アジトのリビングに行ったら、メローネが一人ソファに座ってパソコンをいじってた。足音を立てて気配も消さずに来た私に気づいていないはずがないのに顔をあげもしない。別にかまって欲しいわけではないしメローネに用はなかったけど、私の用事は今メローネが座っているそのソファにあった。

「メローネ、そこどいてくんない」
「なんでだよ」

そりゃそーだ。メローネの言うことはごもっとも。アジトのリビングにはソファがいくつかあるけれど、三人が並んで座れる1番大きなソファにメローネは座っていた。テーブルの短い辺を挟んで向き合うように置かれたソファは一人がけだし、もう一つの長辺側に置かれたソファは二人がけで、その間に仕切りがある。つまり、徹夜で仕事を終えて帰ってきてリーダーに報告をして、もう自分の家に帰る元気もない私がここで仮眠を取るには、1番大きなソファの端に座るメローネが邪魔だった。

「徹夜なの、そこで寝たいからどいてよ」
「それが人にものを頼む態度か?」
「どいてくださいメローネさま、邪魔です」
「気に入らないな」

会話はしているけど、メローネはこちらに顔を向けないし手もとめない。これは話したって無駄そうだ。一人がけソファに座って眠ってもいいけれど、あとから体が痛くなるのは面倒だ。夜通しでこなした仕事は張り込みも必要で、同じ姿勢でしばらくじっとしていたこともあって私はどうしても横になりたかった。

ソファを空ける気がないのなら仕方ない。

多分、私はあまりの眠気に判断力が弱っていたのだと思う。どかないのなら仕方ない、覚悟はいいか?私はできてる。私は作業中のメローネの横に膝をついて、そのまま膝と腕の間に頭を突っ込んだ。顔はお腹に向けて、いわゆる膝枕の体制になる。

さすがにメローネも驚いたのか、一瞬「おい、」と私を呼んでパソコンを触る手をとめた。今更どけって言ってもどかないぞ。メローネもどかなかったんだから、私だってどけるつもりはない。頭を掴んで落とされそうになったので慌てて体に手を回した。この体制で落とされたらテーブルにぶつかるだろ。硬い床にぶつかるのも絶対に痛い。私が絶対にどかないつもりだとわかったのか、メローネは少ししてから隠しもしないでため息をついて、パソコン作業を再開した。どうやら膝枕は受け入れられたらしい。

メローネの太ももは寝心地がとっても良くなかった。なぜか細身のイメージがあるのに、意外と太いから高さがあるし筋肉でかたい。

「寝心地悪い、メローネの足かたい」
「じゃあおりろよ…」
「やだ、私は寝るの」

正直ここで眠れる気はしなかったけれど、おなじく鍛えられた剥き出しの腹筋に額を押し付けるとメローネのにおいがして、温かい体温は眠気を誘った。
膝の上から見上げれば、長いまつげが瞬きと一緒に動くのが見える。まつげ、長いんだよなあ。私が毎朝必死に長く見えるように努力しているというのに不公平ではないか。まつげなんて暗殺者には必要ないだろう。…これは一生懸命顔をつくる私に向かってプロシュートが鼻で笑いながら言った言葉だ。許せなかったのでさすがに殴りかかって返り討ちにあった。プロシュートは女が相手でも容赦ない。これは余談だ。

近くでキーボードの音がしても、メローネの何故か少し速めな心臓の音が体越しに聞こえても、枕にした太ももがかたくても、本能である眠気を妨げることはできないらしい。気づけば薄っすらと眠りに片足を突っ込んでいたのだけど、ふいに頬にかかった違和感で意識が覚醒して少し身じろいだ。せっかく眠れそうだったのに今のは何だ。

体は起こさず目も開けず、その違和感に集中する。頬にふわふわ当たるそれがメローネの髪の毛だと気づくのはすぐで、邪魔くさいなあと思いつつもそれを言えば今度こそ叩き落とされるかもしれないので再び眠りにつく努力をすることにした。
ちょっとくらいむずむずしたって気にすることはない。そういうものだと思ってしまえばどうってことない話。眠たいんだけど、そういえばお腹も空いたなあ。気を利かせたリーダーがお昼すぎに私を起こして、ご飯なんか作ってくれないかな。そんなことを考えていたら、すっかり夢の世界に入り込んでいた。





「おい、起きろよ」
「んん…」
、起きろって言ってんだろ」

メローネの声かな。頭を預けていた膝がゆらゆら動いたので少し強引に夢の世界から引き離された。

「いま……なんか、…すごく大きいメロンが襲いかかってきて、脳みそが…メロンに……」
「…」
「………いいにおいがした…夢、か」

もごもごと自分が分けのわからないことを言ってる自覚はぼんやりあった。私を見下ろすメローネの怪訝な視線からも明らかだ。

「リーダーが昼飯作るからそろそろ起こせって」
「ああ………うーん、今何時?」
「13時過ぎ」

帰ってきて報告を終えたのが朝の7時くらいだったので、結構寝たみたいだ。起きたほうがいい時間だな。メローネの体の方を向いていた体を起こして上を向く姿勢に直ると、パソコンはもうやめたのかメローネの手には文庫本が収まっていた。することがなくなっても、私のこと起こさないように座っていてくれたんだろうか。なんだかんだ言いつつも優しいよね。良い奴だ。

「ふぁ…、起きるかあ…ご飯なんだろう」

メローネの上で伸びをした。私は体があまり大きくないので、このソファでも足が少しはみ出るくらいで問題なく眠ることができる。特に体も痛くないし、ほどほどに良い睡眠がとれてよかった。

私が目を覚ます気になったからか、メローネはもう文庫本に視線を戻している。振り落とされないので、私はまだここにいても良いのかなと思いながらその目を見つめていた。メローネの緑色の虹彩が文字を追って上下する。まつげも長くて綺麗なのに、瞳まできれいなのはずるい。女の私の立場がない。だいたいメローネといいプロシュートといい、このチームには顔の良い男が揃いすぎているのだ。私は「今日から君は暗殺チームだ!」って言いながらよくわからないテンションの幹部に連れられて初めてこの人たちに会ったとき、「あれ、暗殺というのは聞き間違いで、アイドルチームだったかな?」って思ってそのことを素直に口に出して開口一番にバカにされた思い出があるのだけど、あれは今思っても仕方のないことだ。

「メローネってさあ、まつげ長いし、目の色も綺麗だね」
「そうかい?」
「うん、プロシュートもそう。顔も小さくてモデルみたい」
「…"え、聞き間違えてましたかね。アイドルさんのチーム?私はマネージャー役ですか?"」
「うわああああ!!やめてやめて、だってあのときは本当にそう思ったんだよ!」
「そうかよ。…で、あんたはいつまでそこにいるんだ?」
「ん?」

私の心の傷、通称黒歴史をぐりっとえぐったメローネは目を向けていた文庫本を閉じて、膝の上にいる私の頭を叩いた。今の背表紙でしょ。結構痛かったぞ。

「いつまで膝を貸していればいいんだ、って言ったんだ。いい加減疲れてきたんだが」
「……あ、ああ、なるほど」

数時間も頭をのせていればいくらメローネでも足がしびれたりするのかもしれない。足がしびれて動けないメローネとかすっごく面白い!と思って手を伸ばしてつま先に触れてみたけど、別に痺れたというわけではないみたいだった。がっかりした。

「何を考えてるかはわかるからな」
「あ、はーい。すみません。お邪魔しました…」

起きたのにそこにおさまっているのは、よく考えれば恋人同士がべたべた甘えてるとかそういうシチュエーションに見える気がする。そう思ったらちょっと頬が熱を持った気がして慌てて起き上がった。ちょっとだけ目眩がしてふらりとしたのを、さりげなく腕を回して支えてくれるメローネってちょっとどころじゃなく優しいのかもしれない。

「あれ、メローネ髪どうしたの」

起き上がってやっとうまく働き始めた頭が、メローネの結ばれた髪の毛に気づいた。珍しい。どんなに邪魔くさそうでもいつだって髪の毛を前に垂らしたままで、見ているこっちがもやもやするくらいなのに。

「別に」
「ふーん、なんか新鮮でいいんじゃない?いつもそうしてたらいいのに」
「癖がつくだろ」

髪に癖つくのが嫌なのか。こだわりの強いメロンだな。珍しいから見ていたら、嫌そうな顔をしながらほどかれてしまった。全然癖なんかついてない髪の毛がサラリと体の前に流れる。そういえば眠るとき、メローネの髪の毛がかかってちょっと邪魔くさかったな。あ、もしかしてだからかな。私がすこしくすぐったそうに動いたの、きっとメローネなら気づいたはずだ。文句を言いながらも疲れた私に膝枕をしてくれて、起きるまでそこにいてくれて、叩き落さずに優しく起こしてくれる。そんなメローネが髪の毛を上げているなら、それもきっと私のためだろう。なんでだろう、ちょっと嬉しいかもしれない。

「寝るとき、メローネの髪ちょっとくすぐったかったの」
「そう」
「だから結んでくれたんでしょ」

グラッツェ。そう言ったら、メローネは珍しく口ごもってふいと視線をそらして誤魔化した。…まあ、いいけど。そんな態度は肯定にしかならないよ。にやにやしそうな口元はがんばって抑え込んだ。怒られたらいやだからね。

リゾットの呼ぶ声が聞こえたので、ごはんができたと思ってソファを飛び降りてキッチンに走る。目を逸らして向こうを見ているメローネは閉じた文庫本を開きなおして続きを読んでいる、という風を装いたいみたいだけど、さっき閉じるときにしおりなんか挟んでいないのを私はちゃんと見たし、読み終わりの厚さが全然違うよ。

堪えたはずのにやにやをリゾットに指摘されて恥ずかしかったけど、様子のおかしさはメローネも指摘されていたのでまあいいや。リゾットのリゾットはいつも通りにおいしいし、メローネは優しかったし、しんどい仕事の後の癒しとしては十分だった。寝心地が悪くてかたい膝枕、またしてもらえるといいな。