「ねえ、いい加減それ返してくれる?」
「断る」
つんと言い張った東海道の腕には上越の制服。
返せと手を出す持ち主に、我儘新幹線は断固として頷こうとしない。
「ほら、もう行かないと」
「俺は認めん」
「でもね、僕が行かないとみんな困っちゃうでしょ?」
「鈍行の尻拭いがお前の仕事か?高速鉄道としてのプライドはないのか?」
はあ、と小さくため息をつけば、むっとした顔が目に入る。
さすがにシャツ1枚で仕事はできない。早く返してもらわなくては。
「返して」
「嫌だ」
「返してよ」
「断る」
それにしても頑固だ。
でもきっとそれには裏がある。
この男は寂しがりだから。
「・・・東海道、」
「何だ」
「僕がいなくなるのがそんなに寂しい?」
「!」
ほんの少しの好奇心でからかってやろうと発した言葉は、思っていた以上に効果があった。
ぼん、と音のしそうな勢いで真っ赤になった東海道。
こんなに素直でわかりやすいから、どんな我儘もゆるしてしまいそうになる。
ああもう、本当に可愛な。
「ああ、そういうこと」
一言つぶやくと、東海道はビクッと後ずさった。
「なるほど、わかったよ。「俺の上越がたかが鈍行のために仕事に駆り出され、あげく俺と2人きりの時間まで奪おうとはどういうことだ」とかそんなこと考えてるんだろ?可愛いなあ。僕をとられたみたいでくやしいんだね東海道。そういことなら仕方ないな、うちの東海道が寂しがるので振り替えはできません、って宇都宮に行ってこようか?そうすればずっと一緒にいられるよ、寂しくないでしょ?ね、どうする東海道」
「煩い!!」
揶揄を含んだ言葉の羅列に耐えかねた東海道が怒鳴る。
声を荒げれば良いとでも思っているのか、別に僕にとってはそれさえ可愛いだけなんだけど。
「こんなもの返してやる、とっとと行って来い」
「ありがとう」
ぼすっと乱暴に投げつけられた制服に腕を通していると、東海道がぽつりと名前を呼んだ。
「上越」
「なに、東海道」
「11時だ」
「え?」
意味がわからなくて振り返ると、先ほどにくらべ随分と機嫌の好さそうな東海道。
足を組んで偉そうに座った彼は、ビシッと指を突き出した。
「11時までに戻れ。待っていてやる」
予想外のセリフに、思わず目を見開く。
珍しいこともあるもんだ、あの東海道が待っているだなんて。
そうか、本当に寂しかったんだなきっと。
最近仕事が忙しくてまともに構ってもいなかった。
「わかった。努力するよ」
あくまで素直に肯定はしてやらない。
ありがとうとか、そんな簡単な言葉は嫌だし。
帰ってきた後にたっぷり体でお礼をしよう。
「いってきます」
「ああ」
(素直じゃない君の、遠回りな愛の言葉)
[090820]