「え?出張?」



そう、今日から3日間。めんどくさそうにそう告げた彼は立ち上がり足元の大きめなカバンを持ち上げると、やってらんねぇよな、とぼやいた。どうして当日になってそんなこと言うの、と責めるべきか、当日にでも伝えてくれたと感謝するべきか測りかねて、しかし彼の手元にある書類の発行日付が今日であったことを思い出す。こういう唐突な出張は珍しくない。ただ単に急に決まるのかそれとも連絡が遅いのか、それは僕達にはわからないけれど、こうして突然決まる出張で良いことがあることはまず、ない。



「しかも今回俺だけなんだぜ?神経すり減る」

「東海道上官のきついお叱りが待ってる可能性が高いと思うな」

「・・・やっぱり?」

「決まってるじゃない」



君いつもよくわからない理由でとまるから、と言った僕の言葉に何か言い返そうと武蔵野の口がもご、と動いた。しかしそれは言葉にならず飲み込まれる。言いたいことならわかっている。お前よりはマシだ、と、そう言いたいのだろう。言ったところで僕は気にしないように振る舞うし、それを武蔵野もわかっている。だからわざわざ言う必要なんてない。



「お前が一緒だったらよかったのによ」

「っ、何、言ってるの・・・」



あからさまに動揺した僕に、武蔵野は訝しげな目を向ける。慌てて「僕はごめんだよ、巻き込まないで」と早口に言うと、冷てぇな、と口を尖らせた。そしてちらりと時計に目をやり、手元にあった書類をカバンに突っ込む。



「俺もう行くわ。遅刻したら笑えねーし」

「うん。行ってらっしゃい」

「おう」



重たそうなカバンを肩にかけ直すと、武蔵野はくるりと背を向けた。急に遠くなった気がして胸がずきんと痛む。ガチャリとドアノブに手をかけた彼を引きとめたかったのか何なのか、小さな声で武蔵野、と呼んでみる。自分で情けなくなるほどよわよわしい声が漏れて、それでも彼は聞き逃さずにどうした?と振り返る。めんどくさそうな困ったような表情に、いつもそうさせるのは自分だとわかっているけれど申し訳なくなって、そしてどうしようもなく嬉しくなってしまう。そんな顔するの、僕の前だけにしてよね。



「行かないで」

「はあ?何言ってんのお前」

「行かないで。僕を一人にしないで、置いて行かないで」

「・・・それ、本気?」



思いつくまま浮かんでくるまま言葉を落とす。誰が見てもわかるような嫌そうな顔をして武蔵野が吐き捨てるように言えば、僕には拒絶ともとれるそれがどこか心地良い気すらした。面倒だという感情はどこでだって見せるが、こんな嫌悪感丸出しの顔、きっと知ってるのは僕だけだから。どんなものであれ、自分しか知らないというだけで嬉しくなってしまう僕はそうとう嵌まっている。それはもう、どうしようもないくらいに。



「嘘だよ」

「そ」



バタン、と乱暴にドアの閉まる音。廊下を遠ざかる足音が聞こえなくなるまで、僕は動けないでいた。好きとか嫌いとかそういうのじゃなくて、ただ傍にいたいと思うのだ。そしてそばにいることが当たり前であると感じる。隣にその体温があるのが日常で、それが消えるなんてことは考えられない。たった3日だと言った時に僅かに揺らいだ瞳には、めんどくさいという感情以外に何があっただろう。



「嘘なんて、嘘だ」



なんて馬鹿なんだろう、と自嘲気味に呟けば、誰に届くこともなく消えていく。ふるふると震える感覚にはっと我に返ると、ポケットの中の携帯に新着メール1件の表示。「3日で帰るから飯用意して待ってろ」と、絵文字も記号もない質素な短いメール。冷え切っていた指先にじんわり熱がこもった気がして、ガタンとイスに崩れ落ちる。反則だこんなの、と独りごちてもやはり誰も聞いていない。無自覚なのかわざとなのか、武蔵野は僕を喜ばせるのがひどく上手い。とりあえず「何が食べたいの」と短く返して、電源を切ってパタリと閉じる。



とりあえず、3日後の晩御飯は僕の大好物に決定、なんて考えながら。





[なにもかもぜんぶ君のせい]










「おかえり武蔵野。ご飯にする?お風呂にする?それとも僕?」

ふざけて聞いてみたものの、用意してあるのはご飯だけだ。お風呂なんて沸かしていないし、こんな日の沈まない内から励む気もない。玄関を開けて早々目をぱちぱちさせた武蔵野は、大きなカバンをゴトリと床に落とした。そして、

「お前がいい。・・・寂しかっただろ?ごめんな」

ぎゅうと抱きしめられた。予想外の言葉と行動に、一気に沸騰した頭じゃ、もう流されるしかない。










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武蔵野×京葉みたいな色合いにしようと思ったら目に痛くなったけど自重しないよ。
この2人はお互い無自覚に依存しまくって好き好き大好きってしてればいい。
でも絶対に好きだなんて言わないと思う。可愛い。