ギャングになる奴にまともな人間なんているはずがない。特に、日常的に人を殺す暗殺なんてことをしているチームには、それはもう問題児ばかりがそろっていた。些細なことでほとんど常にキレている水色頭とか、不自然な切れ目の入った露出の多い服を着たマスクの変態とか、例をあげればキリがないが、それでもその中で、特に情緒不安定で扱いに難しい人間が1人いる。ただでさえ人数分揃っていないリビングのソファのうち、最も大きい3人掛けを1人で占領してうずくまっている女だ。朝起きたときにはそこにいて、すでに昼を過ぎているので、少なくとも5時間以上はそうしている。泣いているのでもなく、かといって眠っているわけでもなさそうな女はただそうして動かずにじっと丸くなっていた。今日はほとんどの人間が仕事で外に出ているので今のところ問題ないが、それにしたって相変わらず様子のおかしい女はどうにかならないだろうか。
向かい合うソファに座ってその様子を眺めていたイルーゾォは、本を読んだり食事をしたり意味もなく結んだ髪をほどいて結びなおしたりしながら、2時間ほどその背中を眺めていた。倍以上の時間そこで丸まっている女ほどではないけれど、イルーゾォも大概暇人だなあと苦笑する。

、いつまでそうしてるつもりだ」
「…」
「みんなが帰ってきたら蹴落とされんぞ」
「…」
「おい、起きてるんだろ。聞けよ」

様子のおかしいの扱いになれているのは、年長者のリゾットとプロシュートくらいだ。ソルベとジェラートも扱いがうまいと言えばうまいけれど、それは2人の気分が乗っているときだけで普段は見て見ぬふり。厄介なのはメローネとギアッチョだ。あの2人は空気を読まずに構いまくったり、邪魔くさいと蹴り上げたり散々な扱いをする。情緒不安定を加速させる2人はできるだけこの状態のに接触させたくはないが、今日最初に帰ってきそうなのはその2人だった。だからせめて、そろそろ起き上がって自室にこもるなどしてくれた方が助かる。

そんなイルーゾォの気遣いなんて全く知らないは、実は今はそれほど不安定な状態にあるわけではなかった。そう、今は。酷かったのは昨日の夜の話だ。深夜、悪夢で飛び起きたは焦った。今は亡き母親が、私の腕を強く握って引っ張っている。そして、今は亡き父親が、ただの雄の色をした目での体に触れる。嫌だ、と叫びたいのに声もでず、ただ音を立てるような勢いで開いた目からは大粒の涙がぼろぼろとこぼれていて、母親がまだ自分の腕をつかんでいると思ってしまった。誰もいない部屋で1人でいるにもかかわらず、その腕を母親に捕まれているという幻覚が消えなかった。逃げて、焦って、それから、つかんでいる母親の手を力の限り枕元に置いてあったナイフで切り付けた。痛みでやっと正常に覚醒したが見たのは、くらりと眩暈がするほどに血を流している左腕だった。布団もベッドも、自分も床まで血まみれだ。はっきり自覚できる程貧血がひどい。またやってしまったな、と思って、でももう何も考えられず、シャワーを浴びて血を流し、まともな止血もせず腕にはバスタオルを巻き、1階のリビングのソファで眠ることにした。

朝になったら、起きて部屋に戻り、その惨状をどうにかしようと思っていた。けれど、貧血のせいか夢見が悪かったせいか、とにかく、人が出てくる時間まで眠ってしまった。腕の血は止まっていたけれどバスタオルでぐるぐるまき、少しだけ漏れた血で服は汚れているし、こんなことをしたのがバレたらまたプロシュートに叱られてしまう。それに、貧血がよっぽどひどいのか、あまりにも血を流しすぎたのか、頭の中がひんやりと冷たくなっていて立ち上がったら倒れてしまいそうだった。つまり、は2つの意味で動けなかった。たぶん私が不安定なままに癇癪を起こしてしまうのを心配してイルーゾォはそこにいるのだろうが、イルーゾォさえ席を立ってくれれば私は最悪倒れてもなんとか這って部屋に戻ることができるのに。ありがためいわくとはこのことだ。さすがに言わないけれど。

しかし、先ほどからイルーゾォは声をかけてくれる。無視しているってわかっているのに話し続けるのは優しさからくるものなので、それをあまり無下にもできないことはわかっていた。イルーゾォは比較的話の分かる奴だ。プロシュートみたいに理由はともかく一喝する、なんてタイプではない。それに、彼が私に声をかける頻度が高くなったのは、私が今みたいな状態になるときは会いたくないメローネかギアッチョの帰宅が近いんだろう。素直に打ち明けて、このことは秘密にしてくれと言いくるめて、さっさと部屋に戻りたい。そんな考えを巡らせていたら、玄関の扉が開いた。

「たっだいま〜」

丸まったの背中が、ソファから落ちるんじゃないかと言うくらいにはねた。イルーゾォは苦笑して、だから起きろって言ったのによォ、と漏らす。おっしゃる通りです。逃げ場のなくなった私がようやく起き上がろうとしたのとリビングにメローネが入ってきたのが同じタイミングで、見えないけれどきっと、すごく意地悪な笑顔を作ったのだろうと気配で感じた。

「あっれぇ、またメンヘラ構ってチャンしてんの?うけるね」
「やめろよメローネ」
「事実だろ?そうやって他人の気を引いて安心したい奴なんだろ、あんた…え?あれ?」

結局動けなかった私は背中を向けて丸まったままだけれど、いつもみたいに突っかかってくるメローネは不審そうに声を止めた。

「あんた、怪我してないか?」
「あ?昨日は休みだったし、んなわけねーだろ」

メローネの鋭い言葉に背中が冷えた。なんでわかったんだろう。私は毛布をかぶっているので、向こうから見えるのはせいぜい髪の毛くらいのはずだ。血は全部洗い流したから今はタオルにすいこまれた分しかないし、絶対に見えないはず。

「こんなに血のにおいさせといてそれはないだろ。おい、何した?」

メローネの足音が近づく。そうだ、私が落ち込んでいる時にはこんな態度だけど、彼は基本的にやさしくて気遣いができるし、それに仲間の怪我や不調に人一倍敏感だった。返事をしない私に会話をする気がないことを察したのか、メローネはリビングを出ていく。部屋に戻ったんだろうなと思ったのが勘違いだとわかったのは、数十秒後、おい!と声を荒げてメローネがリビングに戻ってきたからだった。

「イルーゾォお前、何のんきに座ってんだよ!おま、おまえ、の部屋見てこい」

メローネの剣幕にイルーゾォは何かを察したのか走って部屋を出て行った。メローネは大股でソファに近寄り、もう、白状してしまうと、意地でもなんでもなく、本当に調子が悪くてほとんど動けなかった私を乱暴にソファに押し倒した。冷たい脳がグラリと揺れて、嘔吐感がこみ上げる。見上げたメローネの目に浮かぶのは怒りが9割の心配が1割というところだろうか。腕に巻かれたバスタオルを乱暴にとられて、血でくっついていた傷が音を立てて開いた。とたんにあふれるように出血するのに舌打ちをして剥がしたばかりのタオルで傷口をおさえつけられる。

「あんたさあ、ただ泣いて騒ぐだけならいくらだってやればいいと思ってたから散々からかってたけど、これはダメだろ」

ぎゅうとタオルの上から押さえつけられた腕は折れそうに軋む。深く開いた傷口を押しているので鋭い痛みが襲った。

「痛い、痛いメローネ、離して」
「止血してんの。黙ってて」
「強いの!痛いって、ねえ、やだ」
「うるさい」
「やめてメローネ!痛い、やだ、怖いやめて、やだ」

痛みと恐怖で体が震える。メローネは苦手だ。母親を思い出す綺麗な長い金髪は怖い。今私に乗っかって押さえつける力は男性のものだ。父親と母親を1人で思い出させるメローネはそのすぐつっかかってくる性格を除いたって私にとっては恐ろしい人でしかなかった。血まみれの私の部屋を見て戻ってきたイルーゾォが、私の叫び声を聞いてメローネを引きはがしてくれる。そして私の体を起こして、腕にタオルを巻きなおして、自分で押さえてなと優しく声を掛けながら背中をさすってくれたので、私はなんとか落ち着いて呼吸を整えることができた。けれど、引きはがされたまま立って私を見下ろすメローネはどうしても怖い。

「メローネ、お前やり方を考えろよ。不安定なやつ余計に不安定にさせてどうすんだ」
「そいつが自分で自分のこと傷つけるからだろ」
「やり方を考えろって言ってるんだ、仮にも仲間にそこまで強くあたらなくたっていいだろ」
「…そいつ、俺を見るといつも怯えた目をしやがるからむかつく」
「お前なあ…」

そんな子どもっぽい理由かよ、というのは飲み込んでおく。今ここで波風をたてなくたっていいからだ。がメローネにおびえるのはその生い立ちのせいで、それはメローネだって知っているはずなのに、似ているからって同じじゃないのにとまた子どもっぽい理屈をこねてはにちょっかいを出す。

に影が落ちる位置に立ったままのメローネにもう一度苦言を呈そうとしたけれど、イルーゾォは握りしめたメローネの拳もと同じように震えているのに気づいてしまった。…ああ、そういえばこいつもだったな、と思い至るのと同時にめんどくささに溜息をつく。結局、お互いにお互いのトラウマを刺激し合うからうまくいかないんだ。

めんどくさいところに居合わせてしまったなあと吐き出したくなった溜息をぐっと飲みこんだところで、メローネが口を開いた。

「……怖いならそうやってうずくまって聞いてろ。俺はここにいる全員のことを家族だと思っているし、その中でお前を例外だと思ったりなんかしてない。俺が怖くて怯えるのもわかるけど…それなら、俺がそういうことされるの嫌だって言うのもわかってくれ」
「……う、うん、ごめん、メローネ…」

それだけ言うとリビングを出て行ったメローネは、きっと自室にストックしてある造血剤や傷を縫い合わせる道具を持ってくるつもりだろう。精神を病んだ母親が必死に止めるメローネなんか見えていないみたいに目の前で自殺したなんていう過去は仲間の怪我や病気を人一倍怖がる性質を植え付けたらしく、メローネはどんな怪我だって完璧に治療できる技術を身に着けているから。

立ち去った気配からそれがわかったらしいが、いつの間にか泣き止んで毛布から毛布から顔を出した。

「…イルーゾォ、ごめん」
「ああ、いや…うん、お前らはもう少し、ちゃんと話し合うべきだ」
「うん…」

トラウマなんてものないイルーゾォには2人の気持ちなんてわからない。けれど、理性で考えるのとは別に心の底に居座る恐怖の方が先に表に出てきてしまうのなら…それはあまりにも生きにくいのだろうな、と、近づいてくるメローネの足音に再び顔をゆがめたを見て思った。

嫌いなもの同士