「エホーマキ?」

カタコトな日本語でメローネが繰り返した。

「そうだよ、恵方巻き。その年の神様がいる方向を向いて食べると縁起がいい、っていうやつ」
「ふーん」

あんまり興味はなさそうだな。ぎゅ、と海苔巻きを握りながらメローネを見る。言葉はそっけないけど、意外にもその目は興味津々って感じで私の手元を覗き込んでいた。

「でかっ。それ、そのまま食べるのか?」
「うん。食べきるまで口からだしちゃだめだし、しゃべってもいけないんだよ」
「…へえ〜」

あ、メローネがなんかいやらしい笑い方した。もう、考えてることはわかるんだからね。こういうの好きそうだよね。喜ぶのが想像つくよ。

「…はやく、食べてみてよ」
「メローネがお先にどうぞ」
「そしたら食べてくれる?」
「うん」

素直に海苔巻を1本手に取ったメローネは、それを口にくわえようとして私と目を合わせて、少しだけ考えごとをして首をかしげた。

「エホーってどっち?」
「…さあ?今年の神様がいる方向じゃない?」
「それがどこなんだよ」
「えー、どっちかなあ。ちょっとまって、調べるね」

言われてみれば全く考えてなかった。恵方って毎年どこかわからなくなるよね。えーと、今年の恵方は…。

「あ、待って。俺わかった」
「え?」

携帯を取り出した私に制止をかけて、メローネは大きな海苔巻をぱくりと口にくわえた。片方だけ見える緑の目は私とばっちりあったまま。こっちなの?と聞こうと思ったけど、食べてる間はしゃべっちゃだめだよと言った手前声をかけるのは躊躇われる。海苔巻をくわえてちょっと苦しそうなメローネ、良いかも。

もぐもぐと口を動かして、結構時間をかけてのりまきを食べ終わったメローネは「ゴチソーサマ」と両手を合わせた。日本の挨拶だよって教えたら気に入ったらしくってそれ以来ずっと使ってるそれがカタコトなのは、きっとわざとなんだと思う。

「おいしい!食べにくいけど気に入ったよ」
「これは恵方巻きだから1本のまま食べただけで、普通は輪切りにしてお箸で食べるんだよ」
「へ〜、じゃあ残りのは切ってもいいのか?」
「うん。私も食べたら、切っちゃおうか」

今年の恵方は私の方向らしいので、イスの向きをくるりと変えた。そうしたら、メローネが「あっ!」て声を上げる。

「違うよの恵方はこっち」
「え?だってメローネ私の方向いて食べたでしょ」
「縁起の良い、神様のいる方向だろ?」

にっと目を細めるのは、なんか企んでる時の顔。わかっていたけど、どう続くのかわからなかったから黙って聞くことしかできなかった。

「俺にとって縁起の良い神様はだからね」
「……じゃあ、私もメローネの方むいて食べよ」

ベネ!って笑って両肘をついて頬杖をついたメローネが楽しそうに見つめてくる。そんなにみられると食べにくいんだけど、私は自分用にとっておきの恵方巻きを作っておいた。具材を小さくして、できるだけ細く握った短い海苔巻。それを見たメローネは「ずるい!」って声を上げたけど、恵方巻きに太さも長さも規定なんてないんだぞ。私は日本にいたころは納豆巻きを食べてた。美味しいよね、納豆巻き。

大口開けて食わるのを期待してただろうけど、残念だったね。って気持ちでメローネをみれば、それでも「長さがリアル」「余裕な表情もなかなか…」って呟いていたので、変態ってなんでもいいのかもしれないなって思った。たくましいなあ。

お互いの恵方を向いてのりまきを食べ終わったので、のこりは輪切りにして夜ごはん。食べやすくって美味しくて、とっても気に入ったらしいメローネは歯を磨いてお風呂に入ってベッドに入るまでなんだかずっとご機嫌だった。

、また来年も俺の恵方として俺の前にいてくれよ」
「当然でしょ。メローネも、また来年も、再来年も、ずーっと一緒にいてよね」
「…ん」

そっと抱きしめられて、額に小さなキスがふってきた。ああ、メローネ、なんか幸せだね。来年も一緒に、恵方巻き食べよっか。