「ねえ、埼京知らない?」
「・・・知らない」
「へえ?そっか」
ふうん、と何か言いたげに眼鏡をかけ直した京浜東北から視線を戻すと、目の前に左右対称に座った、けれど表情だけは正反対な2人が目に入る。にこにこと胡散臭い笑みを浮かべていた宇都宮がおかしそうに咽の奥で笑う。ほんと感じ悪い奴だなこいつ。
「君さ、嘘吐くの下手だよね」
「そんなもの上手くなりたくないわよ。宇都宮みたいにはなりたくないの」
「そりゃいい心がけだと思うぞ」
私の意見に肯定的な言葉を零した高崎は、自分の方に顔を向けた宇都宮から一歩引いて視線を反らした。へえ、そんな風に思ってたの?なんて楽しそうに尋ねる宇都宮は心の底からサディストだと思う。からまれてしまった(いつもだけど)高崎に心の中でご愁傷様です、と告げると、私は静かに部屋を出た。
暗く静かな廊下には私の足音しか響かない。もう真夜中だ。今日、というか昨日の終電近くに起きた踏切事故の遅延やら何やらですっかり遅くなってしまった。直接関係ないのに煽りをくらってしまった埼京の機嫌はそうとう悪かったらしく、くわえて夜更かししすぎて眠さの限界だった彼はすっかりへそを曲げた。そして何を思ったか、私の部屋にやってきて匿ってくれと頼んできたのだ。
女の子の部屋なら誰も強制捜査には踏み込まないと言い切った埼京は、私の返事も聞かずに部屋に入ると、寝室にかかっている自分の寝巻(古くて長いTシャツ)に着替えてとっととベッドに入ってしまった。無理矢理起こしても機嫌を損ねてしまうし、かと言って私も休むわけにはいかない。仕方なく眠ってしまった埼京を放置して仕事に戻ったはいいものの、全員が全員それに気づいているのだからたまったもんじゃない。
書類の整理も終わったし、明日の運行に支障がでないのならそれで良い。一人早目に仕事を切り上げた私は、自分の部屋に帰ってきてそのありさまに絶句した。玄関を開けたとたんにおってくる、強烈なアルコールの匂い。
「埼京・・・?何してるの・・・」
恐る恐るリビングに踏み込むと、ひとりで酒を飲んでいる埼京の姿。テーブルの上には空っぽと思われる甘ったるいチューハイの缶がすでに両手指では足りない数。つい、と顔をあげた埼京の目はとろんとしていて、眠たいのに無理して起きて飲んでいるのが丸わかりだ。
「あー、、どこ行ってたのさ、おれおいて、」
ろれつが回っていない。隣に座った私の腰に腕を回すと膝に頭を乗せ、あったかいね、なんて言って見上げてくる。
「これ全部1人で飲んだの?お酒弱いのに」
「がいないからだよ・・・、ひとりにしないでよ」
消えそうな語尾に込められた、寂しかったという感情。ああもう、ほんとずるい。何この子。ごめんね、と頭を撫でれば、一緒に寝てくれるならゆるしてあげる、ともそもそと膝の上で呟く。しょうがないなあと笑えば、少し目が覚めたようでがばっと体を起こす。
「、ね、おれもう眠いから。寝よ?」
「うん。ねえ、寂しかった?」
そんなこと解りきっているのに。ベッドに上がってこっちを見ている埼京の方を見ずにそう言うと、珍しく埼京が何の言葉も返さない。
「埼京?」
振り向くと、そこには布団にもぐってしまっている埼京。寝ちゃったのか、と思い着替えてベッドに入ると、ぎゅうと腰に手が回される。痛いくらいの力は、やっぱり男の子なんだなあと感じてしまう。
「おやすみ、埼京」
小さく呟くと、やわらかい髪をそっと撫でる。ん、と小さな声を漏らして胸に頭を埋めると、それがその夜最後の記憶。
[おやすみ、良い夢を]
(・・・寂しかったに決まってるだろ、バカ)
眠ってしまったに、眠っていたはずの埼京の呟き。
「・・・知らない」
「へえ?そっか」
ふうん、と何か言いたげに眼鏡をかけ直した京浜東北から視線を戻すと、目の前に左右対称に座った、けれど表情だけは正反対な2人が目に入る。にこにこと胡散臭い笑みを浮かべていた宇都宮がおかしそうに咽の奥で笑う。ほんと感じ悪い奴だなこいつ。
「君さ、嘘吐くの下手だよね」
「そんなもの上手くなりたくないわよ。宇都宮みたいにはなりたくないの」
「そりゃいい心がけだと思うぞ」
私の意見に肯定的な言葉を零した高崎は、自分の方に顔を向けた宇都宮から一歩引いて視線を反らした。へえ、そんな風に思ってたの?なんて楽しそうに尋ねる宇都宮は心の底からサディストだと思う。からまれてしまった(いつもだけど)高崎に心の中でご愁傷様です、と告げると、私は静かに部屋を出た。
暗く静かな廊下には私の足音しか響かない。もう真夜中だ。今日、というか昨日の終電近くに起きた踏切事故の遅延やら何やらですっかり遅くなってしまった。直接関係ないのに煽りをくらってしまった埼京の機嫌はそうとう悪かったらしく、くわえて夜更かししすぎて眠さの限界だった彼はすっかりへそを曲げた。そして何を思ったか、私の部屋にやってきて匿ってくれと頼んできたのだ。
女の子の部屋なら誰も強制捜査には踏み込まないと言い切った埼京は、私の返事も聞かずに部屋に入ると、寝室にかかっている自分の寝巻(古くて長いTシャツ)に着替えてとっととベッドに入ってしまった。無理矢理起こしても機嫌を損ねてしまうし、かと言って私も休むわけにはいかない。仕方なく眠ってしまった埼京を放置して仕事に戻ったはいいものの、全員が全員それに気づいているのだからたまったもんじゃない。
書類の整理も終わったし、明日の運行に支障がでないのならそれで良い。一人早目に仕事を切り上げた私は、自分の部屋に帰ってきてそのありさまに絶句した。玄関を開けたとたんにおってくる、強烈なアルコールの匂い。
「埼京・・・?何してるの・・・」
恐る恐るリビングに踏み込むと、ひとりで酒を飲んでいる埼京の姿。テーブルの上には空っぽと思われる甘ったるいチューハイの缶がすでに両手指では足りない数。つい、と顔をあげた埼京の目はとろんとしていて、眠たいのに無理して起きて飲んでいるのが丸わかりだ。
「あー、、どこ行ってたのさ、おれおいて、」
ろれつが回っていない。隣に座った私の腰に腕を回すと膝に頭を乗せ、あったかいね、なんて言って見上げてくる。
「これ全部1人で飲んだの?お酒弱いのに」
「がいないからだよ・・・、ひとりにしないでよ」
消えそうな語尾に込められた、寂しかったという感情。ああもう、ほんとずるい。何この子。ごめんね、と頭を撫でれば、一緒に寝てくれるならゆるしてあげる、ともそもそと膝の上で呟く。しょうがないなあと笑えば、少し目が覚めたようでがばっと体を起こす。
「、ね、おれもう眠いから。寝よ?」
「うん。ねえ、寂しかった?」
そんなこと解りきっているのに。ベッドに上がってこっちを見ている埼京の方を見ずにそう言うと、珍しく埼京が何の言葉も返さない。
「埼京?」
振り向くと、そこには布団にもぐってしまっている埼京。寝ちゃったのか、と思い着替えてベッドに入ると、ぎゅうと腰に手が回される。痛いくらいの力は、やっぱり男の子なんだなあと感じてしまう。
「おやすみ、埼京」
小さく呟くと、やわらかい髪をそっと撫でる。ん、と小さな声を漏らして胸に頭を埋めると、それがその夜最後の記憶。
[おやすみ、良い夢を]
(・・・寂しかったに決まってるだろ、バカ)
眠ってしまったに、眠っていたはずの埼京の呟き。