「遊びに来たわ!」
!よく来たな」
「メローネ!あははメローネ、今日もかっこい、い、わ、わわ、」

ソファから立ち上がって大股に数歩、軽々とを持ち上げたメローネはそのままの勢いでくるくると回った。が来ると一気にアジトが騒がしくなるのでたいていのメンバーは舌打ちをしたりリビングを去っていったりするが、メローネはのことをとびきりに気に入っている。腕の中でぐるぐると目を回しているも楽しそうだ。あいつが来たらメローネにまかせておけばいいというのは共通の認識なので放っておく。やがて「も、もう、おろして、」とよろよろになったが床に両足をつくのに失敗してへたりこんで、ようやく笑い声はとまった。

「うう、目が回る…。メローネ、じゃない、ううん、リゾット、リゾットはどこ?」
「あれ、俺に会いに来たんじゃないのか?」
「今日は、リゾットに書類を…お使いで…」

まだ目が回っているらしくうまく話せていないの声が聞こえていたらしい。…といっても、玄関を開け放った時から気づいていただろうリゾットが執務室から出てきた。

「俺に用か?」
「そうなの、先月分の報酬の確認と今月の仕事について、ですって」

背負っていた、天使の羽が生えた淡いピンク色のハート型のリュックを開く。まったく悪趣味なリュックだと思うけれど、そもそもは着ている服や髪型まで何もかもが悪趣味の塊だ。可愛らしい子どもにはお似合いなのだろうが、まったくギャングらしくないという意味で。

「ああ、あったあった。はいリゾット、ちゃんと渡したからね。今月もよろしく。さあメローネ!私の仕事は終わったわ、遊びましょう!」

やったあ!と声を上げて再びを持ち上げようとしたメローネに抵抗して、もう回されないわ!と、真っ赤でつるつるとした靴をコツコツ鳴らしながら駆け回る。この騒がしさにそろそろギアッチョがキレて、イルーゾォが鏡の世界へ帰って行って、ホルマジオがしょーがねえなと苦笑して、プロシュートがまったく気にしていない様子でタバコをふかして、ペッシがおろおろする。いつものパターンだ。

そんな様子を横目に見ながら、リゾットは封筒から書類を取り出した。一応がいるうちに確認し、何かあれば指摘なり質問なりを持ち帰ってもらう必要がある。だいたいいつもため息が出るような少ない数字と、それからこちらもため息がでるような大きな数字の仕事が並んでいるのだが――、様子のおかしな書類に、らしくもなく驚きの声が漏れた。

「おい、遊んでいるところ悪いが」
「あっ見た?えへへ、褒めてくれてもいいんだよ。私がお願いしたの!」

どや、と胸を張ってリゾットの方を向いたの背後から忍び寄ったメローネが、小さな体をひょいと抱き上げた。

「どういうことだい?」
「メローネたちが忙しいと私と遊んでくれなくってつまらないわ!って、パパにそう言ったの。それから、”いつもいつもお金がないって言ってて可哀想で、私つらいの”って、こう、泣いたふりをしながら…」

わっ、と泣きまねを再現するは表情だけは笑顔のままだった。役者だなあ、と笑うメローネ以外はただただぽかんとその様子を見ている。

「それだから、お給料は2倍、お仕事は半分、そんな感じになったんじゃないかしら?詳細は見てないのだけど!」
「…それどころじゃ、ない」

リゾットの言葉にメンバーが一斉に駆け寄る。2倍どころかゼロの数が違う。ざっと桁をあげておきましたというような雑な値上げだ。それは願ってもいないことだったが、こんなにも急にあっさりと給与に関与する少女に改めて複雑な思いを抱く。

「良かったじゃない!これからも私と遊んでくれることが条件だからね。…メローネ以外も!」
「俺だけじゃ不満なのか?」
「うーん…、そうでもないけど…」

抱き上げられて、メローネの腕に座り首に手を回した状態で首を傾げる。

「ここにくるたび、うんざりした空気で出迎えられるのは好きじゃないわ。ギアッチョに怒鳴られるのも、プロシュートが煙たいのも、イルーゾォがすぐいなくなるのも嫌ね」
「お前ら、今すぐに全員集まれ。プロシュートは煙草を消せ」
「…チッ、最強の暗殺者も金と権力の前ではこれかよ」

悪態をつきながらもタバコをひねりつぶして火を消したプロシュートは、長い脚を見せつけるように組みなおした。しぶしぶといった様子でイルーゾォもぬるりと鏡から抜け出してくる。

「他にも何かあったら言ってね。私がパパにおねがいしてあげるから!」
「ディモールトすごいぞ!」
「えへへ、もっと、もっとほめてメローネ!」

の父親は立場で言えばボスと親衛隊の間になる。その辺の幹部よりずっと権限がある彼は一人娘のを溺愛していて、彼女の言うことなら何でも聞いてしまうらしい。暗殺チームへの報酬を増やしてほしい、だなんていうボスへの直接のお願いを通してしまうほどには。幼いが1人でうろちょろと街を歩きこうして自分たちのアジトへ遊びに来ることを最初こそ嫌がってはいたが、自分が仕事で一緒にいられない間は人目のあるところに置いておいた方がいいということに落ち着いたらしかった。

詳細は知らないがにはスタンド攻撃が通用しない。物理攻撃も効かないらしい。跳ね返すのではなく、何をどうしたって攻撃が『届かない』のだ。リゾットがメタリカを仕掛けたら突然カエルが飛び出してカエルが攻撃を肩代わりしてしまったり、ギアッチョが凍らせてしまおうとしたらなぜかその周囲だけ気温が上がり冷え切らなかったり、プロシュートのザ・グライトフル・デッドの煙すら、どういうわけかの周囲を避けて漂う。それがきっと彼女かもしくは父親のスタンドなのだろうということ以外はわからないが、なるほどこれなら確かに外に放り出しても安心というわけだ。

「イルーゾォ!イルーゾォの顔久しぶりに見た気がするわ!」
「…そうかよ、お嬢様」

いつもだったら無視しているだろうイルーゾォも、高収入を振りかざされたうえにリゾットに命令されたとあれば逆らうことはしない。ぶっきらぼうな返事に、「声も久しぶりに聞いたわ」とはメローネの腕の中でにっこりと微笑んだ。



それきりメローネがつきっきりでアジトの中を遊び回らせている騒音を聞きながら、リビングに集う暗殺者たちは思い思いのため息を吐いた。別にあの子どもがここを訪れるのは問題ないのだ。ああしてメローネと遊んでいてくれる分には騒がしい以外何の害もない。けれど。

「ふふ、持つべきものは権力ね!メローネもそう思わない?あ、何これ!お仕事の写真?見たい!」
「ディ・モールトお目が高い!それは俺のとっておきなんだ!」
「すごいすごい!どうやったらこんなにどろどろになるの?今度見せてほしいわ!」

生い立ちのせいでぐちゃぐちゃに歪んだ倫理観をしている少女にはただただ複雑な感情を抱くのだった。



キミは可愛い権力者の娘