私の眠るベッドのすみに座ってにこにことこっちを見ている男は、よっぽど楽しいのか先ほどから何を言っても上機嫌。帰れ邪魔だ鬱陶しい、どれに対してもうんうん、と笑顔付きの返事が返ってくる。こうして楽しむだけなら本当に帰れ!と怒鳴りつけてやりたくなる状況だが、今の私にそれは出来ない。はあ、と小さなため息を吐けば、楽しそうな表情は一瞬だけ引っ込んで「大丈夫?」と心配そうな顔になる。上越は私のおでこでぬるくなったタオルを取ると、氷水で冷やされたもう一つのタオルをぴたりと同じ場所に乗せる。気持ちいい、と言えば、まだ熱がある証拠だね、と苦笑する。
私は絶賛風邪引き中だった。
「上越、退屈じゃないの?」
「そんなことないよ」
再び元のにこにこ顔に戻った上越は、布団をめくろうとした私の腕をしっかりと抑えつける。ちゃんと寝てなきゃだめだよ、とやんわり体を倒すと、こんな弱々しい珍しいからね、とやはり嬉しそうな声で言った。
「彼女が風邪ひいてるっていうのに楽しそうだね」
「弱ってるも可愛いよ」
「・・・うれしくない」
「僕は楽しいけど」
「なによそれ、意地悪」
上越のばかー、と呟くと、には言われたくないよ?なんてさらりと失礼なことを言ってくる。ほんと、彼女に対する扱いじゃないよね。
「ねえ、仕事は大丈夫なの?」
「は気にしなくていいよ」
大丈夫、と言わないところを見ると大丈夫じゃないんだろう。もしこんな時に大きな事故があったら、東海道だけじゃ絶対に振替は出さないだろうし、それ以前に仕事が終わっていない時間にここにいるってことは上越はつまりサボっていることになる。今頃東海道辺りは怒り狂ってるんだろうな、と思うと少しおかしくて、それを必死になだめる山陽とか山形の姿が浮かぶ。
頭に浮かぶその楽しそうな光景に、私はふと違和感を感じた。
その楽しそうな想像には、私の姿はない。当たり前だ、私は今ここで寝ているのだから。しかし上越は。その想像の世界でも東海道に名前を呼ばれ、ちゃんとそこにいる。彼らのことを考える時に、ごく当たり前のようになじんでいるのだ。
私がいなくても楽しそうな、私にとって日常の世界。熱があるせいかもしれない、こんなことを考えるなんて。
僅かに表情を曇らせたのを見逃さず、上越は「どうしたの?」と声をかけてくれる。
「やっぱり辛い?」
「ん…、だいじょうぶだよ」
笑って返したつもりだったけど、上越の表情が僅かに歪んだ。あれ、笑えてなかったのかな?なんだかもやもやしてきて、じょうえつ、と彼の手を握る。本当にどうしたの、と姿勢を低くする彼にさっきまでのからかうような雰囲気は一切なく、やっぱり心配してくれてるんだなあと安心する。
「私がいなくてもさ、誰も困らないんだね」
小さく、聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。けれど彼は私の言葉を聞き逃したりしない、絶対に。急に険しい顔になったかと思うと、、と咎めるような声色が降ってくる。私から握ったはずの手は気づけば彼の手の中におさまっていて、ぎゅうと痛いくらいの力で握りしめられる。
「、「せんぱいっ!」
彼が私を呼ぶ声と、ガラリと扉が開いて長野が私を呼ぶ声は綺麗に重なった。ほとんど額がくっつきそうな位置にいた上越はゆっくりと顔をあげると、ノックくらいするべきだよ長野、と小さな長野のおでこをつついた。ごめんなさい、じょうえつせんぱい。泣きそうな顔で謝る長野に、どうしたの?と尋ねる。
「あ、せんぱい、とうかいどうせんぱいから伝言です」
「東海道から?なんだろ」
何かあったかなあ、と上越を見ると、わからない、といったように肩をすくめて見せた。
「せんぱいがいないとみんながそわそわして落ち着かないから、早く治してください。だそうです」
僕もさみしいです、と長野は最後に小さく付け足した。じわりと、熱のせいでなく胸があったかくなる。長野は心配そうな顔で「でも無理はしないでほしいです」と急いで付け加えた。
「ありがとう、長野。明日にはちゃんと元気になってるよ」
「そうだね、僕が治してあげる」
頼もしいね、と上越に笑いかけると、当たり前でしょ?と柔らかく笑う。長野はそんな私たちを見ておろおろすると、伝言は以上です!と言ってぱたぱたと部屋を出て行ってしまった。それを見た上越が「子供に気を使わせちゃった」と悪びれもなく言うから、明日は長野の大好きなお菓子を持って行ってあげよう。
「ね、」
「ん」
「はね、必要なんだよ。
僕にとっても東海道にとっても長野にとっても、他のみんなにも。みんなみんなが大好きだから」
一番のこと愛してるのは僕だけどね?最後に一言付け加えると、ぽかんとした私のおでこのタオルを取った。
「明日には絶対なおさなきゃね」
「治してくれるんでしょ?」
「うーん、僕がいると逆に熱あがりそうだよね」
くすくすと笑う上越に同じく笑って返すと、ぴたりと再び冷えたタオルが飛んできた。ほら、まだお昼すぎたばっかりだから、寝てなさい。子供にするように布団の上からからだをとんとんとされると、だんだんと眠たくなってくる。
次に目が覚めたら、元気にありがとうを言えるように。たまには休んだっていいのかもしれない。
[臨時休暇]
私は絶賛風邪引き中だった。
「上越、退屈じゃないの?」
「そんなことないよ」
再び元のにこにこ顔に戻った上越は、布団をめくろうとした私の腕をしっかりと抑えつける。ちゃんと寝てなきゃだめだよ、とやんわり体を倒すと、こんな弱々しい珍しいからね、とやはり嬉しそうな声で言った。
「彼女が風邪ひいてるっていうのに楽しそうだね」
「弱ってるも可愛いよ」
「・・・うれしくない」
「僕は楽しいけど」
「なによそれ、意地悪」
上越のばかー、と呟くと、には言われたくないよ?なんてさらりと失礼なことを言ってくる。ほんと、彼女に対する扱いじゃないよね。
「ねえ、仕事は大丈夫なの?」
「は気にしなくていいよ」
大丈夫、と言わないところを見ると大丈夫じゃないんだろう。もしこんな時に大きな事故があったら、東海道だけじゃ絶対に振替は出さないだろうし、それ以前に仕事が終わっていない時間にここにいるってことは上越はつまりサボっていることになる。今頃東海道辺りは怒り狂ってるんだろうな、と思うと少しおかしくて、それを必死になだめる山陽とか山形の姿が浮かぶ。
頭に浮かぶその楽しそうな光景に、私はふと違和感を感じた。
その楽しそうな想像には、私の姿はない。当たり前だ、私は今ここで寝ているのだから。しかし上越は。その想像の世界でも東海道に名前を呼ばれ、ちゃんとそこにいる。彼らのことを考える時に、ごく当たり前のようになじんでいるのだ。
私がいなくても楽しそうな、私にとって日常の世界。熱があるせいかもしれない、こんなことを考えるなんて。
僅かに表情を曇らせたのを見逃さず、上越は「どうしたの?」と声をかけてくれる。
「やっぱり辛い?」
「ん…、だいじょうぶだよ」
笑って返したつもりだったけど、上越の表情が僅かに歪んだ。あれ、笑えてなかったのかな?なんだかもやもやしてきて、じょうえつ、と彼の手を握る。本当にどうしたの、と姿勢を低くする彼にさっきまでのからかうような雰囲気は一切なく、やっぱり心配してくれてるんだなあと安心する。
「私がいなくてもさ、誰も困らないんだね」
小さく、聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。けれど彼は私の言葉を聞き逃したりしない、絶対に。急に険しい顔になったかと思うと、、と咎めるような声色が降ってくる。私から握ったはずの手は気づけば彼の手の中におさまっていて、ぎゅうと痛いくらいの力で握りしめられる。
「、「せんぱいっ!」
彼が私を呼ぶ声と、ガラリと扉が開いて長野が私を呼ぶ声は綺麗に重なった。ほとんど額がくっつきそうな位置にいた上越はゆっくりと顔をあげると、ノックくらいするべきだよ長野、と小さな長野のおでこをつついた。ごめんなさい、じょうえつせんぱい。泣きそうな顔で謝る長野に、どうしたの?と尋ねる。
「あ、せんぱい、とうかいどうせんぱいから伝言です」
「東海道から?なんだろ」
何かあったかなあ、と上越を見ると、わからない、といったように肩をすくめて見せた。
「せんぱいがいないとみんながそわそわして落ち着かないから、早く治してください。だそうです」
僕もさみしいです、と長野は最後に小さく付け足した。じわりと、熱のせいでなく胸があったかくなる。長野は心配そうな顔で「でも無理はしないでほしいです」と急いで付け加えた。
「ありがとう、長野。明日にはちゃんと元気になってるよ」
「そうだね、僕が治してあげる」
頼もしいね、と上越に笑いかけると、当たり前でしょ?と柔らかく笑う。長野はそんな私たちを見ておろおろすると、伝言は以上です!と言ってぱたぱたと部屋を出て行ってしまった。それを見た上越が「子供に気を使わせちゃった」と悪びれもなく言うから、明日は長野の大好きなお菓子を持って行ってあげよう。
「ね、」
「ん」
「はね、必要なんだよ。
僕にとっても東海道にとっても長野にとっても、他のみんなにも。みんなみんなが大好きだから」
一番のこと愛してるのは僕だけどね?最後に一言付け加えると、ぽかんとした私のおでこのタオルを取った。
「明日には絶対なおさなきゃね」
「治してくれるんでしょ?」
「うーん、僕がいると逆に熱あがりそうだよね」
くすくすと笑う上越に同じく笑って返すと、ぴたりと再び冷えたタオルが飛んできた。ほら、まだお昼すぎたばっかりだから、寝てなさい。子供にするように布団の上からからだをとんとんとされると、だんだんと眠たくなってくる。
次に目が覚めたら、元気にありがとうを言えるように。たまには休んだっていいのかもしれない。
[臨時休暇]