冷えて目が覚めた。毛布とお布団でしっかり肩までおおわれているにもかかわらず震えるほどに寒い冬の夜は、少しのどが渇いたからとキッチンに向かうにも勇気がいる。少しだけ躊躇ってから、あまり隙間を開けないよう、隣にいるメローネが冷えないように気を遣ってそっとベッドを出た。
 時計は午前三時をさしている。まだまだ起きるには早い。さすように冷たい空気にすっと眠気が覚めていくのを感じながら、もう一度眠るのに時間がかかってしまうかもしれないなあと考える。まあでも、明日はお休みなので問題ないか。
 冷蔵庫から取り出した水の方がきっと外の気温よりも暖かい。一口のんで、乾いたのどがうるおされるのを感じながらふと窓の外を見た。キッチンの小さな窓にはうっすらと向こうが透けるレースがいちまいかかっているだけで、ぼんやりと月明かりが差し込んでいる。
 ほんとうになんとなく。その薄いいちまいを、片手でくぐるように捲ってみた。
「……わ、きらきら……」
 なんとなくそうしたのは導かれたのかもしれない、と思うほどに世界が輝いていたから、寒かったことも忘れて窓を開けた。真っ白な雪は降り積もったままの姿で足跡ひとつなく固まっていてひとつの大きな石みたい。それでも柔らかいことがわかる表面の雪の粒がそれぞれ月明かりをうけて輝いているのだから眩しいくらいだ。けれど、ただの月明かりじゃそうはならない。
「寒いと思った……」
 呟いた声がぜんぶ真っ白にかたまって視界を覆うの。一瞬で消えてしまったけれど、美しさにもらした溜息がまたふわりと視界をうっすら染めていく。ほんとうに寒い、こんなに冷えているのも納得だ。静かな夜を彩るのにふさわしい、とてもきれいなダイヤモンドダストが舞っていたの。
「なにしてるの、寒いよ」
「あ、メローネ。ごめんね、起こしちゃった?」
「うん……」
 どれだけそうしていたのか、突然背後からかかった声におどろいて振り返るよりも早く冷え切っていた背中を体温が覆った。こっそり出て来たけど、窓を開けたまましばらくたてばお布団の中だって冷えてしまったかもしれない。
 まだ少し寝ぼけたメローネが、わたしの頭を枕に寝ちゃうんじゃないかなって姿勢で抱きしめてくる。長い金色の髪の毛が顔にかかってちょっとだけくすぐったかった。
「綺麗だなあって思って。ダイヤモンドダスト、メローネ見たことあった?」
「ううん……、ほんとだ、すごいな」
 眠さにぐずっていたみたいな声が少しだけはっきりして、頭の上にずっしりとのっていた重さが離れる。首が痛くなりそうだった重さが離れたことが少しさみしい、なんて思ったことはメローネには秘密ね。
「ね、だから見入っちゃって。家の中冷えたよね、ごめんね」
「これは仕方ないな。……家が冷えるのはいいけど、でも」
 君が冷えるのはよくない。おなかに回っていた腕が一本離れて、まだ眺めていたかったきらめきをガラスで覆ってしまった。あー、と少しだけ不満の声を漏らしたわたしに子どもを咎めるような顔をしたのが反射して見えた。もう、いつだってそうやって子ども扱いするんだから。
「メローネ、外出てみない?」
「ダメ。風邪ひく」
「えー……、……ん、」
 どうしても? そう聞こうと振り返ったわたしに、言わせないとばかりにメローネの唇が降ってきた。
「どうしてもダメ。ほら、もう寝るよ」
「えー……」
「それとも、朝まで起きてる?」
「ひゃっ! や、やだ、寝ます」
 いいながらメローネの冷えた手が服の中に潜り込んで背中を撫でた。慌てて否定して脇をすり抜けて寝室に戻る。ああ寒い、今夜は本当に冷える日だ。外気をとりこんですっかり冷え切ったお布団がもう一度温まるまで眠れるかなあと、そんなどうでもいいことを心配していたわたしは、きらきらと凍った空気を見つめることにすらメローネは嫉妬していたのだということは知らなかった。