「ねえ、」

なあに、と振り向いた唇をふさがれて、まだ仕事中なんだけど、と睨んでやる。そんなことで怯む上越じゃないのはわかっているので謝罪も反省も期待しないけれど、本当にこの気まぐれは何とかしてほしい。高速鉄道ならまだしも在来線の前でまでこんななのは困る。

「今日は何の日だ?」

「えー…。月末?」

今日は10月31日。特に思い当たることもないので適当に答えると、上越はいやらしい笑みを浮かべた。あ、これ、まずいかもしれない。何かをたくらんでる目だ。何よ、と言い返す前に、上越がずいと両手を差し出した。

「ハロウィンだよ、トリックオアトリート!って知らない?覚えてないんだよね、お菓子もないんだよね?」

「…ああ」

そういえばそんなイベントもあっただろうか。最近はクリスマスやバレンタインなどのイベントほどではなくともこの時期になるとその装飾を見かけることが多くなった。何であれイベントで押し売りたい商戦なんだろうな、なんて考える思考は冷めていて自分でもおかしい。

それにしても、悪戯を正当化したいだけのハロウィンににこにこしている上越を見やる。何してほしい、なんて悪戯を尋ねるのだから達が悪い。何を拒否したってしかけてくるし、それを私が拒否しきれないのも気づいているのだ。

にはね、やっぱり特別な悪戯がいいと思うんだ」

「ちょっと待ってよ」

何、何してほしいの、なんてきらきらした目で見つめてくるから、ポケットに手を突っ込んで飴を渡す。ん、と口の中でそれを転がした上越が、小さな声で「かぼちゃ、」と呟く。

「朝うちの駅員にもらったの。それあげる」

「…悪戯できないじゃない」

「だからあげたんでしょう」

元々はお菓子をもらうのが目的でしょう、と言えば上越はこどものようにむくれてみせて、けれどすぐにまたにやりと笑顔に戻る。ぐいと後頭部をひかれて、上越の胸板にぶつかる。

頭1つ分以上大きな上越に抱きしめられると、普段から感じている身長差が際立って恥ずかしくなる。大きいってだけで、かっこいい気がしてしまうのだ。何、と無理矢理顔をあげると、休日の前の夜中に見せるような笑みをうかべた表情が見える。

ちらりと赤い舌が見えて、ごくりと咽がなった。ああもうくやしい、結局我慢できなかったりするのはいつだって私なのかもしれない。降ってきたキスを甘受して、自ら舌をからめる。カチ、と歯に小さな塊がぶつかって唇を離す。口内にひろがったのは甘いかぼちゃの味で、何これ、と潤んだ目で見上げてやる。それが上越を煽ることになると自覚しながら。

「返すからさ、…悪戯させてよ」

いいよ、なんて素直に言うのは悔しいから、覗き込むように目を見る上越に、自分からもう一度キスをしてやった。