真夜中。なんとなく目覚めて降りてきた談話室。ついているはずのない暖炉の炎。いるはずのない後姿。

「・・・リリー?」

「・・・・・・」

答えは、ない。でも確信はあった。明るい色の長くてまっすぐな髪。後姿から伝わる雰囲気。ずっとずっと見ていた少女。

「何してるの?眠れない?」

口論にならないように優しく話しかける。彼女は答えない。沈黙。

数秒か、数分か、しばらくの後。

「ジェームズ?」

ぽつり、と彼女がこぼした自分の名前。それと涙。ここから顔は見えないがきらりと光って膝に落ちた。近づこうとした足音に彼女は急いで「こないで」というと、袖で涙を拭った。

「リリー、どうしたの?」

「どうしたのかしらね」

ほとんど言葉にかぶるくらい早く答えが返ってくる。相変わらず暖炉の炎を見つめたまま、なんでもないふりを装うとして。震えた声が、明らかに何かあったと教えてくれるのに。

「ぼ・・・俺には言えないこと?」

「それは、」

彼女が言いかけた時、自分のすぐ後ろの男子寮に続く階段から音がした。びくりと振り返るが、誰もいない。リリーはまだ暖炉の方を向いたままだ。もう一度振り返る。誰かの足が見えた。

「ジェームズ?それにリリー・・・あれ、ごめんっ、僕・・・」

「待った!」

慌てて引き返そうとする友人を引きとめる。変な誤解をしたまま返すわけにはいかない。いや、むしろそれは好都合なのだが、このどうしたらいいかわからない状況を抜け出すにはこの友人、リーマスの力が必要な気がした。

引きとめられて状況がわからずにきょとんとするリーマスは、少し寝ぼけた目でリリーを見た。袖で目を擦る彼女を見て泣いていることに気づいたのか、ぱちりと目が開く。

「リリー?泣いてるの?」

「・・・・・・」

「リリー、」

リーマスが近寄り、後ろからそっとリリーを抱きしめる。見ていたくなくて目をそらす。しかし目を離すことも嫌でまたそちらに目を向ける。

「リーマス・・・」

リリーが、はじめてこちらを向いた。目が真っ赤だ。きっとずっとここで泣いていたのだ。悲しいことがあったのかどこか痛いのか、それとは違う別の何かか。自分はさっぱりわからないことが、リーマスにはわかっているようで嫌だった。

「ごめんなさい、なんでもないの」

「・・・・・・よね」

「え?」

「つらかったよね。あんなこと言われて。 つらかったよね」

リリーが目を見開く。

「なん、のこと?わからないわ、リーマス・・・」

「ごまかさなくていいよ、わかってるから」

大丈夫だよ、泣いていい。そう言ってそっと彼女の頭を撫でた。さらさらの髪が揺れて、暖炉の光を反射する。緑色の目から涙がこぼれる。ぼろぼろと膝に落ちて消える。

「わ、私、わかんないの・・・」

「うん」

「ずっと、一緒にいた、のに、ここに来る前から、ずっとずっと、一緒に、いた、のに」

「うん」

「なのに・・・わかんないの。 わかんないよ・・・」

リリーが向きを変えて、こっちを向く。気づいたら僕はリリーのそばまで来ていて、彼女は僕を見上げていた。大きな緑色の目がうるんでいる。そっと指で拭うと、一瞬びくりとはねたが逃げずに目を閉じた。リーマスが満足げに微笑んでいる。全部わかっているような目が少し気に入らなかったが、きっと本当にわかっているんだから仕方ない。リリーがまた話し始めた。

「ここにきて、全部変わってしまったみたい。私がグリフィンドールになったときに、もう友達だとは思っていなかったのかもしれない。セブはずっとスリザリンがいいって言ってたもの。スリザリンが最高だって。グリフィンドールはだめだって。私はそれでも信じてた。セブは友達でいてくれるって、信じてた!ずっと一緒にいられるって、そう言ってたのに!」

一気に言い終えると、リリーはまた大粒の涙をこぼした。そうか、そのことだったのか。全部言われるまで気づかなかった、気づけなかった。リリーは今日、あのスリザリンのスネイプに言われたことをずっと気にしていたんだ。

「リリー、」

「っく・・・、な、なに・・・?」

「スネイプは、君のこと、嫌いになってなんかいないよ」

「そんな、そんなのわからないわ!リーマスだって聞いてたでしょう!?嫌いじゃないならなんであんなこと・・・!」

リリーの膝に置かれたこぶしがぎゅうっとかたくなる。リーマスを黙らせようとしたが、彼はそのまま話し続けた。

「スネイプは、君に謝ったはずだよ。ごめん、見ちゃったんだ」

「・・・・・・それ、は」

「ずっと一緒にいるんだろ、だったらそれが本気か嘘かくらいわかんねぇのかよ」

黙っていられず思わず口をはさむ。そうだ。あいつが心にもない謝罪の言葉を口にするはずないんだ。あいつはリリーが好きだ。僕と同じくらい、もしかしたらそれ以上に。ずっとリリーを見ている・・・。

「・・・そう、そうよね・・・。私、どうかしてた。セブがあんなこと言うはずないわ」

にぎっていた手をほどき、ごしごしと涙をぬぐう。あまり擦っちゃだめだよ、というリーマスの声はいつもどおりやわらかくて、なんだか僕までほっとした。

「だろ?だからもう泣くな 例えあいつがリリーを嫌いになったとしても…例えば、だからな?」

リリーの顔がまた泣き出しそうに歪んだので慌てて念を押すと、くすくすと笑った。

「もしそうなっても、その分僕がリリーを好きだ。2人分リリーを愛するよ」

言ってから、とんでもないことを言ったことに気づく。リーマスもさすがに驚いたのか、目をぱちぱちさせて僕を見ている。しまった、ものすごく先走ったんじゃないかと思いおそるおそるリリーを見ると、リリーは困ったように笑っていた。言うべきじゃなかった、少なくとも今は。どっと押し寄せる後悔をごまかすように頭をかいていると、リリーが「ありがとう」と言いながらイスから立ち上がった。

「でもごめんなさい。それでも私・・・うん、やっぱりね、彼のことが大好きなのよ」

そう言われ、何も返せずに目をそらすジェームズ。リーマスの方をちらりと見ると、消えかかった暖炉の炎を見つめていた。間違いなく目を合わせないようにしているだけだ。

「私もう寝るわ。おやすみなさい、ジェームズ」

「あぁ・・・おやすみ、リリー」

早歩きで女子寮への階段を上がっていくリリーの後姿をぼんやりと見つめる。リーマスの溜息が聞こえた。

「・・・ジェームズ、大丈夫?」

その声が憐れんでいるように聞こえて、すごく惨めな気持ちになった。

「あーあ、あいつのどこがいいんだか・・・。わっかんねぇよな、リーマス?」

無理に明るく繕った言葉が痛々しい。自分でもわかっていた。認めたくなかっただけで。もう一度溜息をついたリーマスは今度こそ憐れんだ声色で、「もう寝よう」と男子寮へ戻っていった。取り残されたジェームズは、空っぽになったように宙を見つめていた。

一番大切な人のしあわせをただ願っていたいと思った。けれど手に入れたいという思いも同時にあった。ぶつからないようにどちらも隠した。気付いたら彼女は遠くにいた。彼女が本当に幸せでいられますように。そう願うことはやはりできなくて、自分勝手な思考にあきれた。明日になったらスニベルスに新しいいたずらを仕掛けてやろう。ぼろぼろにのしてやる。そんなことで彼女が振り向くなんて思っていない。負の感情でもいいから、自分に強い関心を持ってほしくて。

(いちばん大切な人に、しあわせの花束を)