※ねつ造が激しいです、ご注意を
















ガタンバタンドタドタと、行動のすべてに激しい音を伴わせて返ってきたのは池袋だった。彼が一番遅かったらしく、リビングにはもうみんなが集まっている。全員がテーブルを囲って座り、膝の上で拳を握り黙りこんでいる。激しい音につい、と顔をあげた拝島の顔も動揺と焦りの色が浮かんでいた。

「どういうことだ!?状況は!!」

「さっき伝えた通り。それ以上はまだ」

は!」

「…部屋、部屋にいる。誰も入るなって」

二言目の質問に返したのは新宿で、声の震え方から泣いているのだろうと思った。しかしそれに気を配る余裕すらなく、ドタドタとの部屋へと向かう。制止する誰かの声が聞こえたが、そんなことは気にしていられない。





、いるんだろう?」

ノックをして声をかけても、返事はない。そっとドアノブを捻ると、部屋のカギはかかっておらずキィ、と控えめな音を立てて扉が開く。は壁際のベッドに腰かけ、光のない目で宙を見つめていた。、ともう一度かけた声に僅かにこちらを向くと、小さな声で「兄さん、」と私を呼ぶ。後ろでに扉を閉めると、の座るベッドへと座る。ギシ、と軋む音が静かな暗い部屋に響いた。

「ねえ、私もう、だめかもしれない」

「そんなことはない」

「嘘」

ゆっくりと伸ばしたの手は震えていて、嫌なにおいが鼻をつく。まさか、

、…着替えてなかったのか」

その両手にべっとりとこびりついた赤黒い色。真っ青なコートは、暗くて確認しづらいがきっと同じ色に染まっているのだろう。

いつも通り仕事中、突然構内アナウンスで呼び出された。勤務中に何の用だ、と電話に怒鳴り付けた相手は西武秩父。が事故をおこした、と。一瞬で冷静さを欠き取りみだした自分を情けないと思いながらも、即効で仕事を早退して家へと帰ってきたのだった。

の路線は優秀だった。身動きが取れないギリギリの混雑率、常に100%とうたわれるそれはまさに計算しつくした末の最高傑作とまで言われ、事故もなければ遅延もない、雨にも風にも何にも負けず、褒める言葉こそあれ負の要素は皆無といわれた最高の路線。そのが事故を起こした。

どう言葉をかけるべきかわからず、黙ってしまう。先に声を発したのはだった。

「ねえ兄さん、私、架線ごと修復が必要なんだって」

「・・・そう、か」

「全部壊しちゃったの。会長にもらったものなのに」

「仕方のないことだってある」

「私もたくさんなくした」

「・・・?」

隣に座る私を見たの視線が揺らいでいる。眠たい子供のように焦点の定まっていない目。引っ込めた血濡れの腕をもう使い物にならないであろう制服でごしごしとこすると、申し訳程度に綺麗になった手で右の目をかくした。

「視えないの、何も。こんなに近くにいるのに、兄さんがいることもわからない」

「・・・っ!」

壊れてしまった、とはそういうことだろう。事故の衝撃で一部を壊してしまったのだと。会長にもらった架線も自分さえも、すべて壊してしまった。初めての事故で。

「兄さん、私どうしたらいいのかな。片方しか見えない」

泣きそうな声を出したを思わず抱きしめると、は汚いよ、と言って腕の中から抜け出そうとした。しかしそれを許さずさらに抱きしめる腕に力をこめると、はあきらめたように背中に手を回すと、小さくしゃくりあげた。

「大丈夫だ」

「無理、だよ…だって、こんな…こんな私、もう使えない…!」

!」

無理だダメだと連呼するを強く呼べば、びくりと肩を震わせて私を見上げる。涙の浮かぶ光のない目を拭えば、の顔はつらそうに酷く歪んだ。

「私がお前の目になろう」

「え?」

さらさらと長いの前髪を分けると、光を失った右目が外から見えないようにそっと隠す。きょとんと見上げてくるに見えるように、今度は自分の前髪で私は左の目を隠す。見えなくなっちゃうよ、とそれをどけようとしたの手を握ると、安心させるようにそっと笑った。

の左目と、私の右目。これで一対だ」

「・・・何それ、意味わかんないよ」

「私はずっとお前といる。を手放す気などないからな。ずっと一緒だ。同じものを見るのなら、この目だって一対もあれば十分だろう」

な、と頭を撫でてやれば、顔をぐしゃぐしゃにしたが泣きついてきた。怖かった、捨てられてしまうかと思ったと泣きじゃくるの背中をさすって、前髪で隠れた自分の左目をおさえる。

可愛い妹のためなら、たかが片目が見づらくなることくらいなんでもない。それでが安心できるのなら、こんな簡単なことはない。

腕の中で泣き疲れて眠ってしまった小さな体を布団に寝かせると、自分のコートにうつった染みをみて小さくため息をついた。






[僕の秘密]



池袋が片目を隠しているのは妹の視力をかばうためだったんです、という妄想