恋人に振られた。そう言って泣きじゃくるを、暗殺チームの面々は表面上は慰めつつも内心ではうんざりしていた。前回は先週の真ん中あたりだったな。またか。

「わ、私、大好きだったのに…他の女がいるって…」
「お前なあ、数日前まで別の男がいた奴のセリフか?」
「う、うるさいホルマジオ、いいから黙って慰めなさいよ…かわいそうな、相手の男の見る目がなかったんだねって、言いなさいよ…」
「あーはいはい、本当にかわいそうな女だなァおめー」
「全然違う…!」

わーん!と泣き声を大きくするに、ギアッチョが舌打ちをしてホルマジオを蹴った。なんで俺なんだよ。お前が余計に泣かせたんだろ。その騒音にうんざりしたように、ギアッチョは乱暴に扉を閉めリビングを出て行った。

はいつも恋人に振られている。1週間に1度くらいのペースだ。振られた恋人の数はざっくり見積もっても100人を超えている。そのたびにアジトで大泣きするのだから面倒極まりない。そのうえ。

「ほん、とうに、見る目がない男だわ…私の好きになる人っていつもそう…だからこうして持ち帰っちゃうのよ…」

振られるたび、その相手の目玉をくり抜いてくるのだからタチが悪い。

のスタンド能力、グラスアイ・ドールは名前の通り人形の形をしたスタンドだ。その美しい顔の両目には、今は先日振られたばかりと言う男の目玉がはめ込まれている。本来のスタンドには眼球がない。の能力は、狙った相手の眼球を抉り出し人形にはめると、その胴体が見ている景色が見えるというものだった。目玉を抉り取られた人物にはスタンドでできた新たな目玉が24時間だけ与えられる。その間は目玉がすり替わっていることに気が付かないが、24時間たってそれが消滅すれば目玉は永遠に相手の顔から失われたまま、の手元に残ることになる。

初めてそのスタンド能力を知らされ、間近で見たときに湧き上がった恐怖は暗殺を生業とする自分らしくなく、本能レベルで「こいつはヤバイ」と逃げ出しそうになったほどだった、というのはメンバー全員の総意だった。しかし敵組織の内部事情を知るのには何よりも役に立つスタンドだった。最初だけ、相手の眼球を抉り取る射程50cmに近づいてしまえばいいだけだ。あとは勝手に相手が歩き回り内部のことを教えてくれる。

「ああもう、ほら、わたしがいるっていうのに…他の女のところに行って…何するつもりなのかしら、何ってナニよね、はあ…ゆるせない、もう、ああ、っふ、う、うううう…」

泣きながら振られた男の眼球をはめ込んだ人形を抱きしめる女。あまりにもクレイジーだ。

その視界の共有は脳で直接処理できるにもかかわらず、今はリビングの白い壁に投影されている。見知らぬ男の身体の視線で、一糸纏わぬ女に縋りつき頻繁にブレる映像は彼が今何をしているのか、あまりにもわかりやすく教えてくれる。それに真剣に食いついてみているのは、泣いているとメローネだけだった。

「本当に見る目のない男だな、こんな女よりの方がずっと可愛いし、良い身体してるぜ」
「ありがとメローネ……、で、でも、彼は私より、この女がいいんだわ…」

振られたが厄介なのは、いつだって振られる原因が相手の浮気であり、そしてその浮気相手の情事の映像を「1人で見るのはつらい」と言いながらリビングで流すところだった。毎度毎度、アジトのリビングで素人のそれを見せられるメンバーの気持ちにもなってほしい。

それでもほとんど文句を言わず、重苦しい空気の中時々やる気のない慰めの言葉をかけつつもそばにいるのは、一応はチームのメンバーとしてのことを大切に思っているからだった。

「はあ…もうやだ、見てらんない…もうやめよ…」

ふいに呟き、がグラスアイ・ドールの目元を覆う。その手には外された目玉。ご愁傷様。彼の目玉はたったいま消滅し、その体の下であられもない姿をさらしていた女を恐怖させているのだろう。

「素敵な瞳の人だったのに…」
「なあ、参考までに教えてくれよ。はディモールト良い女だけど、とっかえひっかえ週替わりで男を捕まえるとっておきの殺し文句。あるんだろ?」

それは単純な興味だった。メローネやプロシュートは容姿が良く、1人で歩いていれば逆ナンされることもあり女には困らない。それでも毎週のようにとっかえひっかえ相手を作ることは簡単ではないから、もう何年もそれを続けているの男を捕まえるテクニックには昔から興味があった。
今日は泣いてはいるものの、なんとなく浮気男っぽい雰囲気を感じてはいたというはいつもよりは気分の沈み込みも浅ければ癇癪を起してもいない。いいチャンスだと思った。

はしばらく考えた後、メローネのマスクに手をかけそっと外す。驚いたようなメローネの大きく広がった目元を指でそっと撫でて、それから両手で頬を包む。泣いて潤んだグリーンの瞳は宝石みたいに輝いて見つめてきて、ハッとするほど綺麗なやわらかい笑みを浮かべた。世界中のすべてを敵に回したって、俺のことをただ純粋に真っ直ぐ愛し抜いてくれるのかもしれない。そんな途方もないことを信じてしまいそうな目だ。ゴクリと喉が鳴った。その喉の動きにますます気を良くしたようにすっと目を細めて、脳が溶けてなくなりそうなほど甘い声を出した。

「メローネ、あなたの瞳ってとっても素敵…。あなたの瞳には、この世界ってどんなふうに映っているのかしら?私、見てみたいわ」

グラスアイ・ドールが目玉を抉り取ることができる射程は50cm程度。瞬間移動とも思える速度でその距離をあけたメローネは当然ソファから落ち尻もちをついて、バタバタと部屋の1番奥まで逃げてもまだ心臓がバクバクと音を立てて加速していた。あまりにも美しく甘い声でとろけそうになった脳が、奥底から逃げろと警告するその恐怖で。

「…マジ、じゃないよな」
「あはは、何、びっくりしすぎ!とらないよ。メローネだって私を母体にはしたいとは思わないでしょ?」
「いや…うん、うーん?どうだろう。なってくれるっていうなら考えるけど、なりたくないだろ?」
「うん、なりたくないわね。私も同じ。メローネは目玉えぐられたくないでしょう?だからしないわ」

もう泣いていない顔はおかしそうに無邪気な笑顔になっていて、「これ飾ってくる」と手のひらの中の目玉を見せながらリビングを出て行った。の部屋の壁一面に並べられた結晶化した眼球のコレクションに加えられるらしい。任務で手に入れたどうでもいい目玉なんかは、1つの大きな箱に乱雑に放り込まれているので、壁に飾られることになったその青い瞳は本当にお気に入りだったのだろう。

きっと彼女は、別にその男のことを人間として愛していたわけではないのだろうな、というのが全員の認識だった。今回に限らず、今までもずっと。街で好みの瞳と目があって、それをコレクションに加えるために近づいて、そしてその恵まれた容姿で一瞬で心をつかんだら目玉だけをいただいて帰る。毎回振られる理由が浮気というのも、そうなるよう仕組んでのことなんだろう。そうやって集めた100対を超える瞳に見つめられながら、今日も彼女は眠るのだ。

「はー、こえー女…」
「一生言われたくねぇ口説き文句だったな」
「でも、ディモールト興奮した…やっべぇ……」