「しんくー」

「はい、天子さま」

「ねえねえ」

「はい、天子さま」

「しんくー、」

「はい、天子さま。…どうしましたか？」

「やっとしゃべってくれた」

え、と隣を見ると、嬉しそうに微笑む天子さまの姿。「しんくーずっと黙ってるから」とむぅとほほを膨らませて、さっきからいじっていた私の髪の端を放した。ずっと返事をしていたのに、呼びかけておいて返事を返さなかったのはそちらですよ、と少し困ったような顔をしたらしい私の顔を、いつの間にか前に回り込んでいた天子様の小さな手がぺちりと挟んだ。

「私が話さないと、しんくーは全然話してくれないですよね」

「・・・はぁ」

「私といても楽しくないのかもって思っちゃう」

「そんなことは、」

「ないって言いますよね」

言葉の続きを吐き出そうとしたそのまんま引き継ぐと、天子様は悪戯が成功した子どものような顔で笑った。でもどこか寂しそうに。私の顔を挟んでいた手を放しくるりと後ろを向くと、足の間に座りなおしてトンと体重を預けてくる。その体から伝わる熱さえも愛しくて、そのまま抱きしめてしまいたくなる。

「星刻は優しいし頑張り屋さんだから、辛い時に辛いって言わない。嫌なことを嫌って言わないし、楽しくない時に楽しくないとも言わない」

「天子様…」

「だからね、もしかしたら星刻は私といたくなんかないのかなって」

「天子様！」

小さな体がびくりとはねた。しかしそんなことを気遣う余裕もなくて、たまらずに天子様を抱きしめた。驚いたように少しびくりとするが、抵抗することなく腕の中におさまる。近くなった分暖かくて、天子様がそばにいるときだけ、その瞬間に自分だけが感じているリズムが熱と一緒に響く。ふわりと甘いにおいがした。

「私はいつだって天子様のことを想っています」

抱きしめた手に小さなぬくもりを感じる。ぽたぽたと零れる何かと小さな手。泣かせてしまったと気づくのに時間はかからなくて、けれど不思議と悪いとも思わない。ただ暖かいと感じる他の感情が欠落してしまったようだ。いや、それは少し違うかもしれない。こんなにもいとしいと想う。一度そう想うともうどうしようもなくおさまらなくて、まるでこれは、そう、麻薬のような感覚。ジンジンと痺れるような甘い甘い誘惑。いつだって自分だけが感じていい、特別な距離。

「いつだって天子様を愛しています」

「ほんとに？」

「はい」

「ほんとにほんと？」

「ほんとにほんとです」

「私もよ。しんくー大好き」

甘い甘い麻薬

ちゅ、と小さな音。そのあと、真っ赤な君。

（ずっとそばにいてね）（天子様が望むなら）