

どうやら知り合いらしい。アヴドゥルは抱きとめた女から手を放したが、女は自らアヴドゥルの体に抱きつき離れない。

「あーっ、本当に久しぶり。このにおい…おちつく…ダディのにおいだ…」
「こ、こら、やめないか」

唸り声をあげながらその胸元に頭をこすりつける姿におろおろしていると、満足したのか女はぱっと離れて乱れた髪の毛をなおした。

「コホン。みなさんはじめまして、わたし。こっちの超キュートな犬はイギーだよ。よろしくね!」

場に不釣り合いにもほどがある明るい声であいさつをした女は、砂漠にもこの旅にもまったく似つかわしくない笑顔を作った。

「は、はあ…」
「あ、自己紹介はしなくって大丈夫だよ、全員事前に聞いてるからね。ここから私もお供させてもらうことになったの」
「お、おいおいまて!」

勢いに押されてただ頷く雰囲気を振りはらって、ジョセフが前に出た。

「わしが援軍に呼んだのはイギーだけだったはずだ。それがどうしてまで…」
「イギーあるところ私あり、だよ。ジョセフたちだけでイギーを扱いきれるのかな?」

あう、とこちらを小ばかにするような声で降り立った犬、イギーが鳴いた。
その犬はスタンド使いで、もともと飼われていた家の人を馬鹿にし脱走、野良犬を束ねるボスとしてニューヨークで暴れまわっていたらしい。それをどうにかこうにかアヴドゥルが捕まえたが、その後も問題行動ばかり、人間には一切懐かず他人の髪の毛をむしる始末。
助っ人として呼んだものの、正直に言えば確かに一緒に旅をしていくには不安もあった。
その犬がいまや、「おいで」と呼ばれたの腕にすっぽりと収まりおとなしくしている。

「…随分まるくなったな、イギー」

というのは間違いで、彼がなついているのはだけだった。そんな犬っころが、というポルナレフに飛び掛かると髪の毛をむしり顔の前で屁をしの大騒ぎになり、スタンドまで発動させている。

「こらこら、ダメだよイギー。戻っておいでって」
「あう!」

敵対心まるだしでグルルと唸っていたイギーも、に呼ばれればすっかりおとなしくなる。財団職員によれば、暴れん坊で手のかかるイギーを最も可愛がり面倒を見ていたのがで、気がつけばこのようになっていたのだという。

「ね、私がいたほうがいいと思わない?あんまり戦える能力じゃないけど、自分の身くらいなら守れるし。よろしくね」

イギーの凶暴性を見てしまえばあっさりと受け入れられる雰囲気に、1人アヴドゥルだけは苦い顔をしていた。




「えーっ、アヴドゥルの家族!?」

悲鳴にも近い大声をあげたのはポルナレフだった。そうだよ〜と軽く言うはイギーの毛並をブラッシングで整えており、その膝の犬も満足げだ。



砂漠で遭遇した敵はと抜群に相性の良い敵だった。水のスタンド使いは目が見えない人物であり、スタンド攻撃しかしてこなかったからだ。
花京院に襲いかかる水のスタンドを、は花京院に覆いかぶさる形で背中に受けた。しかしその攻撃ははじかれ、水鉄砲かな?と笑うは無傷だった。
その後、の指示で承太郎を連れて本体を叩いたあとは再び砂漠を横断しようと車を走らせていた。

「そうなの。私両親がいなくてね、1人で途方にくれていたところを拾ってくれたのがアヴドゥルなんだよ」

真偽を確かめるように覗き込まれる顔にコクリとうなずくと、アヴドゥルは深いため息をついた。

「1人で途方にくれていた、とはどの口が言うんだ…」
「ちょっと思い出をきれいに飾っただけでしょう」
「飾りすぎだ。今思い出しても心臓が飛び出しそうになる」

クソガキだった、と付け足すのはアヴドゥルにしては随分と珍しい口の悪さだ。それにカラカラと楽しそうに笑うと、は「ごめんね!」と大きな体に寄り掛かった。

「1人で途方にくれてたのは本当なんだよ。家族もいない、お金もない、生きていくあてはなにもない。お腹もすいて、服もボロボロで、足も痛いし、もう楽になりたいって思ってたの」
「…その時、私はマジシャンズレッドがどれだけの火力を出せるのか、町はずれの広場で誰にも見えない炎を放ち火力についての実験中でな」
「その炎が見えたの。爆弾か何か使ってる人だって思って、私、ああちょうどいいや、あれで…しんじゃおって思って、飛び込んじゃって」

あはは、と楽しそうに笑うと、笑いごとじゃない!とアヴドゥルが叱る。

「見えたってことはスタンドが使えたってことなんだよね。私のスタンドは、自分に向くスタンド能力が無効になるの。だから炎が聞かなくって無傷でね。突然炎に子どもが飛び込んできたアヴドゥルは大慌てだし、私は自分で飛び込んだのにびっくりしてこわくて泣き出すし」
「あれは本当に焦った。今でもときどき夢にみるんだ」
「ごめんごめん。でね、『何してるんだ』って怒られて、スタンドのことについて話して、それから、いいからついてきなさいって私を家に連れていってくれたの」

恩人なんだ。というと照れくさそうに、でもまだ少し怒っているようなアヴドゥルの雰囲気は親子や兄妹のようだった。

さんのスタンド…ああ、だからさっきの…スタンド能力で攻撃力を増した水でも、さんにはただの水だったということですか」
「そうそう。本体が力強かったり、銃弾の軌道を操るようなやつだと普通にけがをするけど、あれは相性が良かったね。ケガをしなくて良かった」
「かばっていただいて、ありがとうございました。あれをあのまま受けていたら…」

そういって、水が飛んできた目元にそっと手をやる。あのまま顔面に受けていたらきっとただでは済まなかった。あそこで離脱することになる可能性もあったかもしれない。

「いいのいいの、自分の能力は最大限に使わないとね。…まあ、アヴドゥルはああいうの怒るんだけど」

ちらりとのぞく顔は実に険しい。それはそうだろう、と花京院は思う。子どものころに拾って、きっと大事に育ててきたのだろう。その女性が、自分はケガをしないからと危険に向かっていって盾になるのだから当然だ。

「そうですね。助かりましたけど、ほどほどに。アヴドゥルさんに怒られちゃいますから」






「わたし、アヴドゥルと同じ部屋でいいわ。あとイギーも」

ホテルの部屋はツインが3つ。ジョセフとポルナレフ、承太郎と花京院、そしてアヴドゥルととイギーの部屋割りとなった。

「イギー、お散歩に行くのはいいけど、イギーだって十分狙われる可能性があるんだから気を付けるんだよ。いいね」

さっそく外に出て行こうとするイギーを呼び止めて言い聞かせる。イギーは多少めんどくさそうな顔はするものの、本当にの言うことはよく聞くらしく「はいはい、わかったよ」みたいな顔をして出て行った。

「ほんとうに、よくあのイギーが懐いたな」
「…実はね、大ゲンカして、お互いスタンドでボコボコになぐり合って、私が勝った」

楽しそうに言うので、つられて笑ってしまう。イギーは野生の動物に近いカンを持っているので、ほとんど全力でやりあってかなわなかった相手には強くでられないのだろう。それも、その前も後もずッと優しくイギー、イギーと話しかけてくるだ。すっかり気を許してしまったのだな、と思うとおかしい。

「ねえ、それより、ねえ…ほんとうに、久しぶりね。2人きりなのも…」
「…ああ」

子どものように声を上げて笑っていた姿から一転、少し大人びた顔と声色でベッドに腰掛けるアヴドゥルの前に立つ。

「あなたが、『ちょっとでてくる。長くなるかもしれない』なんて何の説明にもならない説明だけして日本に行ってから、私がどれだけ心配したと思う?」
「…すまない」
「謝ってほしいんじゃないよ。イギーの派遣の話が来て、いまあなたたちが何をしているのか知って、私……」

の身長が低いので、ベッドに腰掛けたアヴドゥルの前に立っていても目線の高さはあまりかわらない。それでも少しだけ高い位置でおでこをあわせて話す声が震えていて、これは泣くな、と思うタイミングと同時に大きな涙がぽた、と膝に降ってきた。
泣かせたかったわけではないが、この旅の話をすればは絶対に「私も行く」と言って聞かなかったはずだ。どんなに説得してもきっときかなくて、最終的には殴り合いのけんかになる可能性だってあった。
頑固な性格に反して聞き分けの良い子どものような一面もあるには、「大事なようで少し出かける」以外のことをどうしても伝えることができなかった。

「ポルナレフに聞いたの。一度、死にかけてみんなと離れてたんだって」

余計なことを、と思うのはそのけがが彼のせいでもあるからこそ思うことだ。

「私、もう一人になるのは嫌なの。だから一緒に行くね」

返事は聞かない。そういうとボロボロとあふれていた涙をぐいっとぬぐい、いつもより全然うまくないぎこちない笑顔を見せた。






DIOの館で、空間を切り取るスタンドとの戦いを抜けた。アヴドゥルが飲み込まれそうになった瞬間にその背中をかばったは、その能力をあっさり無効として危機から救った。
そのことに逆上した本体が目の前にでてきたものだから、その隙をマジシャンズレッドとシルバーチャリオッツが倒し、私はイギーの砂の盾で守られるという見事な連携プレーだった。のだが。

「無茶を、するなとあれほど…!」

この先、DIOが待っている奥へ進むはずが、なぜかは叱られていた。あの闇に飲み込まれればあっさり命を落としてしまう。にもかかわらず、あんな大規模に空間を削り取る能力が本当に無力化できるかどうかもわからず突っ込んでいくなんてなんと無謀なことか。
それは言われなくてもわかるのだが、でもあの時はそうしなければアヴドゥルは確実にやられていた。ポルナレフもまあまあ、となだめるし、イギーもをしかりつけるアヴドゥルの足にかみついているがそれどころではないらしい。

「もう二度と、身を挺してまで私を守ろうとするな。ほかの仲間もだ。自分の命を第一に考えてくれ」

頼む、という語尾は急激に弱くなり、ぎゅうと握りしめられた肩に強い力がかかる。いたいよ、と言ってもその手は離れず、ポルナレフも困り果ててしまっていた。
アヴドゥルのいうことはもっともだが、ついさっきポルナレフの危機を身を挺して守り敵の餌食になりかけたのはアヴドゥル自身だ。それをがかばって、結局他人のことばかりの連鎖じゃねーか。
それはも同じことを思っていたようで、あなただって、と口から出る言葉はそれを指摘しようとしてやめた名残だった。

「…じゃあ、大事な話をしておきます。あなたも私も、ポルナレフもイギーも。ジョセフさんたちもみんなが生きて帰れるように祈って」

アヴドゥルの肩の拘束からやっと離れたが少し腕をさすって、それから真剣な目をした。

「モハメド、私、あなたに拾われてから、もう一度産まれなおしたみたいな気持ちで毎日生きてきた。お父さんみたいだと思っていたし、少し大きくなってからはお兄ちゃんみたいに身近な存在だった。スタンドの扱いと占いに関しては私のお師匠さまだし、一生離れられない絆があると思ってるわ」
…?」
「だから、ここから生きて帰ったら、そのときは、これから先は…、ええと、なんていうのかな。……あなたと、夫婦として、生きていきたい」

目を丸くしたのはアヴドゥルだった。ポルナレフも同じで、この状況で、ここでそんな話をするなんて何を考えているんだということとと、その内容の衝撃と。
アヴドゥルが口を開こうとしたそのとき、駆け寄る足音とジョセフたちの声が聞こえた。

「あ、合流できそう。ね、モハメド、返事は生きて帰って聞かせて頂戴ね」

これがあなたの、生への足かせになりますように。祈るように合わせた手がぱっとひらき、「ジョセフ!」と走っていった。
その背中を呆然と見つめ、赤くもならないアヴドゥルの肩に手を置き、ポルナレフは「お、おい…?」と声をかける。なんて女だ。度胸がある、肝が据わっている、ほめ言葉になるのかわからないそれを頭の中で並べていると、アヴドゥルがやっとハッと動き出した。

「ポルナレフ…」
「あん?」
「私の妻は、良い女だろう」

良い笑顔を見せるアヴドゥルにあっけにとられ、そして笑う。気がはやいんじゃねーの、なんて野暮なことは言わない。ここから全員で生きて帰ることは、もう決まっているのだから。





終わった、と呟いた声がふわりと宙に消えて、それが誰の言葉なのかわからなかった。
朝日に晒され灰になる最後はあっけない。なんともいえないものが喉につっかえて気持ちが悪かった。

「あー、終わったんだなあって思ったら、私足が痛くなってきちゃった…」

アヴドゥルの背中に背負われたの足は折れている。
最終決戦、街でDIOを追い詰めるにあたってDIOは自分のスタンドの能力にいち早く気づいたを始末しようとした。
自身にかかるスタンドの無効化は時間停止に関しても有効だったようで、時間が止まったことに気が付いた瞬間にはもうDIOに背後を取られていた。
無効化に気が付いていなかったDIOは最初ザ・ワールドによる攻撃を加えてきたので無事だったが、それならばと拳で殴られてしまえばあっさりとやられてしまったというわけだった。

「夢中でどうにかしないとって思ってたから大丈夫だったけど、もう無理だ…限界……ジョセフ」

名前を呼ばれるより前にすでに電話に手をかけていたジョセフは、財団の職員を至急呼んだのでそこで治療を、と言った。

「…全員が無事でよかったなあ」

そういうポルナレフは明るい笑顔を見せて、それにつられて笑顔になる。

「そういえばよ、とアヴドゥルは」

しっ、と厳しめに抑えられた茶化すような声は、その背中で寝息をたてるをみて自らの口を押えた。
結婚すんのか、と言おうとした言葉を飲み込んで、「よく頑張ったなあ」というのはその場にいた全員同じ気持ちだ。

ほとんど攻撃能力のないスタンドでDIOと対峙したのだ。自分たちとちがう、か弱い女性の体で。

「にしても、イギーがいなかったらと思うとぞっとするな」
「あう」

DIOがの体を蹴り上げ、その悲鳴を聞いたとき本当に心臓が冷えた。DIOまではまだ遠い。あの距離じゃ炎も届かない。スタープラチナもハイエロファントグリーンも間に合わないと思ったところで、に覆いかぶさった砂の鎧はイギーのものだった。
堅い砂を蹴り上げたDIOは激昂しイギーへ向き直ったが、その隙にを引き離しDIOに炎を浴びせることに成功したのだった。

を守ってくれてありがとう」

当然だ、というように飛び上がると、イギーはアヴドゥルの腕を経由し眠っているの頭に乗った。イギーにとってはかけがえのないパートナーなのだろうと思う。
意思の疎通も図れず一匹狼(犬だが)で野良をしていたイギーが、初めて実力で負けてそれでも手を伸ばしてくれたあたたかさはからしか得られなかったものだ。

「イギー、お前もこれから一緒に来るか」

チラ、とこちらを見る目を開き、それから無反応で目を閉じるのは肯定ととれた。怪我の治療をして国に帰ったら、2人と1匹の新しい生活が始まる。