不機嫌だ。爆発する寸前の火山くらい危うい状態。それもこれも、みんなみんなあいつのせい。



指折り数えてみると、上越が私に何も言わず出張に出てしまってからもう一週間。その間彼からは何の連絡もない。一週間前、仕事を終え帰ってきた私を迎えてくれたのは何故か山陽だった。いつもならにこにこした上越が迎えてくれて、ただいま!と飛びつけば頭を撫でてくれる。それを支えに人身事故にも遅延にも痴漢にもめげずに頑張っているというのに。なんで山陽なの?と聞いた私に、山陽はわけがわからないという顔をした。上越は?もう一度訪ねた私に、山陽はやっと理解したという表情をうかべ、「上越は今日から出張よ?聞いてなかったの?」という私にとっては死刑宣告のようなセリフを吐いたのだった。



「山陽ー、上越まだ?まだ帰ってこないの?」

「あーー」

「とうかいど「煩い」・・・はーい・・・」

「秋田ぁ、上越がいないと寂しいねー」

「別にそうでもないけど」

「ううう、山形・・・」

「泣ぐでねぇよ」



山陽はテレビに夢中で生返事しか返ってこない。東海道はまだ何も言っていないのに煩いと一蹴するし秋田は別に上越がいないことは堪えていないらしい。優しいのは山形だけだね、と小さな声で言うと、隣に座っていた長野が「僕もいますよ!」と元気に手をあげた。

上越に一週間会っていない。これは上越が大好きな私にとってはとても辛い。今すぐ泣きだしてしまいそうなくらい。でもそれよりももっと辛いことがある。それは、上越が私に出張の予定を伝えてくれなかったこと。どうして、私には教える必要もなかったってこと?そう考えるとじんわりと涙が浮かんでくる。
あ、やばい泣きそう。あれ、泣いてる?少しずつ瞳にたまった涙はやがて大きな粒になって、心配して覗きこんだ長野の額におちた。




「っ、せんぱい!なかないでください!」



焦ったような長野の声に、部屋にいる人全員の視線が集まるのを感じる。やだ、そんな大きな声で言うからみんなにバレちゃったじゃない。



「・・・お前、大丈夫か?」

「な、なんでもない。なんでもないよ、」



心配そうに近寄ってきた山陽に無理のある言い訳をすると、そうは見えないな、と腕を組んだ東海道が向かいのイスに座った。気づいたらみんなが周りに集まっていて、心配そうな目を向けている。こんなに素敵な仲間がいるのに、たった1人、上越がいないだけで寂しくてしんでしまいそうだなんて私はどんだけ贅沢なんだろう。

話し声のやんだ室内に、私の鼻をすする音と小さなテレビの音が響く。少しの時間がたったころ、突然誰かのケータイが鳴った。ふと顔をあげるとケータイをとりだしたのは東海道で、メールを読むと返事を返した様子もなくパタンと閉じた。



、そんなに不安なら本人に直接聞け」

「なに、何が不安なのよ」

「ふん、お前のことだ。どうせ上越が自分にだけ出張を教えてくれなかっただとか、そんなくだらんことだろう」

「く、くだらないって・・・!」



人が一週間ずっと悩み続け、あげく人前で涙を流してしまうほど悩んでいたことを「くだらない」ってどういうことだろう。これだから東海道はだめなんだ!



「くだらないって何よ、しょうがないじゃない!だって私、特別だと思ってた、んだもん!上越のこと好きなの、大好きなの、上越もそうだって、思ってたの!!あんなに優しかったじゃない、私には特別優しかったじゃない!そう思ったって仕方ないでしょう!?」



思わず立ち上がって怒鳴りつけると、滅多に怒らない私が声を荒げたことにみんな驚いたようだった。そう、私は上越のことが好きだ。上越も私を好きだと思っていた。でも思っていただけ。他の人とくらべた明らかな態度の差で、両想いだと信じ込んでいただけ。だから余計に悔しかった。一人で舞い上がって勘違いしていただけだと思ってしまったから。

言いきって一息ついて、なんでこんなことになってるんだろう私?と自己嫌悪に陥る。私の大声に驚いたのか長野は涙目で山陽の後ろに隠れ、直接怒声をあびた東海道は目を丸くしている。秋田はとても困った顔でおろおろしているし、山陽は長野の頭を撫でながら私を見ていた。気まずくて目を逸らそうとすると、山陽の視線が僅かにずれた。誰もいないはずの、私よりも後ろに。

私を通り抜けた視線は、誰もいないはずの後ろの空間を見つめる。何だろうと思い振り返ろうとすると、それよりも先にとても愛しい声が聞こえた。



、」

「じょ、えつ・・・」



その声に驚き振り向くと、そこには上越がいた。きっちりと着込んだ制服を煩わしそうに着崩しながら、私の横を通り抜け東海道に書類の入った封筒を手渡す。そして後ろに振り返り、私と目が合う。



「・・・あ、の」

「東海道、連れてっていいよね」

「勝手にしろ」



いざ向かい合うと何を言い出せばわからず言い淀んでしまう。そんな私の心境を知ってか知らずか、上越は東海道に許可をとると私の手をひいて歩き出した。握られた手の温度で顔まで熱くなってしまう。私はこんなに好きなのに、上越にとって私は…。そう思うとまた涙がでそうになり、どれだけ泣き虫なんだと嫌になる。

上越は一言もしゃべらずに歩いていく。たどり着いた先は上越の部屋で、そういえば私一度も来たことがなかったかもしれないと考える。うん、来たことない。いつも上越が私のところに来てくれてたから。好きじゃないなら、そういう期待させるような行動とるべきじゃないよね。ううん、自分の部屋に呼ばなかった時点で決定だったんじゃないんだろうか。

もやもやと考えていると、部屋のカギを開けた上越が「入って」と短く促した。おじゃまします、と靴を脱ぐと、随分と殺風景な部屋。テレビはない。ソファーもない。あるのは小さな白くて丸いテーブルが1つ。閉められた扉は3つ。その向こうがどうなっているかはわからないけれど、おそらくここと大差ないんだろう。



「何もないけど、その辺座ってて。紅茶でいい?」

「あ、うん」



いつも通りの上越。いつも通りじゃないのは私だ。上越はさっきの私の怒声を聞いただろうか。…聞いただろうな、あんなすぐに部屋に入ってきたんだもん。扉の外にだって筒抜けだったに決まってる。どんよりとした気持ちを隠そうともせずに白いテーブルに突っ伏すと、ゆらゆらと湯気の上がるマグカップが目の前に置かれた。ちらりと視線をあげると、にっこりと笑った上越と目が合う。やっぱりかっこいいな。



、さっきの何?」

「っ、げほ、ちょ、っと・・・」



何処かでかいだことのあるにおいの紅茶を飲もうとマグカップを傾けるのと、上越がいきなり本題に入ったのは同時だった。どきりと心臓が跳ねて噎せそうになる。やっぱり聞いてたんだ、ですよね、聞こえないわけない。何って言われても、そのまんまなんだけどな。



「・・・笑わないでね?」

「うん、笑わない」

「上越って、私のこと嫌いだったんだなあって思ったら、悲しくて」



言いながら、引っ込んだ涙がまたこんにちは。そろそろ干からびてしまいそう。ちょっと驚いたような顔をした上越は、それだけ?と首を傾ける。うん、とうなずくと、小さなため息をついて頭をがしがしとかいた。



さ、なんでそんなこと思っちゃったの?」

「だって、上越が私に何も言わないで出張なんて行っちゃうから・・・」

「ああ、それで?ごめんね、急だったから連絡できなくて」

「それでも、メールくらいくれてもいいのに・・・」

「携帯忘れちゃってさ。でもおかしいな、に伝えてね、って東海道に言っておいたのに」

「聞いてない・・・」



上越はお願いする相手を間違えたな、といって私の隣に移動してきた。ぺたりとテーブルに頬をくっつけた私の目の前で同じ格好になると、それで泣いちゃったの?とシャツの袖で涙を拭ってくれる。



「上越、わたしね、上越のこと大好きなの」

「うん、知ってるよ」

「それでね、上越優しいから、私には他の人よりもずっと優しいから、両想いのつもりでいたの」

「なんだ、だって気づいてたんじゃない」



勘違いだった。そう言おうとした言葉を遮って、上越の言葉が耳に入る。脳内でゆっくりと咀嚼すると、途端に顔に血液があつまる。顔真っ赤だよ、と上越に言われ、恥ずかしさのあまり顔を隠そうと体を起こすと、そのまま上越に引っ張られてすっぽりと抱きしめられてしまう。



「好きだよ、。他の誰よりもが好き」

「う、うん」

「言葉になんてしなくても、伝わってると思ってた。中途半端でごめんね」

「そんな、私だってちゃんと言ったわけじゃないもん。だからごめんなさい」



上越の腕の中で謝罪すると、抱きしめる腕の力が強くなる。ちょっと苦しいよ、と言うと笑いながら緩めてくれて、それにしても東海道は酷いな、と愚痴をこぼす。明日思い切りいじめてやろうね、なんて悪戯っ子みたいな顔で笑うから、愛しさのあまり顔がにやけてしまう。さっきまであんなに泣いていたのに、単純だなあ。



「私上越の部屋きたのはじめて」

「そうだね、絶対呼ばなかったから」

「なんでなんで?何もないから?」

そう聞くと上越は拗ねたような顔になって、そりゃ何もないけどさ、とぼそぼそ言った。

「ほら、僕ってばのこと大好きだから。我慢できなくなっちゃうかなあ・・・なんて」



言いながら、上越の手が後頭部にまわされる。くいっと髪の先を優しく引っ張られ、顔をあげると目の前には上越の綺麗な黒い目。どくんと心臓が跳ねて、私の唇と上越のそれが重なった。





[それは勘違いです]






、今日はうちに泊まっていきなよ)

(え、いいの?)

(うん、今まで我慢してた分ね)

(・・・え?)






[09.08.23]