火薬と血のにおいが充満している。昼間なのに煙で何も見えない。あたりは炎で埋め尽くされ、逃げ惑う人があふれている。片っぱしから捕まえて切り捨てる。命乞いは聞こえない。

「王女の命令だ!それを成せずして何のための軍か!」

泣き叫ぶ子どもが目の前にいた。ぐらりと脳が揺れ、次の瞬間には子どもはただの肉塊になっている。感情なんてなくていい。今の僕に必要なのは力だけだ。

「お前たちは下町を焼け。僕は城へ行く」

「私たちも…!」

「僕だけでいい。生きて帰れ」

部下にそれだけ伝えると、警備兵に守られた大きな城へと突っ込んでいく。矢が飛び剣が振るわれる。いくつか当たったような気もしたが、不思議と痛覚が消えたように痛みはなかった。その方がいい、こういう場所では。城の中は思ったよりも静かで、その分人がいる場所もわかりやすかった。見覚えのある緑の髪の少女。そして1人の男。たったそれだけ。

「貴様…!姫様には指一本触れさせない!」

僕に気づいた側近が剣を抜き走ってくる。ここで戦うつもりはなかった。彼女を殺すつもりもなかった。リンがそうだと思えばいいのだ。すべてはさみしがりやの姉のために。膝を折りその場に落ちる。男がうろたえたのが気配でわかった。

「姫にお手を出すつもりはございません」

「信用できるか!」

そこで信じるような男ならここにはいないだろう。剣を振り被る。しかしそれが降りてくることはなかった。

「おやめなさい」

「姫・・・!」

男の後ろにいた姫が、ぼくの前にしゃがみこんでいる。すきとおるような綺麗な声。

「私はあなたを信じます」

「…ありがとうございます」

「私、あなたを知っているわ」

この人がミク、僕を10年間育ててくれた恩人の妹。彼女は妹を誇らしげに自慢していた。その妹に、僕のことも話してくれたのだろうか。

「姉が言っていました。隣国の姉王女を想う少年のことを」

もうもうと煙が立ち込める町では、もう大半の人が命を落とすか逃げきっていた。出会う生きた人は皆仲間のみ。これで全部か、と撤退しようとすると、物影から一人の男があらわれた。反射的に剣に手をかけるが男の背中には一本の矢が突き刺さっており、放っておいても死ぬことは明らかだった。

「これが人の行いか…!悪の娘め…!」

「弱者が何を言っても無駄だ」

撤退しようとする軍の後ろにあらわれたのはレン。肩からは大量の血液が流れでいるが、本人は気にしていない様子だった。

「 早く帰るぞ」

3時の鐘が響いた。隣国では家が焼かれ人が殺されている。しかし城にいる王女は何も知らない。何も見ることはない。死んでいく者の嘆きも聞こえない。

「あら、おやつの時間だわ。」

「レンはまだ帰らないの?」

「もう緑の女はいなくなったかしら」

レンが来てから、王女はレン以外の者から物を受取らなくなった。それが食事でも、貢物でも、なんでも。おやつの時間も、食事の時間も、レンがいなければ何もないただの一瞬と変わらない。

「王女、ただいま帰りました」

城につき、手当を申し出る部下の言葉を断りすぐに王女の元に向かった。国に入ったころにもう鐘が鳴っていたから、きっとまだおやつを食べていないのだろうと思いながら。彼女にとっては待ちに待ったであろう知らせを持って。

「レン!おかえりなさい…けがをしているわ」

「大したことはありません」

「何言ってるの!早く手当てを…」

「・・・申し訳ありません」

「いいのよ」

慣れない手つきで手当をしてくれた王女は、なんか不格好ね、と不満そうに言うと、血まみれの僕の上着を突然羽織った。

「王女、汚れてしまいます」

「ちょっと待ってなさい」

僕の言葉など聞こえなかったようにそう言うと、王女は部屋を出て行った。あんな汚い上着を羽織ったら、ふわふわのドレスも赤黒く染まってしまうだろう。そう思うと残念な気持ちと、それを厭わなかった王女への気持ちがもやもやとぶつかった。すると扉の向こうから、開けて、と王女の声がした。

「今日のおやつはブリオッシュだよ」

「え…」

「一緒に食べましょう」

「…ありがとう、ございます」