「おい、公園行こうぜ!特別にジェラートもおごってやるよ!」
ソファでおとなしく座っていたは顔も上げないし返事もしなかった。
ナランチャだけが落ち着きなくその周りを歩き回っていて、パッと見でどちらが子どもなのかわかったものじゃない。
「なあ、おい、おーい!おい、行こうぜ!」
「本よんでるの。みてわかんない?」
「本よりさあ!外にでて身体動かしたほうがぜーったい楽しいし気持ちいいぜ!」
「じゃましないで、ナランチャ」
「ほら、行くぞ!」
人の話なんかまったく聞いていないナランチャがの本をとりあげて乱暴に机に放った。
抗議の声も全く聞こえていないから、座ったままのを軽々と抱き上げてしまう。
「な、今日は晴れてるしさ」
「…もう」
せめて自分で歩くから降ろして、と言ったって、それすら聞いていないナランチャは玄関を開け放って眩しい空の下に飛び出した。
「おい!ブチャラティにお使いたのまれたからさ、一緒に行こーぜ!」
またか、とは眉間に皺を寄せた。
読みかけの本を奪われないよう近寄ってきたナランチャから距離を置く。
「いや、ナランチャがたのまれたんだからナランチャがひとりで行けば」
「そう言わずにさ、ほら、おやつも買ってやるから」
「いらない」
ものでつればいいと思うな。
それきり会話を切り上げて無視していたら、珍しく早々に諦めたナランチャがひとりでアジトを出て行った。
ぱたん。しまった玄関の方にふと目をやると、机の上に何かある。
「…お使いのメモじゃん」
まったくナランチャはしょうがない。何やってるのもう、と、ブチャラティにナランチャのお使い先を訪ねた。
「メモ忘れていったからとどけてくる」
「ああ、悪いな。俺が行ければいいんだが手が離せなくて」
「いいよ、ブチャラティは悪くないし」
外になんか出たくないのになあ。
ため息と一緒に玄関の扉を開いたら、すぐ横にナランチャが立っていた。
あっこれわざとだ。
「出てくると思った」
にぃ、と笑った顔でわかる。
…もう、ナランチャのばか!さいあく!
お気に入りのシリーズの新刊がでたので1人で本屋に来た。
いつもありがとうね、と絶対発売日に買いに来る私の分を取り置いてくれたおじさんにお礼を言ってお店を出て少ししたら、ピカッとひかってドンっと音がした。ビクッと肩が震える。通り雨だ。
天気予報では1日中晴れだっていってたのに。
ぴかぴかの良い天気は私をひるませるのに十分だったけど、この本だけはどうしても今日読みたい。そう思って頑張って出て来たのに、帰りには土砂降りなんて最悪だ。
本が濡れないよう慌てて近くのお店の軒下に駆け込む。
空の向こうどこを見ても青色は見えないから、これはしばらくやみそうにないな。
ぼんやりと出来上がって行く水たまりを見つめる。
「ついてないなー」
「なにが?」
独り言に返事が返ってきたのでびっくりした。
振り返るとおっきな傘をさしたナランチャが笑ってる。
「なんでいるの」
「そんな言い方ねーだろ!傘ないだろうなーって思って迎えに来たのに!」
「傘1つしかないじゃん」
「あっ!?」
まぬけなナランチャ。…でも、ありがとね。
「これなら本も濡れないだろ?」って、私の濡れた靴が自分の服を汚すのも構わず抱き上げてくれるナランチャのこと、今日はちょっとだけ好きかもしれない。
いつものように、ナランチャに引っ張って連れてこられた公園でキャッチボールをさせられて、へとへとになって座り込んだ。体力がないから、お外は本当に無理なんだよ。おうちで本を読ませてほしい。
こっちを見ているんだか見ていないんだか適当にボールを投げてくるナランチャは、私がへたりこんだことに気づかなかったらしい。
投げられたボールが頭のてっぺんに降ってきた。
「いったーい!!」
ゴツンと降ってきたボールは小さくてカチカチのかたいやつ。
ナランチャが慌てて駆け寄って来るより先に、たまたま通りかかったアバッキオの拳がナランチャの頭のてっぺんに落ちた。
「いってー!!」
アバッキオは私のことを片手でひょいと持ち上げて「大丈夫か?」って顔を覗き込む。
声もでないほどに痛かったので無言でしがみついた。
そのままナランチャも引きずってアジトに戻ったアバッキオが事情を説明して、ブチャラティとジョルノとフーゴとミスタのめいっぱいのお叱りの声を聞きながら私はぐわんぐわんする頭でやっと本を読むことができた。
…読書にたどり着けるまでの代償が大きい。
ぱたんと本を閉じる。今日二冊目の本を読み終わった。
さっき一口のんだら冷めてたコーヒーがいつのまにか湯気をたてていたので、誰かがいれなおしてくれたらしい。集中してて気づかなかったな。
ずず、と一口飲んでみる。うん、おいしくない。ナランチャだな。
最近のナランチャはおとなしい。
って名前を呼んでこないし、無理矢理外に連れ出したりもしない。
どうやら先日私の頭におっきなコブを作ったことをこってりと叱られてから、私に気を使って構うのをやめたらしい。
私としてはありがたいかぎりである。
ゆっくり本が読めるし、ナランチャはフーゴに勉強を教えてもらう時間が増えるだろう。
そうしたらナランチャも、何が書いてあるかわかんないことがあるからって避けている私の本が読めるかもしれない。
…あれ。これじゃあ私、ナランチャと本が読みたいみたいじゃないか。
ううん、そんなことはない…はずなんだけど、本を閉じるたび、面白かったことをナランチャにおしえてあげたくなる。
…なんでだ、これって、いったいどうしてなんだ。
ジョルノがナランチャにお使いを頼んでいた。
誘われるかなって思って本から意識を逸らして閉じる準備をする。
けれどナランチャは、ちらりとこっちを見た後何か言いたげにして、結局何も言わないで出かけて行ってしまった。びっくりして背中を見送る。
「、どうかしましたか?」
「ううん…なんでもない」
「ふふ、ナランチャですか」
わかってるくせにどうしたのっていちいちきくジョルノは意地悪だ。
ちがうと言ったところで、はいはいお見通しですよって笑顔を浮かべてくるジョルノ。なんだか腹立たしい。
「ちがうんだもん、おかいものなら、私も行きたかったなって…」
ごまかしにもならないかもしれないけれど、苦し紛れに嘘を吐く。
「そうですか、じゃあ僕と行きましょう」
「えっ
」「はい立って、上着きて、どこに行きますか?」
「まって、わたし、」
「行きたいんでしょう?それともナランチャが気になっただけって言いたくなくって適当についた嘘ですか?」
「…うそじゃない、もん…」
ジョルノってほんとうにいじわるだ。
行きたくもないお買い物に出る羽目になってしまった。
ジョルノの背中を見て歩く。
時々小走りに追いついて、また引き離されて、追いつく。
その繰り返しでふと気づいた。ナランチャって、いっつも私の隣にいるよな。
ナランチャの方が大きいし足も長い。
当然歩くのだってはやいのに、思えばいつも隣を歩いて私を見下ろして話すナランチャってもしかして気にしていないようで私のことすごく気にしてくれていたんだろうか。
何度目かの小走りでジョルノに追いついて、ちょっと息切れしてきたなってところでジョルノが振り向いた。
「はやかったですか?」
「うん…疲れた…」
「すみません、きづかなくて」
歩幅はゆっくりになったけれど、ジョルノは私を抱き上げてくれたりはしない。
ナランチャだったら、疲れたって言えばすぐに笑って抱き上げてくれるのに。
ナランチャだったら。
どうしてこんなに、ここにいないナランチャのことが気になるのか私はまだわからない。
うんうんとその謎の思考に悩む私を、上から見下ろして楽しそうに笑うジョルノしか、きっとまたその答えは知らない。
気になるなら自分から誘ってみたらどうです、っていうのは、フーゴのアドバイスだ。
「ねえフーゴ、ナランチャ、私のこときらいになっちゃったのかなあ」ってなんとなく呟いた言葉に心の底からびっくりした!って顔をして、どうしてそう思ったんですかって優しく聞いてくれた。
前まではいっつも外に行こうってうるさくて、家にいても、って名前を呼んでうるさかった。でもこの前から、ナランチャは私にほとんど声をかけてこない。私がとろくて怪我をしたから、いつも嫌そうにアジトを出るから(これは本当に嫌なんだけど)、そのあと疲れて熱まで出したから、ひよわな子どもなんかもういいやって、嫌いになっちゃったのかなって思ったの。
フーゴはたまにナランチャにすごく怒っているけど私にはいつだって優しい。
その時も、優しく笑って「はまだ子どもだからわからないかもしれませんね」って大きな手で頭を撫でてくれた。
そうしてもらったアドバイスを、実行にうつしてみよう。
ミスタにナランチャの居場所を聞いたら、その辺ぶらついてんじゃねーかって全然参考にならない情報をもらった。
最近は物騒だから気をつけろよって言っていたけど何に気を付けるのかわからなかった。
ナランチャの行きそうなところってどこかなあと街をうろうろしていたら、どんっと知らない人にぶつかった。
「あ、すみません」
「アア?どこ見て歩いてんだよ!」
私みたいな子どもに喧嘩腰にくるなんてろくな大人じゃない。
危険を感じたらすぐ逃げろっていうのはブチャラティの教えだ。
くるりと振り向こうとしたけれど、私の腕はあっさり捕まれてしまった。
「いたい、はなして!」
「人にぶつかっといてごめんで済ませる気か?」
ぎゅうと捻りあげられて悲鳴を上げる。肩外れちゃう!
痛みで涙が浮かんだその瞬間、痛みはふっと和らいで腕が解放された。
どさっと尻餅をついて見上げた私の前に立ちはだかっていたのはナランチャだ。
頭上でエアロスミスがエンジンの音を響かせていた。
「子ども相手によォー、恥ずかしくねーのかオッサン!」
あっさりチンピラを叩きのめしたナランチャにお礼を言おうとしたけれど、振り返って私を見下ろしたナランチャは見たこともない怖い顔をしていた。
「馬鹿!一人で出歩いたら危ないだろ!!」
ナランチャに怒鳴られたのは初めてだ。
いつだってナランチャは笑っていて、私に優しくて、あったかくて…。
ぼろりと涙がこぼれた。やっぱりナランチャ、私のこときらいになっちゃったんだ。
フーゴごめん、アドバイスもらったけどだめだった。
「う、だって、うう、」
めったに泣かない私の涙はナランチャをそれなりに動揺させたらしい。
「あーもう!泣くな、泣かないでくれよ、怒鳴って悪かった」
しゃがんで、座り込んだ私を抱きしめてくれる。
「ごめん、俺が悪かった。心配だったんだ…」
「なら、んちゃ、わたしのこと、きらいじゃないの…?」
ぐすぐすと泣きながら言うと、驚いたように「そんなわけないだろ」って言う。
なんだ、そうだったんだ。ならいいの。なら、いいんだ。
まだ肩は痛かったんだけど、ナランチャがぎゅってしてくれるならもう大丈夫だよ。
泣き腫らした顔で帰ってきた私をみてさすがのミスタも驚いた顔をしたし、フーゴは一瞬で沸騰してナランチャに掴みかかった。
「ちがうのフーゴ!ナランチャは私を助けてくれたの」
事情を説明したら、そういうことは早く言えって言いながらアバッキオが救急箱を持ってきた。
肩は真っ赤に腫れていたけれど、骨は大丈夫だって湿布を貼ってくれる。
「わたし、ナランチャがさいきんぜんぜんあそぼうって言ってくれないから、私のこと、嫌いになったのかなっておもったの」
手当してもらいながら話すと、ナランチャはおっきな目をもっとおおきくして驚いた顔をした。
「俺がのこと嫌いになるわけないだろ!?」
「じゃあなんで!」
一度泣いてしまうと涙は出やすくなるらしい。
またじわりと浮かんだ涙を見てナランチャがたじろぐ。
「…このまえ熱だしただろ。それで…、はナランチャよりずっと体力がないから、少しは気を遣えってブチャラティが…」
「そんなこと…」
そんな、事情があったとしても避けすぎだったんじゃないか。
「だからナランチャは極端すぎるって、僕は言ったんですよ。でも”俺は程度なんかわかんねーから”って…あなた、結局に無理させてるじゃないですか」
「だってよぉ…」
「も、もういいよフーゴ。私、ナランチャにきらわれてないってわかったから…もういいよ」
今度から、もう少し私も、外に出かけてもいいのかもしれない。
私の隣で手を繋いで、私に合わせてゆっくり歩いてくれるナランチャと一緒なら、それも悪くないのかなって思えた。
「というわけで!公園いこーぜ!」
「うーん、今日は本読みたい気分…」
「なんだよそれ!頑張るって言っただろ!?」
「明日から、明日からがんばるよ」
「なんでだよー!行こうぜ、ほらあ、ジェラートもつけるからさ」
必死に本の後ろから顔をだしてくるナランチャが面白くってくすくすと笑った。
本を開く私の手に自分の手を添えて、これはぱたんと本を閉じてしまおうとしてる時の癖だ。
だから今日はそれよりも先に。
「…あれ」
「しょうがないなあ、いっしょに遊んであげてもいいよ」
ぱっと笑ったナランチャがぐっとガッツポーズを取った。
「ナランチャ、に迷惑かけないでくださいね」
「、ナランチャと遊んでやってくれてありがとうな」
そんなフーゴとブチャラティの声に抗議するナランチャの手をとる。
ほら、はやくいこう。私が玄関の扉に手をかけて一歩踏み出す。
大好きなナランチャとみる外の世界は、今日もきらきらに眩しい。