久し振りに晴れた日。雨が続いて外出できなかったリンの不満が爆発しそうなのを察知したレンは、リンを連れて隣の国に出かけることにした。
「王女、用意はできましたか」
「もうちょっと…何これ、もう…」
「貸してください」
「あー…」
背中のリボンを結べずに困っていた王女の後ろからリボンを綺麗に結びなおしてあげる。ありがとう、とうれしそうに笑い、すぐに「また子どもだって思った」とふくれる。ころころと変わる表情はいつまで見ていても飽きないのだけど、今日は隣の国まで行くのだから、もう出かけないと帰りが遅くなってしまう。
「行きましょうか」
「うん」
「なんだか…あれね、見たことのないものがたくさんあるわ」
「商人の国ですから、異国のものがたくさんあるのでしょう」
隣国について僕が知っていることはそのくらいで、それ以上を聞かれると困るなと思っていたが王女はそれ以上を聞くことはなかった。初めて見るものばかりでキョロキョロと忙しそうにしている。目を離して迷子にでもなられたら大変だ。慌てて追いかけて捕まえると、どこに行っていたの?ときょとんとした顔で聞かれた。溜息をぐっとこらえ、あまり離れないでくださいと注意しておいた。
「あっ!」
ふいに王女がうれしそうな声をあげた。視線を追うと、そこには王女の想い人がいた。見覚えのある、緑の長い髪の少女と一緒に。
「みてレン、これね、私の妹なの。可愛いでしょう」
「いもうと…?」
「隣の国のお姫様よ。ミクっていうの」
「え、じゃあメイちゃんはお姫様だったの!?」
「うーん、そうね、そうだったわ」
「すごい!」
「妹に譲ったけどね。性に合わないのよ」
「へー…。かわいいな」
「でしょう?すごくいい子なのよ。もし会うことがあったら、仲良くしてあげてね」
「うん!」
「…よ」
「え?」
古い記憶をたどっていると、隣で王女が俯いていた。僕の服の裾をぎゅっと握って(しわになってそうだ)、小さな声で何かを言っている。
「帰るわ。ほら、レン!」
顔を上げた王女は涙目で、ああ、そういうことかと変に納得してしまう。城に帰ってからもずっと部屋にこもりっぱなしで、おやつも晩御飯もいらないと言い出した。相当ショックだったらしく、他の家臣は一切部屋に近づけない。それでも部屋にいることが赦される僕は特別なのか、それとも本当に召使としてしか見られていないのか。あまり考えたくないことだけれど。
「レン」
「っは、い」
考え事をしている時に急に呼ばれたので、返事がどもってしまう。王女を見るが、うつむいていて表情が見えない。
「そうよね、全然考えが至らなかったわ」
「…」
「命令よ。あの女の国を消して」
言葉 詰まった。普通に考えたら、ありえない。恋敵を国ごとつぶすなんて。できるわけない。けれどそれだけのことができる軍国の頂点にいるのが、この王女。命令すれば、それは当たり前のように叶う願い。
「聞いてるの、レン」
顔を上げると、今度はまっすぐこちらを見ている王女と目があった。強がっているのがまるわかりだ。泣き腫らしたうさぎのような目で、じっと僕を見ている。そうだ、王女にとってはこれが普通なんだ。何もかも思いどおりになることが。けれど何を得ても満たされることなんてなかったんだ。強がっているだけのさみしがり屋な姉。
「わかりました。すぐにでも」
姉がにこりと笑った。それでいい。リンは笑っているのが一番似合う。そのためならばなんだってしてみせよう。
「王女、用意はできましたか」
「もうちょっと…何これ、もう…」
「貸してください」
「あー…」
背中のリボンを結べずに困っていた王女の後ろからリボンを綺麗に結びなおしてあげる。ありがとう、とうれしそうに笑い、すぐに「また子どもだって思った」とふくれる。ころころと変わる表情はいつまで見ていても飽きないのだけど、今日は隣の国まで行くのだから、もう出かけないと帰りが遅くなってしまう。
「行きましょうか」
「うん」
「なんだか…あれね、見たことのないものがたくさんあるわ」
「商人の国ですから、異国のものがたくさんあるのでしょう」
隣国について僕が知っていることはそのくらいで、それ以上を聞かれると困るなと思っていたが王女はそれ以上を聞くことはなかった。初めて見るものばかりでキョロキョロと忙しそうにしている。目を離して迷子にでもなられたら大変だ。慌てて追いかけて捕まえると、どこに行っていたの?ときょとんとした顔で聞かれた。溜息をぐっとこらえ、あまり離れないでくださいと注意しておいた。
「あっ!」
ふいに王女がうれしそうな声をあげた。視線を追うと、そこには王女の想い人がいた。見覚えのある、緑の長い髪の少女と一緒に。
「みてレン、これね、私の妹なの。可愛いでしょう」
「いもうと…?」
「隣の国のお姫様よ。ミクっていうの」
「え、じゃあメイちゃんはお姫様だったの!?」
「うーん、そうね、そうだったわ」
「すごい!」
「妹に譲ったけどね。性に合わないのよ」
「へー…。かわいいな」
「でしょう?すごくいい子なのよ。もし会うことがあったら、仲良くしてあげてね」
「うん!」
「…よ」
「え?」
古い記憶をたどっていると、隣で王女が俯いていた。僕の服の裾をぎゅっと握って(しわになってそうだ)、小さな声で何かを言っている。
「帰るわ。ほら、レン!」
顔を上げた王女は涙目で、ああ、そういうことかと変に納得してしまう。城に帰ってからもずっと部屋にこもりっぱなしで、おやつも晩御飯もいらないと言い出した。相当ショックだったらしく、他の家臣は一切部屋に近づけない。それでも部屋にいることが赦される僕は特別なのか、それとも本当に召使としてしか見られていないのか。あまり考えたくないことだけれど。
「レン」
「っは、い」
考え事をしている時に急に呼ばれたので、返事がどもってしまう。王女を見るが、うつむいていて表情が見えない。
「そうよね、全然考えが至らなかったわ」
「…」
「命令よ。あの女の国を消して」
言葉 詰まった。普通に考えたら、ありえない。恋敵を国ごとつぶすなんて。できるわけない。けれどそれだけのことができる軍国の頂点にいるのが、この王女。命令すれば、それは当たり前のように叶う願い。
「聞いてるの、レン」
顔を上げると、今度はまっすぐこちらを見ている王女と目があった。強がっているのがまるわかりだ。泣き腫らしたうさぎのような目で、じっと僕を見ている。そうだ、王女にとってはこれが普通なんだ。何もかも思いどおりになることが。けれど何を得ても満たされることなんてなかったんだ。強がっているだけのさみしがり屋な姉。
「わかりました。すぐにでも」
姉がにこりと笑った。それでいい。リンは笑っているのが一番似合う。そのためならばなんだってしてみせよう。